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第十五話 老公爵は法医学者を知っていた、その上で②
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それはあまりにも唐突な提案だった。ただでさえ困惑と怒りに塗れたアンドーチェは、普段の聡明さなどどこへやら、ゆっくりと一語一語噛み締めるように理解しようとしていたほどだ。
無論、クロードは即座にヴェルセット公爵の言葉の真意を捉え、先回りして問いかける。
「あなたは、ドゥ夫人を抹殺するおつもりですか?」
「え……!?」
一瞬、部屋に不穏な空気が流れる。
もし現在のイアムス王国からドゥ夫人が消えれば、イアムス王国は立ち行かなくなるだろう。これが平常時であれば問題なかっただろうが、ヴェルセット公爵による軍事的脅威が差し迫っている。権威は責任と隣り合わせであり、国王を弑するよりも別の『悪』を作って処刑したほうが収まりがいいのだ。
それがちょうど今のドゥ夫人の地位に当たり、悪の摂政、政治を乱した悪女ということにして、排除すれば問題はおしまい、という筋書きを作ることさえできる——だが、ヴェルセット公爵はそれを望んでいないし、かといってドゥ夫人を生かすつもりもない。
その意味を、クロードは把握している。しかしそれは憶測にすぎず、できることならヴェルセット公爵に答え合わせをしてもらいたいところだ。それ次第で「この国を離れろ」という命令に説得力が出る。
老公爵は、クロードを見据えた。
「そうだとすれば、どうする?」
答えを間違えるわけにはいかない。クロードは即答した。
「いえ、どうもしません。僕は一介の、外国人の学者です。この国の未来に何の責任もないのに、この国の人々の行動を制約するのはお門違いです」
「ほう、殊勝な心がけだな。聞いていた人物像とはいささか異なるが、まあいい」
「僕にどんな悪評が立っていたかは知りたくありませんがね、とにかく、ただこう思っているだけです。今の僕は、姪の死を悲しむ女性と、大人に振り回されて困っている少女に、頼まれたから助言をする立場にある、と。そこに真実がどうこうとか、そういうのは実はあまり関係がありません」
心得違いを起こしそうになるが、クロードはマダム・マーガリーに呼ばれこそしたものの、別に『行方不明のクラリッサ嬢』事件を解決しろだとか、クラリッサの行方を探せだとか、そんな依頼を受けたわけではない。ただ質問に答えるためだけに国境を越えてロロベスキ侯爵領までやってきた、そして待たされている——ただそれだけなのだ。学友と連絡を取ったり、当時の話を確かめたりといった行動は、知的好奇心からの情報収集でしかなく、依頼主のマダム・マーガリーに命じられないかぎりは続ける義務も得た情報を開示させられることもない。
それゆえに、クロードがヴェルセット公爵の命令を素直に聞く理由はない。ただし、積極的に聞かざるをえない理由を聞かせてもらえるのなら、話は別だ。
たとえばそう、マダム・マーガリーにとって不利益であるとか……アンドーチェに危機が迫っているとか、そういう類の理由だ。
先のクロードとのやり取りで、ヴェルセット公爵はすでにそう理解したのだろう。言い方を柔らかく変えて、ついでに表情も若干和らげて、クロードへ頼みを口にした。
「なるほど、うむ。ではクロード、アンドーチェをジルヴェイグ大皇国へ逃がしてほしい。その先のことは、この娘が自分で考えるだろう。とにかく、緊迫した状況のイアムス王国から脱出できればいいのだ」
「それはご自身の孫娘だから逃がすのですか?」
「いいや。これは償いの一環だ」
「償い。それは一体?」
「ろくでもない大人たちが、年端もいかない子どもを陰謀に巻き込もうとした。その償いだ」
償い、という単語がヴェルセット公爵の口から出たとき、アンドーチェの顔がふっと曇ったことをクロードは見逃さなかった。あえて指摘しないが、アンドーチェからすれば笑えない冗談だろう。
ヴェルセット公爵の真意がどうであれ、アンドーチェのためなのだ、と言われればクロードは断れない。マダム・マーガリーもきっとそれに賛成するだろうし、緊迫した状況——下手すれば命に関わるような——をクロードも察しているからだ。
収まりの悪い癖っ毛の髪が、一房、二房と視界の範囲に落ちてきていたため、クロードは髪の毛を最大限努力して後ろに流す。少しだけ開けた視界に、椅子に座る老人と少女がいた。二人に血の繋がりはなく、しかし家族であるとされたり、されなかったりと忙しい。人生で二度目の再会だろうし、何となくよそよそしい間隔が空いている。
ふとクロードは考える。これから先、その妙な隙間が埋まることはあるのだろうか。二人に埋める意思は見受けられないし、埋めたところで余計な心配事ばかり増えるだろう。
老人と少女を繋ぐのは、老人の義理の娘であり、少女の顔も知らない母親だ。その人物はもう、二度と現れないのだろう。老人はしっかりと現実を認め、少女はついに現実を諦めた。
マダム・マーガリーは、この現状を変えたかったのかもしれない。自身の可愛い姪がひょっこりと戻ってきて、気難しそうな老人となった義父と、母親譲りの美貌と知性を持つ娘と手を取り合い、感動の再会を経て家に帰る支度をする。彼女だけはたった一人、望みを捨てずにそんな未来を願っていた。
だが、もうその未来ばかりは可能性はないだろう。ドゥ夫人の『存続』が叶えば可能性だけは生きていただろうが、それも老人が手ずから終わらせる。
