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第十話 出発します
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夏が近づき、白みを帯びてきた朝日が湖面に反射し、精緻なステンドグラスのように輝いています。
私と石橋を渡りながら、夏になればもっと眩しくなるとフィーが説明してくれました。
初めて出会った花畑を横目に、屋敷に残っていた女性用の綿ブラウスとコーデュロイスカート、一番低いヒールの靴を履き、フィーに案内されて私は騎士団の建物へと向かっています。
本部として機能している近代風建築の建物のほか、石造の棟もあれば煉瓦造りの棟もあり、どうやら造られた時代がそれぞれ違うようです。
歴史の長いラポール騎士団を味方につけるため、私は内心ビクビクしつつ赤い馬と荊の紋章の旗を掲げた本部へ、そして騎士団長との面会に挑みます。
何でもフィー曰く、「騎士団長は大柄ですが、とても優しい方です。自分を見た女性や子どもが怯えると深く傷つくので、できれば耐えてください」とのことでした。なので、私はできるだけ胸を張り、怖くない平気ですと主張していかなくてはなりません。
フィーからもらったヘアオイルのおかげでふわふわになってきた白金の髪をまとめ上げて結い、私はちょっと強くなった気分ですから、きっと大丈夫です。
私はホールに案内され、大きな背を丸めて備品の甲冑や剣の位置を直している人物——あれが騎士団長ですとフィーに耳打ちされました——へ声をかけました。
「お忙しい中失礼するわ、アルビナと申します」
声をかけられた人物は、熊のようにのそりと立ち上がります。
私やフィーよりもずっと背の高い、偉丈夫と形容して差し支えないほどの壮年の大男が、あっという間に穏やかな表情で挨拶してくれました。
「お待ちしておりました。ラポール騎士団の長を務めるイドルラドルと申します。ラドルとお呼びください」
騎士団長はラポール伯爵領の出身でしょう、やっぱり例に漏れず変な長い名前です。
首が痛くなるほど見上げなければならず、私は思わずつぶやきます。
「大きい……」
「はい、ラドル騎士団長は声も大きくて威圧感がすごいですよ」
「そうなんだ」
「小声で話せということか」
「では、さっそく話に入りましょう」
ラドル騎士団長にさらっと忠告して、フィーはホールの端にあるテーブルセットへ向かっていきました。どうやら、二人は気の知れた仲のようです。
椅子に座り、改めてラドル騎士団長は友好的に話を切り出してくれました。
「えー、こほん。話を進めますと、ラポール伯爵閣下から概ね伺っております。しかし、騎士団がこれから何をして、どう稼いでいくかはアルビナ様に委ねるとのこと」
そう、そこばかりは私が舵取りをしなくてはなりません。騎士団が勝手に働くとなるとラポール伯爵家から離脱するということになりかねず、これから先私はフィーを手元に置いておくこともできません。
なので、私は正直にラドル騎士団長へ現場を打ち明け、協力を依頼しました。
「今はまだ、どうすればいいか分からない。もし何か案があれば教えてちょうだい、私も頑張って考えるから。それと、しばらくフィーを借りたいの。秘書が必要だから、いいかしら?」
「承知しました。フィーは事務能力にも長けておりますし、要人警護もお手のものです。必ずお役に立つでしょう」
これには、フィーが大きく頷きました。ラドル騎士団長の許可があれば、安心して私はフィーを連れ回せます。一応、私の身分は『ラポール伯爵夫人』ですから、従者をつけずにうろうろするのは外聞によろしくないため、フィーが一緒ならば護衛の騎士がついている、という名分が立つのです。
つまり、これから私ははありとあらゆる場所を巡っていかなくてはなりません。伯爵から任されたすべての現場を知り、状況を把握し、活用や改善策を見つけ出すこと、それが私のお仕事なのです。
もちろん、それは簡単なことではありません。
「あちこちを回ってこの土地の状況を確認しないと。私は知らないことだらけで新参者だから、簡単に受け入れてもらえるとは思わないわ。それでも、動かないことには始まらない」
ラドル騎士団長は何度も頷き、私の意欲を買ってくれました。
「それならばフィーはなおのこと役立つでしょう。フィルフィリシア家は騎士の名家、フィーも市民に顔は売れておりますので……マスコット的な意味で」
「違います、違いたくありませんが、違います」
「あー、顔がいいから……」
「腹が立つでしょう? 私など声を張るたび虎か何かかと恐れられているのに」
「そちらのほうがよほどマスコットでしょうに」
「やかましい、使えるものは何でも使ってこい」
小声で叫ぶようにして、ラドル騎士団長はフィーを脅かすふりで戯れていました。フィーもまた言い合い、笑い合えるくらいにはいい間柄です。
さて、ラドル騎士団長の協力を取り付けたことですし、私はフィーを連れて出かけることにしました。
