アケミツヨウの幸福な生涯【本編完結】

リラックス@ピロー

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25.紅茶を淹れて

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無意識に鼓動が速くなる。
不審な態度に取られないよう平静を装いながらアドルフに言葉を返す。

「祭りと言うのは、年に一度開催されると言う?」
「ご存じでしたか。神殿長から聞いてましたか?いつもは神殿の外に出られない神子様もこの日は護衛付きとは言え自由に街に降りる事ができるんです」
「・・・そうなのか。明後日は街に出られそうにないのは残念だ」
「あ、でも神殿長がいないんだし、もしかしたら自由に動けるようになるかもしれないですね。そうしたらヴィクターとデートに行ってきたらどうですか?」

ヴィクター。
アドルフの口からその名前を聞き、高速で回っていた脳みそがぴたりと動きを止める。
元の世界に帰る手段があるかもしれないと言う事。ここまで協力してくれたヴィクター達にこのまま黙っている事なんて出来ない。

けれど、言うのか。

思い起こされるのは、先程真摯に伝えられたヴィクターの告白だ。
鎧に覆われた剣士の手は、けれど俺に触れる時はめっぽう優しい。宝物を抱きしめるかのように名前を呼ばれるたび嬉しくなった。ましてこの世界で名前が呼ばれらは相手はヴィクターしかいなかったから。
このまま何も言わずに帰ればそれこそ一生後悔するだろう。

「神子様?体調が優れませんか?」
「え?」
「いえ、少し顔色が悪いようなので」
「いや・・・久しぶりの風呂でのぼせたかもしれない」

アドルフの言葉に濁した返事をする。本当は既に火照りも冷めている。あれから時間が経った事もあるが、何より祭りの日の事で思考が埋め尽くされていた。

「けど、のぼせたと言うよりも・・・」

しかしアドルフの言葉を遮るように、扉が軽くノックされる。入室の許可をすると、入ってきたのはトレーにティーセットを乗せたヴィクターだった。

「神子様、顔色が少し優れません。湯冷めしたのでしょうか、紅茶を飲んで温まってください」

部屋に入ってすぐ顔色を指摘されて内心心臓が跳ねる。机の上にトレーを置き慣れた手つきでポットの紅茶を注ぐと、ヴィクターはそっとカップを差し出した。

「ありがとう」
「どういたしまして」
「ヴィクター、俺の分は?」
「カップは人数分ある。自分で注げば良い」
「はいはい、ケチくさい奴だな」

アドルフは文句を言いながら紅茶を二人分注ぐと、一つをヴィクターに差し出した。

「ほら、優しい俺がお前の分も淹れたぞ」
「・・・ここで飲むわけには」
「今日くらいはいいだろ。記念日的な?ほら、神子様が自由を手にした日的な。乾杯しようぜ」
「ふっ、紅茶でか」

ヴィクターはアドルフの言葉に笑うと、おもむろに兜を外しカップを受け取った。鎧に覆われた手元と華奢な作りのカップがアンバランスで少し面白い。
ヴィクターはちらりとこちらに視線を向けると、眩しい物を見たかのように目を細めた。

「神子様、騎士である私がこの場で紅茶を口にする事をお許しいただけますか」
「勿論」
「よし!神子様も許しも出たし、神子様の自由を祝して、乾杯!」

カップを持ったアドルフの手が豪快に掲げられる。勢いに中身が波打つが、その動きを抑えるようにヴィクターのカップがカチンと小さく音を立てて重ねられる。

「あははっ!」

まるでジョッキで乾杯をするような彼らの動作に思わず笑いがこぼれた。
厳つい鎧を纏った男二人が花柄のカップを掲げて乾杯しているのだ。その姿が変なツボに入った俺は、腹筋が痛むのを耐え息が苦しくなるまで腹を抱えて笑った。

「・・・神子様」
「ゲホ、悪い。なんか変にツボっちゃって、馬鹿にしたわけじゃ・・・ふふっ、祝ってくれて嬉しいよ」
「いいえ、不快に思っているわけではありません」
「・・・神子様の笑った顔初めて見た。すっごい可愛い」
「俺は初めてじゃないが、ここまで笑っているお姿は確かに初めてだ」
「ヴィクター、今俺にマウント取った?」
「いや?そんなつもりは無いが」
「はい絶対嘘」

