呪いのせいで太ったら離婚宣告されました!どうしましょう!

ルーシャオ

文字の大きさ
18 / 24

第十八話

しおりを挟む
 ようやく、ベレンガリオは金髪の少女が修道院のお菓子を買い占めて行った令嬢の一人なのだ、と気づきます。腕から下げたカゴに他の紙袋もいくつかあり、そのうちの一つをベレンガリオへ譲るつもりなのでしょう。

 思わず手が伸びそうになりましたが、ベレンガリオは最後の理性で踏みとどまり、やはり最後に残ったプライドが施しを短く拒絶します。

「これは君が買ったものだろう」
「ですが、たくさん買いましたので……他にお求めの方がいらしたことに気付かず失礼をいたしました。それに、こんなにたくさんあっても、今日中に食べ切ることはできません。美味しいうちに食べたほうがお菓子も喜ぶでしょうから」

 ——お菓子も喜ぶ? 奇妙なことを言う。

 ベレンガリオは、金髪の少女がお菓子を譲るために考えたいじらしい理由に、ふと愉快になりました。

 まるでお菓子が生き物であるかのように、美味しく食べられることを望んで喜んでいると想像すると、何とも童話の登場人物のようです。生き生きと我先に食べられようと飛び上がるストゥルッフォリ、それはきっと、奇妙でありながら、愉快なことなのです。

 目の前の令嬢は、随分と想像力豊かな少女です。ですが、それは気遣いも相当に含んでおり、初対面のベレンガリオへ慈悲の心を見せるあたり、優しい性分なのでしょう。

 その金髪の少女は、呆気に取られたベレンガリオの手へ紙袋をそっと押しつけます。まだ温かい紙袋の中には、ベレンガリオが求めつづけた『とても甘いお菓子』が入っているに違いありません。

 手にしてしまった以上、もう抵抗はできませんでした。ベレンガリオは躊躇なく受け取り、感謝の意を伝えます。本当は、胸中の暗澹たる絶望感を払ってくれた金髪の少女に、最大限の謝辞と盛大な返礼をしたいところですが、たかが菓子にと蔑まれはしないかと考え直しました。

 ただ、やはりお礼の品を渡したい、そう思ってベレンガリオは背筋を伸ばし、誠心誠意かつ簡潔に礼儀を尽くして尋ねます。

「分かった、気遣い感謝する。今度、この菓子の礼を届けるから、君の名前と住所を教えてくれ」
「いえ、そんな」
「申し遅れた。私はグレーゼ侯爵家のベレンガリオという。今は王立士官学校に通っている」

 そこまで言って、やっとベレンガリオはあることに気付きました。

 紙袋に気を取られてしまいましたが、金髪の少女は、とても可憐な顔立ちです。ぱっちりと開いた瞳は大きく、長いまつ毛も薄紅の唇も化粧はされていません。白い肌も同じく白粉おしろいは叩かれておらず、きめ細やかな肌は熟練の職人が練ったパン生地のごとく滑らかでもちもちです。無意識のうちに指先を伸ばしてつつきたくなる衝動を抑えなければならないくらい、少女の頬に触れたいと思うと同時に、その感情は——ベレンガリオがどうしようもなく少女に惹かれている、確たる証拠となってしまったのです。

 さらに、ベレンガリオは自身の想像力を甘く見ていました。

(……ウェディングドレスは胸元や肩を開けないタイプがいいな。レースで肌を包まないと他の男に攫われてしまうかもしれない。いや、待てよ。今、何を想像した? 確かにここで彼女を帰してしまえば二度と会えないかもしれないが、だからと言ってああくそハチミツとシナモンの香りが昇ってきた、食べたい……昔、屋敷の厨房で見たシェフのパン生地は素晴らしいもちもち具合だったが、この少女の頬はそれを思い出すな。触りた……いやいや待て待てベレンガリオ、正気に戻れ。初対面の男がご令嬢の肌に触れるなどあってはならない、しかしだが結婚を前提にすればあるいは)

