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第三話 どう行動しよう
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散々悩み、落ち込みながら一眠りしたあと、私はまだ昼の二時にもなっていないことに気付き、気晴らしに屋敷の中を歩くことにしました。
ラポール伯爵家について、私は何も知らないも同然です。ラポール伯爵の家族のことも、屋敷のことも、周囲に何の建物があるのかも、屋敷が湖の上にどうして建っているかも知りません。
そう考えると、気持ちはどうであれ、知りたい欲が出てくるものです。
私はそろっと部屋から出たつもりが、偶然通りかかったらしき使用人の青年とばったり出くわしてしまいました。手に箒とちりとりを持っているので、掃除中だったのでしょう。
咎められる前に、私はふと目を上げました。
廊下の窓の外には、湖があります。その手前に、庭園があったのです。
自然と、私はそれを話題にしました。
「ここから中庭が見えるのですね」
「ええ、夏前には薔薇がたくさん咲きますよ」
確かに庭園には生垣があり、手入れが行き届いています。三方を屋敷に囲まれても、建物は一階部分しかないためそこそこ日が当たります。中庭としては十分すぎる広さですし、ガーデンテラスとして使われているのでしょう。
二、三会話が弾んでから、私はそれとなくラポール伯爵家の人々について尋ねました。
「そういえば、ラポール伯爵の親族の方はお見えにならないのですか?」
「旦那様の二人のご子息方は、王都におられますので……お一方は軍の官僚を、もう一方は貿易会社を営んでおられます」
「では、どちらかが伯爵家をお継ぎになられるのですね?」
「それが、旦那様はラポール伯爵家の家督について、何もおっしゃっていないのです。旦那様としては、この先貴族だからと安穏として生きていられる時代ではない、ご子息方には自力で生計を立てる道を持たせればよい、とのお考えを常々……それ自体はご子息方も納得されているようですが」
使用人の青年は、どうやら耳にタコができるほど聞かされた文句なのでしょう、ラポール伯爵が言いそうな重たい口調を真似て、そう語りました。
「とはいえ、旦那様もお年ですから、お二人ともよく戻っていらして今後について話し合われているようです」
それを聞き、なるほど、と私はもったいぶって頷きます。
ラポール伯爵家は、私の実家グリフィン伯爵家とは比べ物にならないほど繁栄しているというのに、これからの未来をきちんと見据え、持っている財産や身分に頼らず生きる道を模索しているようです。
立派な考えです。同じ伯爵家なのに、ラポール伯爵家の援助に縋る私の実家とは雲泥の差です。
だからこそ、縋ってきた私は、ラポール伯爵家にとってお荷物でしかないという自覚はありました。伯爵のご子息たちにしてみれば、どのような事情があれ、私は突如現れた邪魔者でしかありません。
(ラポール伯爵としては、ご子息たちには独立して生きられるように、と願っている。だからと言って、ご子息たちは実家でもある伯爵家を捨てたいわけではないでしょうね。何度も戻って話し合いをする程度には真剣に……はあ、私が伯爵家の財産を簒奪するかのように見られても仕方がないわ、これ)
老貴族の莫大な遺産を、年若い愛人が掻っ攫っていくという筋書きの演劇や大衆小説は腐るほどあります。私もそうであるかのように見られても、まったくおかしくありません。
(私としては、実家とアンリへの援助があればその他はもういらないんだけれど。いくらそう言ったって、信じてもらえないわよね……)
まだ見ぬラポール伯爵のご子息たちからは、問答無用で厳しい視線や態度を向けられるだろう、と考えるだけで憂鬱になります。
どうすれば状況がよくなるか——はこれからの課題です。
今のところは、まず私は当初の目的であるラポール伯爵家や人々について知るところから始めるべきでしょう。
私は気を取り直して中庭の向こう、湖の対岸にもある建物を指差し、使用人の青年に尋ねます。
「あちらの建物は?」
「騎士団の宿舎と訓練施設ですね」
「騎士団? ラポール伯爵家は今も騎士団を所有しているのですか?」
「ええ、軍隊としてではなく、あくまで要人や拠点警護のためだそうです。それならば、今後も需要がある、とのことで」
ははあ、と私は感嘆のため息を漏らしてしまいました。
何かとお金のかかる騎士団は、多くの貴族たちはとっくの昔に解散させています。
そもそも国の常備軍がきちんとあるなら、貴族が私設の軍事力を持つ必要性は薄れます。むしろ、持っていることで謀反なり何なりを疑われ、市民から手厳しく批判されるほどです。
それでもラポール伯爵は騎士団を存続させ、自身を含めた護衛の必要な人々のためにと方針転換も済ませているのですから、よくよく考えられたものです。
「何だか、旦那様は用意周到であらせられるようですね」
使用人の青年は困ったような笑みを浮かべ、答えを濁していました。
ひとまず、私は使用人の青年と話したことで気が済んだので、その日の散策はやめておくことにしました。
