ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ

文字の大きさ
15 / 22

第十五話 老公爵は法医学者を知っていた、その上で②

しおりを挟む
 それはあまりにも唐突な提案だった。ただでさえ困惑と怒りに塗れたアンドーチェは、普段の聡明さなどどこへやら、ゆっくりと一語一語噛み締めるように理解しようとしていたほどだ。

 無論、クロードは即座にヴェルセット公爵の言葉の真意を捉え、先回りして問いかける。

「あなたは、ドゥ夫人をするおつもりですか?」
「え……!?」

 一瞬、部屋に不穏な空気が流れる。

 もし現在のイアムス王国からドゥ夫人が消えれば、イアムス王国は立ち行かなくなるだろう。これが平常時であれば問題なかっただろうが、ヴェルセット公爵による軍事的脅威が差し迫っている。権威は責任と隣り合わせであり、国王を弑するよりも別の『悪』を作って処刑したほうが収まりがいいのだ。

 それがちょうど今のドゥ夫人の地位に当たり、悪の摂政、政治を乱した悪女ということにして、排除すれば問題はおしまい、という筋書きを作ることさえできる——だが、ヴェルセット公爵はそれを望んでいないし、かといってドゥ夫人を生かすつもりもない。

 その意味を、クロードは把握している。しかしそれは憶測にすぎず、できることならヴェルセット公爵に答え合わせをしてもらいたいところだ。それ次第で「この国を離れろ」という命令に説得力が出る。

 老公爵は、クロードを見据えた。

「そうだとすれば、どうする?」

 答えを間違えるわけにはいかない。クロードは即答した。

「いえ、どうもしません。僕は一介の、外国人の学者です。この国の未来に何の責任もないのに、この国の人々の行動を制約するのはお門違いです」
「ほう、殊勝な心がけだな。聞いていた人物像とはいささか異なるが、まあいい」
「僕にどんな悪評が立っていたかは知りたくありませんがね、とにかく、ただこう思っているだけです。今の僕は、姪の死を悲しむ女性と、大人に振り回されて困っている少女に、頼まれたから助言をする立場にある、と。そこに真実がどうこうとか、そういうのは実はあまり関係がありません」

 心得違いを起こしそうになるが、クロードはマダム・マーガリーに呼ばれこそしたものの、別に『行方不明のクラリッサ嬢』事件を解決しろだとか、クラリッサの行方を探せだとか、そんな依頼を受けたわけではない。ただ質問に答えるためだけに国境を越えてロロベスキ侯爵領までやってきた、そして待たされている——ただそれだけなのだ。学友と連絡を取ったり、当時の話を確かめたりといった行動は、知的好奇心からの情報収集でしかなく、依頼主のマダム・マーガリーに命じられないかぎりは続ける義務も得た情報を開示させられることもない。

 それゆえに、クロードがヴェルセット公爵の命令を素直に聞く理由はない。ただし、積極的に聞かざるをえない理由を聞かせてもらえるのなら、話は別だ。

 たとえばそう、マダム・マーガリーにとって不利益であるとか……とか、そういう類の理由だ。

 先のクロードとのやり取りで、ヴェルセット公爵はすでに理解したのだろう。言い方を柔らかく変えて、ついでに表情も若干和らげて、クロードへ頼みを口にした。

「なるほど、うむ。ではクロード、アンドーチェをジルヴェイグ大皇国へ逃がしてほしい。その先のことは、この娘が自分で考えるだろう。とにかく、緊迫した状況のイアムス王国から脱出できればいいのだ」
「それはご自身の孫娘だから逃がすのですか?」
「いいや。これは償いの一環だ」
「償い。それは一体?」
「ろくでもない大人たちが、年端もいかない子どもを陰謀に巻き込もうとした。その償いだ」

 償い、という単語がヴェルセット公爵の口から出たとき、アンドーチェの顔がふっと曇ったことをクロードは見逃さなかった。あえて指摘しないが、アンドーチェからすれば笑えない冗談だろう。

 ヴェルセット公爵の真意がどうであれ、アンドーチェのためなのだ、と言われればクロードは断れない。マダム・マーガリーもきっとそれに賛成するだろうし、緊迫した状況——下手すれば命に関わるような——をクロードも察しているからだ。

