Sprint・High!(スプリント・ハイ!)

成瀬リヅ

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北城市地区予選 1年生編

第58走 灰色

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 スタートの号砲と同時に、一斉にスタンドからは声援が飛んだ!



 結論から言うと、結城は完璧なスタートを切る事が出来ていた。
 リラックスしていた訳ではないが、1年以上のブランクが逆に”思い切りの良さ”に繋がったのだ。

 既に3歩目にして集団から数センチ抜け出し、リードを奪う。

「早馬、スタート完璧に決めやがったぞ!!?」

 スタンドで応援していた3年の渚を中心に、キタ高の部員達も湧き上がる!
 そしてその期待に応えるように、なんと結城はリードを保ったまま20mまで進んでいたのだ。

 ここから選手達は上半身を起こし、いよいよトップスピードへとギアを上げていく。

【タッタッタッタ……!!!】

 だがここのギアチェンジでは、さすがに練習不足の影響が見えた。
 加速しきれない結城は、隣の前田に一瞬で横に並ばれてしまったのだ。

 そして気付けば50m地点を前にして前田が当然のようにトップに立つ。
 だが結城も”元々は”日本記録を出す程の才能を持ったスプリンター。
 そうそう簡単に離されるような走り方はしていない。

 そもそも「走る」というのは、若ければ若いほど”天性の才能”が大きく影響する。
 本質的に”早く走る”という才能を持って生まれた結城は、ブランクがあろうが”早く走る体の使い方”は身体に染み付いているのだ。

 普通の選手がどれだけ努力しても届かない、努力するのが馬鹿らしくなるほどの圧倒的な才能。
 それが早馬結城という存在だ。

 しかし50mを過ぎた現在、結城自身にそんな余裕など無い。
 栄光を極めた過去とは圧倒的に違う部分が、そこに現れたからだ。

(…………は?)

 気付けば結城の視界は”灰色のみ”になっていた。

————————
————————

 トラック、メインスタンド、空、全てが灰色。

 途端に結城の身体はスローモーションになり、1歩を踏み出す事すら困難を極め始めた。
 足元も泥のように不安定になっており、結城の脚をスグにでも飲み込もうとしているようだ。

 結城は次第にフォームも乱れ始めた事に気付く。
 肩が前後にブレ始め、脚も思うように上らなくなってきた。

(ちょっと待て、なんだよこれ……!?)

 結城はなまりのように重くなった身体に困惑を隠せない。
 今までの経験でいけば、トップスピードに差し掛かる段階で筋肉の切れる音が聴こえ、ケガをした時のフラッシュバックが脳内を駆け巡っていた。

 だが今回は、それとは全く違う状況である。
 たった数十秒のレースが、何時間にも感じられるような空間に放り込まれた気分なのだ。

 すると……。

「おい、お前」

 気付けば結城の視線の先に立つ”誰か”が、結城に語りかけていた。
 結城をニラむように見つめる、見慣れた顔だ。


(これは……俺自身か……!?)


 そう、そこにはなぜか”左脚の無い結城”が立っていた。
 そして彼は続ける。

「なぜお前は、また走っている?」

 脚のない結城が真顔で問いかけていた。

————————
————————

 50m地点の辺りから、結城のフォームが明らかに乱れ始めた。
 スタンドで結城に注目していたキタ高の面々は、スグに異変に気付く。

「おいおいおい!どうした早馬!?ふんばれ!!」

 気付けば渚はスタンドで叫んでいた。
 だがその思いとは裏腹に、肩や頭はドンドンとブレ始め、先頭の前田との距離はどんどん開いていく。
 それどころか、中盤まで粘って手に入れた2番手の位置も、既に3番手の選手に奪われる寸前だ。

 スタンドにいる誰もが”ここから7レーンの選手(結城)は抜かされる一方だ”と感じざるをえない状況になりつつある。

「あぁ、ダメだ、早馬が落ちていく……」

 そしてその予想は現実となっていた。
 70m地点にさしかかった辺りで、結城は完全に3番手に下がってしまったのだ。
 さらには4番手の選手との距離も30cmほどにまで詰められている。

「早馬ぁ!!このまま終わんじゃねぇえ!!」

 ここで渚達に出来るのは、腹の底からの声援を送る事だけだった。

————————
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