確かに二人の言う通り、この世界に来てここまで大笑いしたのは初めてだ。そんな状況や心境じゃなかったし、腹を抱える程面白い事もなかった。
こうして今笑えているのは、やはり神殿長から解放された安堵が大きいだろう。

「・・・うん、やっぱり」

ふぅ、と大きく息を吐き呼吸を整える。
笑った事で逆に思考がまとまり腹が決まった。やっぱりこのままヴィクターに何も伝えず元の世界に戻るなんてできない。
祭りの日に元の世界へ通じる道が開くかなんて、まだ仮説に過ぎない。それでもこの話は、今ここでするべきだ。

「ヴィクター、アドルフ。少し伝えたい事があるんだ。聞いてくれるか」
「改まってどうされたのです?」
「うん、実は・・・」

しかしその時唐突に扉が開かれ、俺の言葉は強制的に遮られる事になった。
ノックさえ無い突然の闖入者に対し騎士二人の手が腰元の剣に伸びる。アドルフが腰掛けていた椅子が絨毯の上に勢いよく倒れ、大きな音を立てた。

「ああ、すまない。驚かせた」

室内に緊張した空気が流れ身を固くしたが、気の抜けた声にふっと肩から力が抜ける。

扉を開いた犯人はブレットだった。
神殿長を捕縛した一番の功労者とも言える彼の登場に警戒は一気に緩む。

「ノックくらいしてください。敵襲かと勘違いしました」
「ああ、そこまで気が回らなかった。自分で扉を開ける機会があまり無いのでな。許せ」

彼の慇懃な態度にも慣れた。明らかに悪びれていない様子だが元王子という立場を鑑みればそれも無理はない。自由に動けなかった俺たちがコーニーリアスを追い詰められたのもブレットのお陰なのだから、多少の態度には目を瞑るべきだろう。彼には多大な恩がある。

「それでどのような要件でしょうか?」

アドルフが倒した椅子を戻し、許可を出すより早く室内に入ってきたブレットへ勧める。
ブレットは当然のようにそこへ腰掛けると、悠然と足を組みこちらへ視線を向けた。

「今後の方針と明後日の祭りについてだ」
「今後の方針?」
「ああ。神殿長がいなくなり、神殿を管理する者がいなくなった。次の神殿長が決まるまで、繋ぎで私が管理をする」
「そんなことが可能なんですか?」

今まで王子という立場だった人間が急に神殿の管理者になる事が出来るのか。そもそも神殿側がそれを許すのだろうか。
俺の疑問に答えるよう、鷹揚に頷くとブレットは話し始めた。

「そもそも神殿長が不在になった原因も私が作ったと言えるからな。オグバーン家の後押しもあり多少無理を通してその結論に持っていった。それにコーニーリアスに追随する人間がその座に着けば、結局神子の立場は悪いまま何も変わらないだろう」

ブレットの言う事はもっともだ。コーニーリアスと同じような思想の人間が神殿長の座に着けば、結局神子の力を独占し利用しようとするだろう。
そうなれば俺の自由は遠いものになる。結局これまでと変わらないはずだ。
多少無理をしたと言ったが、だからこその繋ぎだったのだろう。これまで神殿に関わってこなかったブレットが易々と口を出せるはずもない。妥協点がそこだったのだ。
その"繋ぎ"の期間で、どこまでこちらに有利なように持ってこれるかが今後の鍵となるのだろう。

「まあ、細かい点はおいおい決めていこう。それから明後日の祭りだが予定通り執り行う。・・・神子、祭りの事は何か聞いていたか?」
「詳しい事は特に。ただこの日だけは神子も外出が出来ると」
「その通りだ。神殿関係者は前日から街に降りて催しの準備をする。コーニーリアスはその辺り準備を進めていたようだな。今更取りやめれば市民から反感を抱かれるだろう」

ブレットの言葉に思わず驚く。完全に初めて耳にする情報だった。
神殿関係者がこぞって準備する程祭りというのはそこまで盛大なのか。屋台が少し出て盛り上がる程度を予想していた。催しというくらいだ。何か出し物のような事を企画しているのだろうか。

