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29.衣装選び
しおりを挟む二人の間に奇妙な緊張感が走る。けれどその空気を先に破ったのは、意外にもヴィクターの方だった。
「ヨウ様の食事を邪魔するわけにはいきませんので、俺は先に外で待機しておりますね」
そう言ってささっと粥を完食すると空になった皿を手に部屋を後にする。
その手際の良さに、一人残された部屋でスプーンを片手に唖然と扉を見送る。責め方、引き方があまりに手際良い。けれどすぐにはっと意識を戻し時間がない事を思い出す。
ヴィクターはああ言っていたがそう長い時間を待たせるわけにもいかないだろう。食べごろまで冷めた粥を、喉に詰まらせない程度にかき込む。やはり塩気がきちんと効いていておいしい。米は貴重なので、急いでいてもきちんと味わう。
全てを胃に納めふぅと一息つき、皿を片手に扉を開く。
「お食事は無事におわられましたか」
「うん、ごちそうさま」
「皿はこちらで預かりますので、良ければ身だしなみを整えていてください」
ヴィクターは慣れた手つきで鍋と皿を回収すると軽く礼を取り廊下を歩いて行った。
俺は廊下を少し進み、騎士たちが普段使っている洗面台を借りて歯磨きを始める。この国の歯磨き粉はチューブタイプではなく、ボディスクラブでも入っていそうな見た目の、やや小振りの筒に中身が入っている。それを付属のスプーンのようなもので掬いブラシにつけ歯を磨くと、塩とハーブを混ぜたような、青臭く不思議な味わいが口に広がる。ありていに言えば非常にまずい。無意識に眉根を寄せながら、無心で歯を磨く。
「良い朝だな、変わらず息災か?」
「ッ!」
油断していたところに話しかけられ思わず咽せる。
背後を振り返ると、そこにはブレットの姿があった。
「あの、なんでここに?」
「神子の様子を見にきただけだ」
相変わらず堂々とした佇まいだ。歯を磨いている姿を他人に眺められると言うのはなんだか決まりが悪い。俺は急ぎ気味でブラシを動かしさっさと口内を濯ぐ。その間ブレットは俺からの返事が無いにも関わらず一人話し続けている。
「商品を広げている様子を軽く見てきたが、やはり今回も衣装はつまらない黒ばかりだった。その代わり宝飾品類は例年と比べると種類が多くなかなか実物だった。私も自分用にいくつか見繕うかと思ったが、神子のために用意された品だ。今度の機会にしよう」
ブレットの口が止まらない。相変わらず口数の多い男だと思う反面、このまま一人話させるのは無視しているようで申し訳なかった。
適当に持ってきていた布で口元を拭い、改めてブレットの方へ向き直る。
「見苦しいところをお見せしました」
「気にしない。それにしてもいつも共にいる騎士はどうした?」
「今は食器を片付けてくれています」
「ふむ、祭りに備え殆どの人間は街へ降りているからな。騎士といえどそのような雑務もこなすか」
その言葉に、確かにと思う。ヴィクターの甲斐甲斐しさに甘えていたが騎士の本分は剣を持ってして戦う事なのだろう。
ヴィクターの腰に下げられた剣は決して飾りでは無い。それを教え込まれたのは、皮肉にもブレットと初めて邂逅した日がきっかけだ。
何せこの男は初対面でいきなりヴィクターの首を切ろうと暴挙に出たのだから。
その時の容赦の無い姿は今でも時々思い出す。無意識に二の腕を摩ると、ブレットは俺の仕草を見てふと口を開いた。
「そういえば、もう怪我は治ったのか?」
「え?」
「俺が木から落ちかけた時、助けるために肩を打ちつけただろう」
「・・・はい、もうすっかり」
「そうか、それなら良かった」
肩の怪我も手の怪我もすでに跡一つ残らず癒えている。
その事を一番喜んだのは間違いなくヴィクターだろう。一月前には薬を塗るたびまるで自分が痛みを感じているかのように顔を顰めていた。見た目ほど痛みは強くなくとも、ヴィクターのその姿を見るたび早く治れば良いと思っていた。
「神子は自分の怪我を治せないのだろう。あまり無茶をすべきでは無いな」
けれどあの時その手を掴まなければブレットは大怪我を負っていたはずだ。二階程の高さから落ちたのなら骨折も有り得た。
「王族が木を登る方が無茶なのでは・・・」
「ああ。まぁ、木に登ったのは初めてだったな。もう王子では無いから今後は多少の無茶も効く」
「何故無茶をする前提なんです」
