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28.朝食を共に
しおりを挟む相変わらず細い窓の隙間から照る朝日の眩しさに目が覚める。硬い床の感触に、昨夜あのまま寝落ちしたのだと思い至った。パキパキ音を鳴らして起き上がり、不自然に固まった身体を解す。腕をぐるりと回せば殊更良い音が響いた。
「ふー・・・」
大きく深呼吸をし、昨夜の出来事を頭の中で整理する。結局何も解決しないまま問題をあと伸ばしにして寝入ってしまった。昨日の自分は我ながら寝すぎだったと猛省する。
「どうしよう・・・」
ぽつりとうめく様に溢せどそれに対する返事は返ってこない。一人虚しく床に座り込む自分が情けなかった。無意味に胡座をかき毛足の柔らかなラグを眺める。
右手は無意識に唇を撫でていた。昨夜の柔らかな感触を思い出しじわじわと顔に熱が集まる。やや乾燥した皮膚の感触に、淡い色彩とは裏腹に熱が込められた目。
猛禽類が獲物を仕留める瞬間にも似た、剣呑とした光がこちらを射抜く。再度寄せられた唇に思わず目を閉じーーー、
「あー、もうっ」
ベシッと両頬を叩き気合を入れて立ち上がる。いつまでも座り込んでいても何も始まらない。けれど見計らったかのようなタイミングで不意に扉がノックされ、びくりと肩を跳ねさせる。
「神子様、もうお目覚めですか?」
「ヴィクター?どうしたんだ」
「その、明日の祭りの衣装を仕立てる為の業者が来訪されておりまして・・・」
「こんな朝からか!?」
もしかして寝過ごしたのかと時計の時間を確認すれば針は九時を指していた。確かに起きるには早いと言えない時間だが、業者が来るにはいくぶん早いだろう。
「それに仕立てるとは?既製品を選ぶんじゃないのか」
それに明日には元の世界へ戻る可能性がある。そもそも祭りに参加するかも分からないのにわざわざ服を用意してもらうのは気が引けた。
ヴィクターは言葉の裏に含む俺の思考に気付いたのか、一声断ってからゆっくり扉を開いた。
「すみません、中で話しても構いませんか」
「ああ、勿論」
「ありがとうございます。廊下では話せない内容だと思いましたので・・・」
神子が元の世界に帰るかもしれないなんて、確かに誰が聞いてるかも分からない廊下で気軽に話す事じゃない。神殿の関係者のほとんどは明日の祭りに備え街に降りてるとは言え。
ヴィクターは扉を閉めるとこちらへ向き直った。兜の下で視線が絡み合う。
今はそんな状況じゃないのに、こうしてヴィクターと対面していると昨夜の出来事がどうしても脳裏を過ぎる。努めてそれを表に出さないように気合を入れて向き直る。
「このまま例年の神子の行動に準じるべきかと。不自然な態度を取れば他の者に疑念を抱かせます」
「確かにその通りだけど・・・やっぱり勿体無い気もする」
「と、言うのは建前ですが」
「・・・え?」
「本当は、俺があなたに服を選びたいだけです」
不意に言葉へ込められた甘さに驚き、思わず動きを止める。
「もし明日、祭りで着ないとしても・・・俺の選んだ服に身を包んだあなたの姿が見たい」
その言葉にどっと心臓が高鳴る。
昨日の段階でブレットに俺の服を選ぶよう言われていたのは知っている。けれど昨夜の出来事が、服を選ぶ行為に対して"それ以上の意味"を持たせている様に思えてならない。
その内に込められた思いが独占欲なのか、もっと他の感情なのかは推し測れないが。
「・・・と、にかく、それなら早く準備をしないと」
「朝食を取る時間は十分あります。品物をリストと照らし合わせたりと時間がまだ掛かるようなので」
「そ、うか」
「ヨウ様」
不意に伸ばされた手がそっと頬に触れる。
俺を支える為だったり落ちそうになった時に掴まれた機会は何度もあった。けれど今意図して触れてくる事はこれまでほとんど無かった。
触れるヴィクターの手には、距離を詰める事への躊躇いが見られない。
先程からなんとか誤魔化そうとしていたが、変に意識をしてしまい動きが固くなる。それにヴィクターが気付かないはずも無く。
「ッ、」
「俺のことを意識してもらえて嬉しいです」
「な、ぅ」
猫の鳴き声にも似た、意味を持たない言葉未満の声が自分の口から漏れる。スイッチの入ったヴィクターには、昨日から翻弄されっぱなしだった。
兜に覆われていてもヴィクターが今どんな表情をしているのか如実に伝わってくる。それは昨日、俺の事を見つめる素顔を知ってしまったからに他ならない。
