老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。

ルーシャオ

文字の大きさ
3 / 13

第三話 どう行動しよう

しおりを挟む
 散々悩み、落ち込みながら一眠りしたあと、私はまだ昼の二時にもなっていないことに気付き、気晴らしに屋敷の中を歩くことにしました。

 ラポール伯爵家について、私は何も知らないも同然です。ラポール伯爵の家族のことも、屋敷のことも、周囲に何の建物があるのかも、屋敷が湖の上にどうして建っているかも知りません。

 そう考えると、気持ちはどうであれ、知りたい欲が出てくるものです。

 私はそろっと部屋から出たつもりが、偶然通りかかったらしき使用人の青年とばったり出くわしてしまいました。手に箒とちりとりを持っているので、掃除中だったのでしょう。

 咎められる前に、私はふと目を上げました。

 廊下の窓の外には、湖があります。その手前に、庭園があったのです。

 自然と、私はそれを話題にしました。

「ここから中庭が見えるのですね」
「ええ、夏前には薔薇がたくさん咲きますよ」

 確かに庭園には生垣があり、手入れが行き届いています。三方を屋敷に囲まれても、建物は一階部分しかないためそこそこ日が当たります。中庭としては十分すぎる広さですし、ガーデンテラスとして使われているのでしょう。

 二、三会話が弾んでから、私はそれとなくラポール伯爵家の人々について尋ねました。

「そういえば、ラポール伯爵の親族の方はお見えにならないのですか?」
「旦那様の二人のご子息方は、王都におられますので……お一方は軍の官僚を、もう一方は貿易会社を営んでおられます」
「では、どちらかが伯爵家をお継ぎになられるのですね?」
「それが、旦那様はラポール伯爵家の家督について、何もおっしゃっていないのです。旦那様としては、この先貴族だからと安穏として生きていられる時代ではない、ご子息方には自力で生計を立てる道を持たせればよい、とのお考えを常々……それ自体はご子息方も納得されているようですが」

 使用人の青年は、どうやら耳にタコができるほど聞かされた文句なのでしょう、ラポール伯爵が言いそうな重たい口調を真似て、そう語りました。

「とはいえ、旦那様もお年ですから、お二人ともよく戻っていらして今後について話し合われているようです」

 それを聞き、なるほど、と私はもったいぶって頷きます。

 ラポール伯爵家は、私の実家グリフィン伯爵家とは比べ物にならないほど繁栄しているというのに、これからの未来をきちんと見据え、持っている財産や身分に頼らず生きる道を模索しているようです。

 立派な考えです。同じ伯爵家なのに、ラポール伯爵家の援助にすがる私の実家とは雲泥うんでいの差です。

 だからこそ、縋ってきた私は、ラポール伯爵家にとってお荷物でしかないという自覚はありました。伯爵のご子息たちにしてみれば、どのような事情があれ、私は突如現れた邪魔者でしかありません。

(ラポール伯爵としては、ご子息たちには独立して生きられるように、と願っている。だからと言って、ご子息たちは実家でもある伯爵家を捨てたいわけではないでしょうね。何度も戻って話し合いをする程度には真剣に……はあ、私が伯爵家の財産を簒奪するかのように見られても仕方がないわ、これ)

 老貴族の莫大な遺産を、年若い愛人が掻っ攫っていくという筋書きの演劇や大衆小説は腐るほどあります。私もそうであるかのように見られても、まったくおかしくありません。

(私としては、実家とアンリへの援助があればその他はもういらないんだけれど。いくらそう言ったって、信じてもらえないわよね……)

 まだ見ぬラポール伯爵のご子息たちからは、問答無用で厳しい視線や態度を向けられるだろう、と考えるだけで憂鬱になります。

 どうすれば状況がよくなるか——はこれからの課題です。

 今のところは、まず私は当初の目的であるラポール伯爵家や人々について知るところから始めるべきでしょう。

 私は気を取り直して中庭の向こう、湖の対岸にもある建物を指差し、使用人の青年に尋ねます。

「あちらの建物は?」
「騎士団の宿舎と訓練施設ですね」
「騎士団? ラポール伯爵家は今も騎士団を所有しているのですか?」
「ええ、軍隊としてではなく、あくまで要人や拠点警護のためだそうです。それならば、今後も需要がある、とのことで」