騎士団の厩舎から馬を二頭借り、フィーと一緒に屋敷から出発です。
目指すは——この土地のすべてを知ること、です。
私と石橋を渡りながら、夏になればもっと眩しくなるとフィーが説明してくれました。
初めて出会った花畑を横目に、屋敷に残っていた女性用の綿ブラウスとコーデュロイスカート、一番低いヒールの靴を履き、フィーに案内されて私は騎士団の建物へと向かっています。
本部として機能している近代風建築の建物のほか、石造の棟もあれば煉瓦造りの棟もあり、どうやら造られた時代がそれぞれ違うようです。
歴史の長いラポール騎士団を味方につけるため、私は内心ビクビクしつつ赤い馬と荊の紋章の旗を掲げた本部へ、そして騎士団長との面会に挑みます。
何でもフィー曰く、「騎士団長は大柄ですが、とても優しい方です。自分を見た女性や子どもが怯えると深く傷つくので、できれば耐えてください」とのことでした。なので、私はできるだけ胸を張り、怖くない平気ですと主張していかなくてはなりません。
フィーからもらったヘアオイルのおかげでふわふわになってきた白金の髪をまとめ上げて結い、私はちょっと強くなった気分ですから、きっと大丈夫です。
私はホールに案内され、大きな背を丸めて備品の甲冑や剣の位置を直している人物——あれが騎士団長ですとフィーに耳打ちされました——へ声をかけました。
「お忙しい中失礼するわ、アルビナと申します」
声をかけられた人物は、熊のようにのそりと立ち上がります。
私やフィーよりもずっと背の高い、偉丈夫と形容して差し支えないほどの壮年の大男が、あっという間に穏やかな表情で挨拶してくれました。
「お待ちしておりました。ラポール騎士団の長を務めるイドルラドルと申します。ラドルとお呼びください」
騎士団長はラポール伯爵領の出身でしょう、やっぱり例に漏れず変な長い名前です。
首が痛くなるほど見上げなければならず、私は思わずつぶやきます。
「大きい……」
「はい、ラドル騎士団長は声も大きくて威圧感がすごいですよ」
「そうなんだ」
「小声で話せということか」
「では、さっそく話に入りましょう」
ラドル騎士団長にさらっと忠告して、フィーはホールの端にあるテーブルセットへ向かっていきました。どうやら、二人は気の知れた仲のようです。
椅子に座り、改めてラドル騎士団長は友好的に話を切り出してくれました。
「えー、こほん。話を進めますと、ラポール伯爵閣下から概ね伺っております。しかし、騎士団がこれから何をして、どう稼いでいくかはアルビナ様に委ねるとのこと」
そう、そこばかりは私が舵取りをしなくてはなりません。騎士団が勝手に働くとなるとラポール伯爵家から離脱するということになりかねず、これから先私はフィーを手元に置いておくこともできません。
なので、私は正直にラドル騎士団長へ現場を打ち明け、協力を依頼しました。
「今はまだ、どうすればいいか分からない。もし何か案があれば教えてちょうだい、私も頑張って考えるから。それと、しばらくフィーを借りたいの。秘書が必要だから、いいかしら?」
「承知しました。フィーは事務能力にも長けておりますし、要人警護もお手のものです。必ずお役に立つでしょう」
これには、フィーが大きく頷きました。ラドル騎士団長の許可があれば、安心して私はフィーを連れ回せます。一応、私の身分は『ラポール伯爵夫人』ですから、従者をつけずにうろうろするのは外聞によろしくないため、フィーが一緒ならば護衛の騎士がついている、という名分が立つのです。
つまり、これから私ははありとあらゆる場所を巡っていかなくてはなりません。伯爵から任されたすべての現場を知り、状況を把握し、活用や改善策を見つけ出すこと、それが私のお仕事なのです。
もちろん、それは簡単なことではありません。
「あちこちを回ってこの土地の状況を確認しないと。私は知らないことだらけで新参者だから、簡単に受け入れてもらえるとは思わないわ。それでも、動かないことには始まらない」
ラドル騎士団長は何度も頷き、私の意欲を買ってくれました。
「それならばフィーはなおのこと役立つでしょう。フィルフィリシア家は騎士の名家、フィーも市民に顔は売れておりますので……マスコット的な意味で」
「違います、違いたくありませんが、違います」
「あー、顔がいいから……」
「腹が立つでしょう? 私など声を張るたび虎か何かかと恐れられているのに」
「そちらのほうがよほどマスコットでしょうに」
「やかましい、使えるものは何でも使ってこい」
小声で叫ぶようにして、ラドル騎士団長はフィーを脅かすふりで戯れていました。フィーもまた言い合い、笑い合えるくらいにはいい間柄です。
さて、ラドル騎士団長の協力を取り付けたことですし、私はフィーを連れて出かけることにしました。
騎士団の厩舎から馬を二頭借り、フィーと一緒に屋敷から出発です。
目指すは——この土地のすべてを知ること、です。
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