反射的に突っ込んでしまう。
確かに高貴な血を感じさせ他者を屈服させる空気を放つ時もあれば、今のように軽口に興じる時もある。よくわからない人だと思う。
ただふとした時の得体の知れなさが、やはりこのブレットという人間に対し俺はどうしても苦手意識を抱いてしまうのだ。
「はは、神子は愉快だな。そういえば、何かヴィクターが変わった様子は無かったか?」
「何か、とは?」
思わずどきりと心臓が鳴る。
ブレットが知るはずもないのに、先日からのヴィクターの行動が見透かされた上での台詞なのでは無いかと深読みしてしまう。
「俺に着せ替え人形扱いされてうんざりしていただろう」
「え、いえ、確かに少し疲れていそうでしたが」
そもそもヴィクターが戻ってからすぐ俺が話を切り出したので、ブレットとの衣装選びがどのようなものだったのかは聞いていない。
けれどそう言われると二人がどのような時間を過ごしたのか少し気になる。ブレットはともかく、ヴィクターにしてみれば間違いなく接しにくい相手だろう。
正直面白がるブレットにヴィクターがしぶしぶ付き合っている姿しか想像できない。
「まぁ次に着せ替え人形になるのは神子の方だろうが」
「そうですね・・・」
「自分は安心だとでも言いたげだな。あの男はこと神子に関して妥協はしないだろう。案外時間をかけて吟味しそうだが」
今日俺の衣装を選ぶのはヴィクターだ。この男のように面白半分でいくつも服を着せたりはしないだろう。その点に関しては心配していない。
けれどそんな俺の思考を見透かすようにブレットはにやりと笑いそう言った。試すような笑顔を浮かべたまま、ブレットは自らの顎を態とらしく摩った。
「ヨ・・・神子様、準備は整えられましたか」
「ヴィクター」
片付けを終えたらしいヴィクターに声をかけられ肩から力を抜く。ブレットは恩のある相手ではあるが二人きりで話すには気が抜けない相手だ。
「番犬も戻ってきたようだ。では私は失礼するよ」
「え、はい」
ポンと軽い調子で肩をたたかれ拍子抜けする。
てっきりヴィクターが服を選ぶ姿を眺めるとばかり思っていた。
けれど立場を考えれば暇人なわけもなく。こなすべき仕事は山のようにあるに違いない。
こんな場所で油を売っている方がおかしいのだ。一応こちらの調子を気に掛けてくれているということだろうか。
「ショッピングに付き合わされてうんざりする神子の様子が見れなくて残念だ」
前言撤回。この男はやはり愉快犯に他ならない。
煌びやかな後ろ姿を見送りようやく息を吐く。殆ど始まってもいない一日がブレットに絡まれたせいでどっと疲労が溜まった。
「ブレット様と何を話されていたのですか?」
「いや、たいした話は・・・」
そう言いかけるが、じっとこちらを見つめてくるヴィクターの目に開いた口を閉じる。
「本当にたいした話はしてない。ただヴィクターが俺の服を決めるのに時間がかかりそうだと言っていただけで」
「なるほど」
「いや、言ったのはブレット殿下・・・じゃない、ブレット様だけど」
「いえ、存外当たっているかもしれません。多分俺はすごく悩むと思うので」
「そうなのか、なんでも直ぐに決めそうなのに」
「そうですね、普段の買い物は即決するタイプですが・・・ヨウ様の事なので」
そこまで言われようやくヴィクターの言葉の意味に気付く。じわじわと顔に熱が集まり、無意識に視線を床へ落とす。
これまで自分を鈍い性格だと思わなかったが、その考えは撤回した方が良いかも知れない。ヴィクターが悩むのは"俺のため"のものを選ぶからだ。
一度ぎゅっと瞼を閉じてから覚悟を決め、けれども恐る恐る視線を上へ戻す。そこには予想通りこれ以上なく甘い微笑を携えるヴィクターがいる。
「似合うものを選んでくれ・・・」
「勿論です」
手のひらで転がされるような感覚に翻弄され、赤くなった顔を片手で隠しながら俺はそう言った。
「この度は我が商会を選んでくださり恐悦至極にございます!神子様をより魅力的に見せる衣装を選びましょう!」
ドン!と効果音がつきそうな勢いで距離を詰めてきた男こそ、神子の衣装を用意する業者だ。なんとも圧が強い。
差し出された手を握り返すと、ぎゅっと力を込められ上下に振られる。筋張った手は思いの外固く力を込められると少し痛みを感じるほどだった。