 収まりの悪い癖っ毛の髪が、一房、二房と視界の範囲に落ちてきていたため、クロードは髪の毛を最大限努力して後ろに流す。少しだけ開けた視界に、椅子に座る老人と少女がいた。二人に血の繋がりはなく、しかし家族であるとされたり、されなかったりと忙しい。人生で二度目の再会だろうし、何となくよそよそしいが空いている。

 ふとクロードは考える。これから先、その妙な隙間が埋まることはあるのだろうか。二人に埋める意思は見受けられないし、埋めたところで余計な心配事ばかり増えるだろう。

 老人と少女を繋ぐのは、老人の義理の娘であり、少女の顔も知らない母親だ。その人物はもう、二度と現れないのだろう。老人はしっかりと現実を認め、少女はついに現実を諦めた。

 マダム・マーガリーは、この現状を変えたかったのかもしれない。自身の可愛い姪がひょっこりと戻ってきて、気難しそうな老人となった義父と、母親譲りの美貌と知性を持つ娘と手を取り合い、感動の再会を経て家に帰る支度をする。彼女だけはたった一人、望みを捨てずにそんな未来を願っていた。

 だが、もうその未来ばかりは可能性はないだろう。ドゥ夫人の『存続』が叶えば可能性だけは生きていただろうが、それも老人が手ずから終わらせる。

 しわの陰影が老人の顔をより険しく見せる。ヴェルセット公爵は、自らの手で企む未来の形を、宣言した。

「私は第二王子と第三王子を自領に匿い、イアムス王国を終わらせる。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね

ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。 失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

婚約破棄されました。

まるねこ
恋愛
私、ルナ・ブラウン。歳は本日14歳となったところですわ。家族は父ラスク・ブラウン公爵と母オリヴィエ、そして3つ上の兄、アーロの4人家族。 本日、私の14歳の誕生日のお祝いと、婚約者のお披露目会を兼ねたパーティーの場でそれは起こりました。 ド定番的な婚約破棄からの恋愛物です。 習作なので短めの話となります。 恋愛大賞に応募してみました。内容は変わっていませんが、少し文を整えています。 ふんわり設定で気軽に読んでいただければ幸いです。 Copyright©︎2020-まるねこ

【完】隣国に売られるように渡った王女

まるねこ
恋愛
幼いころから王妃の命令で勉強ばかりしていたリヴィア。乳母に支えられながら成長し、ある日、父である国王陛下から呼び出しがあった。 「リヴィア、お前は長年王女として過ごしているが未だ婚約者がいなかったな。良い嫁ぎ先を選んでおいた」と。 リヴィアの不遇はいつまで続くのか。 Copyright©︎2024-まるねこ

【完結】すり替えられた公爵令嬢

鈴蘭
恋愛
帝国から嫁いで来た正妻キャサリンと離縁したあと、キャサリンとの間に出来た娘を捨てて、元婚約者アマンダとの間に出来た娘を嫡子として第一王子の婚約者に差し出したオルターナ公爵。 しかし王家は帝国との繋がりを求め、キャサリンの血を引く娘を欲していた。 妹が入れ替わった事に気付いた兄のルーカスは、事実を親友でもある第一王子のアルフレッドに告げるが、幼い二人にはどうする事も出来ず時間だけが流れて行く。 本来なら庶子として育つ筈だったマルゲリーターは公爵と後妻に溺愛されており、自身の中に高貴な血が流れていると信じて疑いもしていない、我儘で自分勝手な公女として育っていた。 完璧だと思われていた娘の入れ替えは、捨てた娘が学園に入学して来た事で、綻びを見せて行く。 視点がコロコロかわるので、ナレーション形式にしてみました。 お話が長いので、主要な登場人物を紹介します。 ロイズ王国 エレイン・フルール男爵令嬢 15歳 ルーカス・オルターナ公爵令息 17歳 アルフレッド・ロイズ第一王子 17歳 マルゲリーター・オルターナ公爵令嬢 15歳 マルゲリーターの母 アマンダ・オルターナ エレインたちの父親 シルベス・オルターナ  パトリシア・アンバタサー エレインのクラスメイト アルフレッドの側近 カシュー・イーシヤ 18歳 ダニエル・ウイロー 16歳 マシュー・イーシヤ 15歳 帝国 エレインとルーカスの母 キャサリン帝国の侯爵令嬢(前皇帝の姪) キャサリンの再婚相手 アンドレイ(キャサリンの従兄妹) 隣国ルタオー王国 バーバラ王女

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

処理中です...