用意されたものを吟味してから行動しよう——くらいの冷静で慎重な気持ちになったのです。
私は部屋に戻り、読書室に揃えられた綺麗な本の背表紙を眺めはじめました。
ラポール伯爵家について、私は何も知らないも同然です。ラポール伯爵の家族のことも、屋敷のことも、周囲に何の建物があるのかも、屋敷が湖の上にどうして建っているかも知りません。
そう考えると、気持ちはどうであれ、知りたい欲が出てくるものです。
私はそろっと部屋から出たつもりが、偶然通りかかったらしき使用人の青年とばったり出くわしてしまいました。手に箒とちりとりを持っているので、掃除中だったのでしょう。
咎められる前に、私はふと目を上げました。
廊下の窓の外には、湖があります。その手前に、庭園があったのです。
自然と、私はそれを話題にしました。
「ここから中庭が見えるのですね」
「ええ、夏前には薔薇がたくさん咲きますよ」
確かに庭園には生垣があり、手入れが行き届いています。三方を屋敷に囲まれても、建物は一階部分しかないためそこそこ日が当たります。中庭としては十分すぎる広さですし、ガーデンテラスとして使われているのでしょう。
二、三会話が弾んでから、私はそれとなくラポール伯爵家の人々について尋ねました。
「そういえば、ラポール伯爵の親族の方はお見えにならないのですか?」
「旦那様の二人のご子息方は、王都におられますので……お一方は軍の官僚を、もう一方は貿易会社を営んでおられます」
「では、どちらかが伯爵家をお継ぎになられるのですね?」
「それが、旦那様はラポール伯爵家の家督について、何もおっしゃっていないのです。旦那様としては、この先貴族だからと安穏として生きていられる時代ではない、ご子息方には自力で生計を立てる道を持たせればよい、とのお考えを常々……それ自体はご子息方も納得されているようですが」
使用人の青年は、どうやら耳にタコができるほど聞かされた文句なのでしょう、ラポール伯爵が言いそうな重たい口調を真似て、そう語りました。
「とはいえ、旦那様もお年ですから、お二人ともよく戻っていらして今後について話し合われているようです」
それを聞き、なるほど、と私はもったいぶって頷きます。
ラポール伯爵家は、私の実家グリフィン伯爵家とは比べ物にならないほど繁栄しているというのに、これからの未来をきちんと見据え、持っている財産や身分に頼らず生きる道を模索しているようです。
立派な考えです。同じ伯爵家なのに、ラポール伯爵家の援助に縋る私の実家とは雲泥の差です。
だからこそ、縋ってきた私は、ラポール伯爵家にとってお荷物でしかないという自覚はありました。伯爵のご子息たちにしてみれば、どのような事情があれ、私は突如現れた邪魔者でしかありません。
(ラポール伯爵としては、ご子息たちには独立して生きられるように、と願っている。だからと言って、ご子息たちは実家でもある伯爵家を捨てたいわけではないでしょうね。何度も戻って話し合いをする程度には真剣に……はあ、私が伯爵家の財産を簒奪するかのように見られても仕方がないわ、これ)
老貴族の莫大な遺産を、年若い愛人が掻っ攫っていくという筋書きの演劇や大衆小説は腐るほどあります。私もそうであるかのように見られても、まったくおかしくありません。
(私としては、実家とアンリへの援助があればその他はもういらないんだけれど。いくらそう言ったって、信じてもらえないわよね……)
まだ見ぬラポール伯爵のご子息たちからは、問答無用で厳しい視線や態度を向けられるだろう、と考えるだけで憂鬱になります。
どうすれば状況がよくなるか——はこれからの課題です。
今のところは、まず私は当初の目的であるラポール伯爵家や人々について知るところから始めるべきでしょう。
私は気を取り直して中庭の向こう、湖の対岸にもある建物を指差し、使用人の青年に尋ねます。
「あちらの建物は?」
「騎士団の宿舎と訓練施設ですね」
「騎士団? ラポール伯爵家は今も騎士団を所有しているのですか?」
「ええ、軍隊としてではなく、あくまで要人や拠点警護のためだそうです。それならば、今後も需要がある、とのことで」
ははあ、と私は感嘆のため息を漏らしてしまいました。
何かとお金のかかる騎士団は、多くの貴族たちはとっくの昔に解散させています。
そもそも国の常備軍がきちんとあるなら、貴族が私設の軍事力を持つ必要性は薄れます。むしろ、持っていることで謀反なり何なりを疑われ、市民から手厳しく批判されるほどです。
それでもラポール伯爵は騎士団を存続させ、自身を含めた護衛の必要な人々のためにと方針転換も済ませているのですから、よくよく考えられたものです。
「何だか、旦那様は用意周到であらせられるようですね」
使用人の青年は困ったような笑みを浮かべ、答えを濁していました。
ひとまず、私は使用人の青年と話したことで気が済んだので、その日の散策はやめておくことにしました。
用意されたものを吟味してから行動しよう——くらいの冷静で慎重な気持ちになったのです。
私は部屋に戻り、読書室に揃えられた綺麗な本の背表紙を眺めはじめました。
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