しわの陰影が老人の顔をより険しく見せる。ヴェルセット公爵は、自らの手で企む未来の形を、宣言した。
「私は第二王子と第三王子を自領に匿い、イアムス王国を終わらせる。ドゥ夫人という虚像で保たれたこの国に、終止符を打つ時が来たのだ」
無論、クロードは即座にヴェルセット公爵の言葉の真意を捉え、先回りして問いかける。
「あなたは、ドゥ夫人を抹殺するおつもりですか?」
「え……!?」
一瞬、部屋に不穏な空気が流れる。
もし現在のイアムス王国からドゥ夫人が消えれば、イアムス王国は立ち行かなくなるだろう。これが平常時であれば問題なかっただろうが、ヴェルセット公爵による軍事的脅威が差し迫っている。権威は責任と隣り合わせであり、国王を弑するよりも別の『悪』を作って処刑したほうが収まりがいいのだ。
それがちょうど今のドゥ夫人の地位に当たり、悪の摂政、政治を乱した悪女ということにして、排除すれば問題はおしまい、という筋書きを作ることさえできる——だが、ヴェルセット公爵はそれを望んでいないし、かといってドゥ夫人を生かすつもりもない。
その意味を、クロードは把握している。しかしそれは憶測にすぎず、できることならヴェルセット公爵に答え合わせをしてもらいたいところだ。それ次第で「この国を離れろ」という命令に説得力が出る。
老公爵は、クロードを見据えた。
「そうだとすれば、どうする?」
答えを間違えるわけにはいかない。クロードは即答した。
「いえ、どうもしません。僕は一介の、外国人の学者です。この国の未来に何の責任もないのに、この国の人々の行動を制約するのはお門違いです」
「ほう、殊勝な心がけだな。聞いていた人物像とはいささか異なるが、まあいい」
「僕にどんな悪評が立っていたかは知りたくありませんがね、とにかく、ただこう思っているだけです。今の僕は、姪の死を悲しむ女性と、大人に振り回されて困っている少女に、頼まれたから助言をする立場にある、と。そこに真実がどうこうとか、そういうのは実はあまり関係がありません」
心得違いを起こしそうになるが、クロードはマダム・マーガリーに呼ばれこそしたものの、別に『行方不明のクラリッサ嬢』事件を解決しろだとか、クラリッサの行方を探せだとか、そんな依頼を受けたわけではない。ただ質問に答えるためだけに国境を越えてロロベスキ侯爵領までやってきた、そして待たされている——ただそれだけなのだ。学友と連絡を取ったり、当時の話を確かめたりといった行動は、知的好奇心からの情報収集でしかなく、依頼主のマダム・マーガリーに命じられないかぎりは続ける義務も得た情報を開示させられることもない。
それゆえに、クロードがヴェルセット公爵の命令を素直に聞く理由はない。ただし、積極的に聞かざるをえない理由を聞かせてもらえるのなら、話は別だ。
たとえばそう、マダム・マーガリーにとって不利益であるとか……アンドーチェに危機が迫っているとか、そういう類の理由だ。
先のクロードとのやり取りで、ヴェルセット公爵はすでにそう理解したのだろう。言い方を柔らかく変えて、ついでに表情も若干和らげて、クロードへ頼みを口にした。
「なるほど、うむ。ではクロード、アンドーチェをジルヴェイグ大皇国へ逃がしてほしい。その先のことは、この娘が自分で考えるだろう。とにかく、緊迫した状況のイアムス王国から脱出できればいいのだ」
「それはご自身の孫娘だから逃がすのですか?」
「いいや。これは償いの一環だ」
「償い。それは一体?」
「ろくでもない大人たちが、年端もいかない子どもを陰謀に巻き込もうとした。その償いだ」
償い、という単語がヴェルセット公爵の口から出たとき、アンドーチェの顔がふっと曇ったことをクロードは見逃さなかった。あえて指摘しないが、アンドーチェからすれば笑えない冗談だろう。
ヴェルセット公爵の真意がどうであれ、アンドーチェのためなのだ、と言われればクロードは断れない。マダム・マーガリーもきっとそれに賛成するだろうし、緊迫した状況——下手すれば命に関わるような——をクロードも察しているからだ。
収まりの悪い癖っ毛の髪が、一房、二房と視界の範囲に落ちてきていたため、クロードは髪の毛を最大限努力して後ろに流す。少しだけ開けた視界に、椅子に座る老人と少女がいた。二人に血の繋がりはなく、しかし家族であるとされたり、されなかったりと忙しい。人生で二度目の再会だろうし、何となくよそよそしい間隔が空いている。
ふとクロードは考える。これから先、その妙な隙間が埋まることはあるのだろうか。二人に埋める意思は見受けられないし、埋めたところで余計な心配事ばかり増えるだろう。
老人と少女を繋ぐのは、老人の義理の娘であり、少女の顔も知らない母親だ。その人物はもう、二度と現れないのだろう。老人はしっかりと現実を認め、少女はついに現実を諦めた。
マダム・マーガリーは、この現状を変えたかったのかもしれない。自身の可愛い姪がひょっこりと戻ってきて、気難しそうな老人となった義父と、母親譲りの美貌と知性を持つ娘と手を取り合い、感動の再会を経て家に帰る支度をする。彼女だけはたった一人、望みを捨てずにそんな未来を願っていた。
だが、もうその未来ばかりは可能性はないだろう。ドゥ夫人の『存続』が叶えば可能性だけは生きていただろうが、それも老人が手ずから終わらせる。
しわの陰影が老人の顔をより険しく見せる。ヴェルセット公爵は、自らの手で企む未来の形を、宣言した。
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