向こうは喜んでくれていることもあり、手を離しづらい。けれどそれを察したヴィクターがさっと間に入ると、失礼のない範囲で手を離させた。
「失礼しました!此度の神子様のお姿が大変麗しく、どの衣装もお似合いになるだろうと興奮してしまいました」
「は、はは・・・」
「さ!さ!こちらへお越しください」
そう言って案内された先には、予想外にも何体ものマネキンがずらりと設置されていた。
纏っている服の色は全て黒だが、一つとして同じデザインのものはない。動きやすさ重視のカジュアルなものから、薄手のレースやリボンがふんだんに使われているドレッシーなものまで様々だ。
元の世界では無難なファストファッションを好んで選んでいたが、この世界の流行についてはさっぱりだ。
下手に俺の意見を取り入れるより、ヴィクターに選んでもらうのが正解だろう。
欲を言えばひらひらと飾りが多いのは避けたい。
「ヴィクターはどれが良いと思う?」
「・・・、そう、ですね・・・」
話しかけるとヴィクターの反応は鈍かった。マネキンを見つめるヴィクターの目は狩人のそれで真剣そのものだ。
服の上から下まで視線を動かしては俺の頭から足先までを眺めるという行為を何度も繰り返す。
あまりにも真剣な目に穴が開きそうだった。途中からは申し訳程度の返事も無くなり、服を選ぶことに集中しているようだった。
「神子様の衣装は守護騎士殿がお決めになるのですね」
「あ、と、はい」
「こちらにお持ちした品はどれも一級品です。お気に召さない点があれば手直しもいたしますのでお気軽にお申し付けください」
「はい・・・」
「もしなんでしたら、普段の祭服もいくつか作り直すというのは如何でしょう?今の装いも素敵ですが、もう少し首元や裾先などに刺繍や飾りがあってもお似合いになるかとーーー」
「え、いえ、はは・・・」
勢いに押され曖昧に苦笑する。刺繍や飾りは普段生活する上で正直邪魔にしかならない。
確かに神子用の祭服は三着しか持っていないため、もう少し替えがあると助かるとは思っていた。けれどそれももう今更だ。今回の祭りの服でさえ勿体無いと思うのに、普段着を新たに仕立てるなんてそれこそ必要ない。
「そうだ、騎士様が服をお選びの間、宝飾品をご覧になりませんか?」
その言葉にブレットの言葉を思い出す。彼は確か、宝飾品類は例年より種類が豊富だと言っていた。
元の世界で身につけるアクセサリーと言えば、宝飾品と言えるような代物はタイピンや腕時計くらいのものだった。
ピアスの穴は空いていないし、指輪やネックレスの類も身に付けなかった。興味がなかったという事もあるが、付けこなし方が分からなかったという点もある。
ヴィクターが服を選んでくれている間に、目の保養を楽しむのも悪くない。どうせそうな宝石やらなんやらを目にする機会なんてこの先そうないのだから。
マネキンから少し離れた場所に折りたたみ式の細長いテーブルがセッティングされている。黒いテーブルクロスが敷かれ、卓上用のライトに照らされている。
キラキラと光を反射する様子は、見慣れない事もあり圧巻だった。
ネックレスや指輪、腕輪と無難な飾りから始まり、やたら複雑な作りのカブスなんかも揃っている。
やはり神子に向けた宝飾品だからか、オニキスや黒真珠に良く似た黒い色の宝石が多い。宝石の価値を見抜けるような慧眼は持ち合わせていないが、ぱっと見ではどれも高級品に見えた。
無難に端っこから反対側へ順に見て行くと、隠れるような場所にひっそりと飾られたブローチにふと目が止まる。
「・・・あ、これ」
「おや、こちらが気になられますか?一応黒以外の宝石も若干お持ちしましたが、こちらはあまり人気が無い色ですが・・・」
「いえ、少し気になっただけです。やっぱり服が決まってから、それに合う飾りを選んでもらった方が良いですね」
下手に服のデザインにそぐわない宝石を身につければ、せっかく悩んで選んでくれたヴィクターの気持ちに申し訳ない。
特別宝飾品に造詣が深いわけでも無いし、見るだけで十分楽しめた。
「すみません、神子様。こちらとこちら何ですが・・・」
そうしている間に、いくつか候補を決めたヴィクターに声を掛けられた。取り敢えず候補は全て着てみる事になり、ブレットが言っていた"着せ替え人形"と言う言葉もあながち比喩じゃ無くなりそうだった。
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