「明日には神子にも衣装を揃えるため業者が神殿を訪れる手筈だ。神子も忙しくなるぞ」
「い、衣装?」
「そこの騎士にでも見立ててもらえば良い。守護騎士は準備に参加しないから身体が空くだろう」
「っ、俺がですか?」

突然指を指されたヴィクターは思わず動揺を表情に浮かべる。ブレットは性格悪げに目を細めると、ニヤリと口角を上げる。

「そうだな、お前は趣味が良さそうだ。神子に似合う衣装を選んでやれ。ああ、でも祭りの日にその鎧の格好で街を回るわけにはいかないだろう。お前の服は今から私が見繕おう」
「今からですか?普通に私服で構わないのですが」
「神子の横に侍るのに適当な格好で良い訳があるか。おい、そこの騎士、神子の警護は頼んだぞ」
「頼まれました」

ブレット相手に強気に出られないからか、ヴィクターはたじろぐ様子を見せる。そんなヴィクターを強引に連れ出すと、ブレットは颯爽と部屋から出て行った。
俺の警護を頼まれたアドルフは、そんな二人の様子を愉快そうに眺めていた。
ブレットと話していると、いつも勢いに飲まれ圧倒される。まさしく嵐のような人間だ。

「ぶふっ、見ました?ヴィクターの顔。狼狽えてておかしかったですね」
「いや、すごい勢いの人だよ。ブレット殿下は」
「いつにもまして押しが強かったような気はします。と言うか、ヴィクターの格好なんて気にするタイプなんですね。正直意外でした」

不意に思い出すのはブレットと初めて会った日の事だ。狭い神子の部屋の窓から俺と接触しようとして落ちそうになっていた日。
ヴィクターの首を迷いなく切ろうとした人間と同一人物とは思えない。
そんな相手に服装の心配をされる日が来るとは思わなかった。

「そうだな。初めて会った時から、気にかけるのはハロルド殿下の事ばかりだと思っていた」
「それにしても俺だって神子様の衣装くらい選べるのに、名指しされたのはヴィクターでしたね。あいつの方が趣味が良さそうって事ですかね」

そこだけは納得いかないとアドルフは態とらしく拗ねたふりをした。
確かに騎士の姿しか見た事がないが、真面目なヴィクターよりアドルフの方がおしゃれに気を使ってそうではある。それでもヴィクターを選んだと言う事は、俺に似合いそうな服を彼の方が選べると思われたからか。
そこまで考えぴたりと動きを止める。自分の思考に恥ずかしくなり、どっと顔に熱が集まる。

「神子様?すっごい顔赤いですけど」
「い、いや。何でもない」

ぱたぱたと熱を逃すように顔を手で煽ぐ。微風とさえ言えない風が頬をくすぐった。

「ところで神子様、ブレット殿下が部屋を訪れる前に何か言いかけてましたよね」

アドルフの言葉に、集まっていた顔の熱がすっと冷める。けれどヴィクターがいない今、アドルフだけに仮説を話す事は躊躇われた。
話す腹は決まっても、この事を伝えるのはヴィクターへ一番に伝えたかった。

「ああ、でもまた今度にするよ」
「そうですか?じゃあ俺はカップを片付けてきますね」
「ありがとう」
「あとは廊下に控えてますので、何かあったら声を掛けてください」

アドルフは紅茶を飲むために外していた兜を身につけると、トレーにカップを乗せ部屋から出て行った。
賑やかだった室内は、一人残された事で今は嘘みたいに静まり返っている。

ヴィクターが側にいない事なんてこれまでも何度かあったのに、ブレットに連れて行かれたとなると何だか彼を奪われたような心地に襲われた。
実際はただ服を見繕いに行っているだけだが。

騒つく胸を落ち着けながら、今日起こった出来事を脳内で反芻する。
今朝起きた時には、今のような状況になるとは思っていなかった。本当に怒涛の展開で頭が追いつかない程だ。
それでもコーニーリアスが神殿長の座から落ちた事は事実だ。祭りの日の事も、もっと考えないといけない。
そう思いながら、いつしか目蓋は下がり思考は暗闇に溶けていった。
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