「朝食をお持ちします。少々お待ちください」
「ありがとう・・・」
扉が静かに閉められたのを確認し、その場に膝を抱えてしゃがみ込む。甘い。あまりにも甘い。昨日からヴィクターの振る舞いには容赦が無くなった。強引な訳ではないが空いた隙間をしれっと詰められているような、そんな容赦の無さが窺える。
「~っ」
一通り悶えた後、時間がないのだと思い出す。無理やり思考を切り替え身だしなみを整える。仕上げに手櫛で髪を整えた頃、タイミングを見計らったかのように扉がノックされた。
ヴィクターが朝食に準備をしてくれたのは、この世界にきて初めて口にした粥だった。違うのは、具材に溶き卵と小ぶりに切り揃えられた鶏肉が入れられている点だろう。ついでとばかりに緑色の葉野菜が彩りを豊かにしている。一人分というにはやや大きい鍋が運ばれてきたので、ヴィクターに声を掛ける。
「ありがとう、ヴィクターはもう朝食は済ませたか?」
「いえ、これからです」
「良ければ一緒に食べないか」
「・・・そうおっしゃられると思い器は多めに持ってきております」
その言葉ににこりと笑顔で返す。今まではコーニーリアスの手前難しかったが、本心では自分一人で食事の時間を過ごす事を心苦しいと思っていた。
自分の思考を見越して準備してくれたヴィクターの心配りが嬉しい。
「熱いのでお気をつけてくださいね」
そっと差し出された皿を両手で受け取る。西洋風な食器に粥が並々と注がれている様子はなんだかアンバランスだった。
適当な椅子を引き寄せてヴィクターが腰をかけた事を確認し、匙を口に含む。熱い。けれどこの世界で米は貴重な食材だ。一粒たりとも無駄には出来ない。しっかりと咀嚼し味わう。
「ふっ、」
「ん?どうした」
「いえ、すみません。一生懸命頬張っている姿が可愛くて」
「ッか、」
「・・・俺、食べ物の中で粥が好きなんです。神子の故郷の料理だから。過去の神子もこの料理を好んでいたと言います。この国の人間からは味気ないうえ腹にたまらないからと不人気ですが」
ヴィクターが神子という存在そのものに憧れていた事は知っている。俺の世界の料理を好きだと言われ嬉しいと思うが、それ以上にもっとヴィクターの好みを知りたいと思った。他に何が好きなのか。
肩の治療をしてもらった日にヴィクターの過去は聞いた。けれど雑談のような、日常の会話をする機会に恵まれる事は少なくて彼の好みを俺はまだあまり知らない。
「ヴィクターは他にはどんな料理が好きなんだ」
「え?」
「他にももっと"この味が好き"とか無いのか?」
「うーん、好き嫌いもしない方なのであまりこれが好きとかは無いですね」
スプーンを皿に戻したヴィクターが考えるように視線を上へ向ける。ややしてこちらに向き直るとそう言った。
「だから何を食べるかよりも誰と食べるかの方が重要なのかもしれません。だから今ヨウ様とこうして食事ができて嬉しいです」
ポロリと指から落ちたスプーンの先が皿に沈む。
「これからもこうして共に食事を出来たらと思っています。流行りの店や洒落た店なんて知らないけどきっとヨウ様とならどこでも美味しいと感じるんでしょうね」
「・・・それは」
ヴィクターの言葉に罪悪感を覚える。けれど確かな答えを出さない自分がそんな感情を抱くことすら烏滸がましく、自己嫌悪がじわじわと胸に広がった。
軽率に未来を約束する事は到底できず、無意識に下がった視線で手元の皿を見つめる。
「罪悪感を抱いてくれましたか」
「ッ」
「そのまま俺の事だけで頭がいっぱいになれば良い」
「・・・え?」
「自分が人の弱みに付け込んで優位を得ようとする人間だと思いませんでした」
ヴィクターらしからぬ発言に思わず下げていた視線を上げる。
誰よりも真面目で清廉な騎士だったヴィクターが、自身に向けている言葉とは思えないくらい、その評価と彼は結び付かない。
「あなたがどう感じるか分かった上の言葉だと言ったら呆れますか?」
けれど困ったようにどこか皮肉げに笑う表情は、これまでに見てきたヴィクターのどの顔とも異なっていた。
忠犬だと思っていた飼い犬に、予想外の強さで甘噛みされた時のようだった。嫌悪とも恐怖とも違う、どこか高揚にも似た感覚がぞくりと背筋を走った。
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