 ここまでのベレンガリオの思考時間は、おそらく現実の時間で二、三秒ほどでしょうか。

 それはちょうど、金髪の少女が悩んだ末に自身の名前と住む場所を教えることに決める、その決意までの時間と同じでした。

「分かりました。では、私はサンベルジュ伯爵邸に逗留しております、ジョヴァンナと申します」

 やっと現実に戻ったベレンガリオは、金髪の少女が『ジョヴァンナ』という名前であること、それと聞き覚えのある家名を聞いて、関連する情報が頭の中の引き出しから溢れ出し、その情報を一瞬で処理しきりました。

「サンベルジュ伯爵邸? ああ、今の侍従長の家か。君はそこの令嬢じゃないのか?」

 すると、金髪の巻き毛の先をもじもじと指に絡めながら、『ジョヴァンナ』は恥ずかしそうに出身地を明かします。

「私は……その、ダーナテスカからまいりました。何分、田舎なもので、父の友人であるサンベルジュ伯爵閣下のお屋敷に下宿して、マナーやダンスなどを学んでおります」

 ——なるほど!

 ベレンガリオの脳内で、しきりにファンファーレが鳴りました。うるさいくらいに鳴り響いています。

 種々しゅじゅ細々こまごま一瞬で熟慮した末に、ベレンガリオは決断します。

 今この瞬間が、一世一代の大勝負の場であると確信したのです。

 『ジョヴァンナ』の手を取り、初めてその名を呼びかけながら——ベレンガリオは動き出します。

「ジョヴァンナ」
「はい?」

 それは流れるように見事な動作でした。その光景を見ていた修道女も、驚きのあまり開いた口が塞がらないほどに、です。

 ベレンガリオは石畳に片膝を突き、『ジョヴァンナ』——一目惚れして心に決めた女性を見上げ、人生で初めてその言葉を口にします。

「結婚しよう」

 あまりにも早く、あまりにも突然の出会いとプロポーズに、当のジョヴァンナはどうにも反応できずしばらく固まっていました。

 それでも別に、紙袋を大事に胸前に抱えるベレンガリオはよかったのです。

 ジョヴァンナの手を握る今、導き出される返答がどうであれ、たったそれだけでもベレンガリオは幸せなのですから。







 その話を聞いたフランシアは、おそらくその光景を目撃した修道女と同じ表情で、何度もベレンガリオの顔と壁紙の模様を視線が行き来した挙句、ようやく言葉を紡ぎました。

「ど、どうしてそうなったの……?」
「……分からない。分からないが、私は、ジョヴァンナに一目惚れしたんだ。ただそれだけだ」

 フランシアの表情が物語ります。いやいやさすがにそれだけじゃあないだろう、雰囲気も何もなく経緯がひどすぎる、と。

 しかし、この話には、まだ続きがありました。

「そのとき、ジョヴァンナは逃げていったんだが……あとで父に相談して、彼女を正式に舞踏会へ招待してもらった。それさえもまさか断られるとは思ってもみなかったが、逆にその理由を尋ねるためにサンベルジュ伯爵邸を訪れる機会を得たんだ」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-

七瀬菜々
恋愛
 ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。   両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。  もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。  ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。  ---愛されていないわけじゃない。  アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。  しかし、その願いが届くことはなかった。  アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。  かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。  アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。 ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。  アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。  結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。  望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………? ※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。    ※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。 ※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。  

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜

水都 ミナト
恋愛
 マリリン・モントワール伯爵令嬢。  実家が運営するモントワール商会は王国随一の大商会で、優秀な兄が二人に、姉が一人いる末っ子令嬢。  地味な外観でパーティには来るものの、いつも壁側で1人静かに佇んでいる。そのため他の令嬢たちからは『地味な壁の花』と小馬鹿にされているのだが、そんな嘲笑をものととせず彼女が壁の花に甘んじているのには理由があった。 「商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」 ※設定はゆるめ。そこまで腹立たしいキャラも出てきませんのでお気軽にお楽しみください。2万字程の作品です。 ※カクヨム様、なろう様でも公開しています。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~

夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。 しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。 しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。 夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。 いきなり事件が発生してしまう。 結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。 しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。 (こうなったら、私がなんとかするしかないわ!) 腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。 それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処理中です...