老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。

ルーシャオ

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第一話 時代の流れ

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 春は出会いの季節と言われています。

 しかし、私に与えられた出会いは、最悪でした。



 貴族が時代遅れの存在となり、軍事や経済でも富裕層の市民が台頭してきたご時世。

 当然、田舎貴族である私、グリフィン伯爵家令嬢アルビナにも婚約者などいません。

 時代は本当に流れが早く、貴族たちはこぞって富豪やその子息たちと自分の娘を結婚させ、傾きかけた家の存続を図っています。そのため、婚約という制度自体がさほど意味をなさなくなったのです。

 考えてもみてください。昔なら、幼いころに家同士の約束で婚約し、成人間近か成人後に結婚していました。悠長な話です。今となっては五年先のことさえ分からないのに、十年後の約束なんて守れるはずがないのですから、婚約なんてしなくなってきたのです。

 もしくは、婚約をしていても邪魔でしかなくなってきた、しかし自分から反故にすると厄介だ——それが誰しもの本音でした。

 そのため、我が国では婚約の無効化を後押しする法律ができ——もちろん、政治的にも主導権を持ちはじめた平民の富裕層が推し進めました——表向きは身分を問わない自由恋愛を推奨する風潮が生まれ、個人の権利として律儀に婚約を守って結婚相手を制限されることはなくなったのです。

 ごく一部の、今でも古い伝統的な慣習を守る貴族たちだけが、数少ない美徳として婚約を守ることはあっても、私のような中小零細貴族たちはそんなことできるわけがないのです。

 その結果、貴族の肩書きが欲しい富裕層は貴族あるいはその子女と結婚し、子孫のためにも華々しい栄誉を家にもたらそうとします。

 そうやって平民に乗っ取られた貴族の家門は数知れず、貴族の家系図の続きを描くインクの使用権が金塊や札束で売り買いされる時代となったのでした。

 こんな時代になっても、貴族たちが必死になって守るものは、何なのでしょう。




 今年は春になっても風が冷たく、雪解けも遅いままでした。

 そのため、全国的に郵便は遅れに遅れていたそうです。特に、王都を介さない地方から地方への郵便は数ヶ月遅れもザラ、という有様でした。

 郵便配達人から手紙の山を受け取った私の父、グリフィン伯爵は、書斎に私を呼んでこう言ったのです。

「喜べ、返事が来たぞ! お前の結婚が決まった!」

 喜色満面、最近はやつれた顔ばかりでまったく見なかった父の笑顔にも、私は喜べませんでした。

 何せ、生まれてこの方、私の結婚の話など一度たりとも話題に上らず、寝耳に水だったのですから。

「お父様、そんな話は聞いていませんが……」
「お前は高望みしてうるさいから相談しなかっただけだ。我が家も楽ではない、それに子どもの結婚相手は親が決めるものだろう?」

 もっともらしい、親らしいことを言いつつ、父は大判の封筒から台紙に貼り付けられたモノクロの写真を取り出しました。

 写真に写っているのは、杖を突き、椅子に座るご老人です。白髪に白髭、老人らしからぬ恰幅のよさから見るに、昔は体格がよかったのでしょう。それに服装もシワひとつなく、袖のカフスや胸元の勲章は古きよき貴族の雰囲気を醸し出しています。

 まあ、白髪という点では、私も他人のことは言えません。

 『アルビナ白色』という名前のとおり、私の髪は元は白に近いプラチナブロンドだったのですが、成長に従って妙に光沢のある銀髪へすっかり変化してしまったのですから。

 それはさておき、父は写真をぐいと私へ押しやります。

「ほら、お前の結婚相手だ。 ラポール伯爵ニコストラト・ユ・エリアンギリ、我が家とは長年の付き合いになる方だ」

 長い名前はさておき、私は思わず写真を受け取ってしまい、叫びます。

「結婚相手って、お年寄りではありませんか!?」
「そうだ。お前は後妻となる」
「初婚で後妻!? 嫌に決まっています!」
「ほら、お前はそうやってわがままを言う」
「わがままとかそういう話ではありません!」

 これをわがままと言うなら、父の押し付けは何だというのか。

 私は常識的なことを言っているつもりです。

 しかし、父は現実的なことをつらつら並べて、私を言い含めようとします。

「いいか? 我がグリフィン伯爵家は、次期当主のアンリを育てるだけで精一杯だ。お前が結婚すれば支度金が払われて、王都にいるアンリを有名な寄宿学校へ入れてやることができる。お前はわがままを言って、実家と弟の未来を潰すつもりか?」

 それを言われると、私はぐうの音も出ません。

 この書斎も、壮観なほど並べられていた本たちがなくなってだいぶ経ちます。空の本棚はささくれ立ち、シャンデリアはもうなく、窓辺のカーテンの裾はほつれだらけ。

 グリフィン伯爵家の家計は、私が幼いころから火の車です。それでも何とか代々住んでいる屋敷は売らず、土地や建物、少ない宝石や絵画など贅沢品を少しずつ売り捌いて糊口を凌いできました。

 苦しくても、いつかは何とかなる。そう思っていたのです。

 ですが、私が十歳のころ、この国が戦争で敗北し、何もかもが悪いほうへと転がり落ちていくかのように我が家も不幸の泥沼へと沈んでいったのです。

 次期当主だった兄の戦死、無理して弟アンリを産んだ母の病死、王都での政治改革による貴族特権の大部分の廃止、全国的な経済不況、市民優位でますます強くなる貴族への風当たり……グリフィン伯爵家の命運は、誰が見ても風前の灯です。

 せめて、弟にはグリフィン伯爵家の惨状を見せず、田舎よりも王都で育ってほしいと無理を言って母方の叔母の元へ送り出していることだけが救いです。

「お兄様が生きていれば……」
「言うな。もういないんだ」

 父はピシャリと、私の口を封じます。

 はあ、と私は大きなため息を吐きました。

 父はそれを無視して、さっさと結婚の話を進めます。

「とにかく、すぐにでも支度をしろ。三月中にラポール伯爵家へ着けばいい。伯爵にとっては二度目の結婚だから、挙式はしないとのことだ」

 言うだけ言った父は、私を何も残っていない書斎から追い出しました。

 服も顔もやつれた父がどうなろうと知ったことではありませんが、実家とそれを継ぐ弟アンリのためであれば、私はラポール伯爵との結婚を受けなければなりません。

 王都にいる叔母の屋敷で暮らすアンリへ、手紙を書こう。それから、支度をして出ていこう。

 私はそう決めて、口をキュッと結び、歩き出しました。

 嫌だろうが何だろうが、ここで足を止めて父のように無為に生きていきたくないのです。

 部屋に戻ってまともな服と靴、鞄を木製トランクにまとめて、最低限の身の回りのものだけを放り込んでから、私は少しの間だけ、閉じたトランクに伏せて静かに涙を流しました。
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