 ははあ、と私は感嘆のため息を漏らしてしまいました。

 何かとお金のかかる騎士団は、多くの貴族たちはとっくの昔に解散させています。

 そもそも国の常備軍がきちんとあるなら、貴族が私設の軍事力を持つ必要性は薄れます。むしろ、持っていることで謀反なり何なりを疑われ、市民から手厳しく批判されるほどです。

 それでもラポール伯爵は騎士団を存続させ、自身を含めた護衛の必要な人々のためにと方針転換も済ませているのですから、よくよく考えられたものです。

「何だか、旦那様は用意周到であらせられるようですね」

 使用人の青年は困ったような笑みを浮かべ、答えを濁していました。

 ひとまず、私は使用人の青年と話したことで気が済んだので、その日の散策はやめておくことにしました。

 用意されたものを吟味してから行動しよう——くらいの冷静で慎重な気持ちになったのです。

 私は部屋に戻り、読書室に揃えられた綺麗な本の背表紙を眺めはじめました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。 しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。 「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」 屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え―― 「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。 「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」 愛なき結婚、冷遇される王妃。 それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。 ――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。

記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる

きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。 穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。 ——あの日までは。 突如として王都を揺るがした 「王太子サフィル、重傷」の報せ。 駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。

貴方が私を嫌う理由

柴田はつみ
恋愛
リリー――本名リリアーヌは、夫であるカイル侯爵から公然と冷遇されていた。 その関係はすでに修復不能なほどに歪み、夫婦としての実態は完全に失われている。 カイルは、彼女の類まれな美貌と、完璧すぎる立ち居振る舞いを「傲慢さの表れ」と決めつけ、意図的に距離を取った。リリーが何を語ろうとも、その声が届くことはない。 ――けれど、リリーの心が向いているのは、夫ではなかった。 幼馴染であり、次期公爵であるクリス。 二人は人目を忍び、密やかな逢瀬を重ねてきた。その愛情に、疑いの余地はなかった。少なくとも、リリーはそう信じていた。 長年にわたり、リリーはカイル侯爵家が抱える深刻な財政難を、誰にも気づかれぬよう支え続けていた。 実家の財力を水面下で用い、侯爵家の体裁と存続を守る――それはすべて、未来のクリスを守るためだった。 もし自分が、破綻した結婚を理由に離縁や醜聞を残せば。 クリスが公爵位を継ぐその時、彼の足を引く「過去」になってしまう。 だからリリーは、耐えた。 未亡人という立場に甘んじる未来すら覚悟しながら、沈黙を選んだ。 しかし、その献身は――最も愛する相手に、歪んだ形で届いてしまう。 クリスは、彼女の行動を別の意味で受け取っていた。 リリーが社交の場でカイルと並び、毅然とした態度を崩さぬ姿を見て、彼は思ってしまったのだ。 ――それは、形式的な夫婦関係を「完璧に保つ」ための努力。 ――愛する夫を守るための、健気な妻の姿なのだと。 真実を知らぬまま、クリスの胸に芽生えたのは、理解ではなく――諦めだった。

とある伯爵の憂鬱

如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。 父親は怒り、修道院に入れようとする。 そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。 学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。 ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

番など、今さら不要である

池家乃あひる
恋愛
前作「番など、御免こうむる」の後日談です。 任務を終え、無事に国に戻ってきたセリカ。愛しいダーリンと再会し、屋敷でお茶をしている平和な一時。 その和やかな光景を壊したのは、他でもないセリカ自身であった。 「そういえば、私の番に会ったぞ」 ※バカップルならぬバカ夫婦が、ただイチャイチャしているだけの話になります。 ※前回は恋愛要素が低かったのでヒューマンドラマで設定いたしましたが、今回はイチャついているだけなので恋愛ジャンルで登録しております。

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

処理中です...