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第二章 静かなる調査
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それから数日、僕は平静を装った。
茜は相変わらず学校を休み、自室にこもっていることが多かった。顔を合わせても、いつもより沈んだ笑顔を見せるが、「大丈夫」とだけ言う。僕は何も聞かない。知らないふりを貫いた。
一方で、佑香との連絡を密にした。
彼女を通じて、相手の情報を集め始める。
相手の名前は瀬戸伸也。都内の私立共学校に通う三年生。バドミントン部のエースで、夏の大会で引退。スポーツ推薦で名門大学への進学が内定している。進学コースの茜や佑香とはクラスが違い、いわゆる「スポ薦組」のクラスに在籍。見た目は良く、女の子に人気があるが、関係は短く、だらしないという噂が一部で囁かれているらしい。
「茜ちゃんに、彼のことを詳しく聞いてみたよ」とある日、佑香が報告してきた。「さすがに『なぜそんなこと聞くの?』って怪しまれたけど、『気になる人がいて、その子と彼が友達らしくて』って適当にごまかした。茜ちゃん、別れた理由は『性格が合わなかった』ってだけしか言わなかった。でも…彼のことを話すとき、目が泳いでた。絶対に、あの噂は本当なんだと思う」
「彼の普段の行動パターンは?」
「よくファーストフード店に寄って、そこでスマホゲームをやってるみたい。店のWiFiを使っているって友達が言ってた。もう部活は引退しているけど、一応大学推薦が決まっているから、軽く身体を動かして、その帰りとかに。」
ファーストフード店の公衆WiFi。
それは、セキュリティが脆弱なことが多い。甘い罠だ。
「佑香。ありがとう。あと少し、協力してほしいことがある」
僕は計画を練り始めた。
まず必要なのは、彼のスマホに直接アクセスするための「入口」だ。公衆WiFiを利用する彼の習慣は、絶好のチャンスだった。
週末、佑香と共に、彼がよく利用するという都内のファーストフード店へ向かった。店内の隅に陣取り、ノートパソコンを開く。僕は事前に、特定のWiFiネットワークに接続した端末を探し、脆弱性を突くためのツールを準備していた。倫理的な違和感はあった。しかし、茜の涙を思うと、その躊躇は冷たい決意に変わっていく。
夕方、予想通り、颯爽とした佇まいの青年が店に入ってきた。佑香が小さくうなずく。瀬戸伸也だ。彼は窓際の席に座り、スマホを取り出す。すぐに店のWiFiに接続した。
僕の指がキーボードの上で動き始める。
画面に流れるコードの列。ネットワーク上を流れるデータパケットを監視し、彼のスマホの情報を細かく読み取っていく。OSのバージョン、使用しているアプリ…そして、わずかなセキュリティホールを見つけた。
「接続した」僕が囁く。
佑香が息を飲む。
僕のパソコンが、彼のスマホへのバックドア(裏口)をこっそりと設置する。遠隔操作やデータ監視を可能にする、小さなプログラムだ。彼が気づかないうちに、ダウンロードが完了した。
「これで、彼のスマホの中身が見える。LINEの履歴も、写真も…」
「でも、茜ちゃんの写真とか、そんなのあったら…」
「まずは確認する。もしあれば、最優先で消去する」
その夜、自室で彼のスマホへのアクセスを開始した。
緊張で手汗がにじむ。犯罪者になる一歩手前だと自覚していた。しかし、引き返せない。
彼のLINEの履歴を調べる。
そこには、確かに複数の女性の名前と、露骨な会話が並んでいた。茜の名前もあった。佑香が聞いた噂通りの内容が、文字として残されているのを見た瞬間、胃が攣るような怒りが襲った。彼は友人たちに、茜との関係を嬉々として、詳細に報告していた。茜のことを「堅物だけどやらかしたらすごかった」と嘲るように書いている。
しかし、幸いというべきか、写真や動画といった証拠らしいものは見当たらなかった。少なくとも、茜のプライベートな画像が保存され、拡散される危険はなさそうだった。ほっと息をつくと同時に、この文字だけの誹謗中傷が、茜をどれだけ傷つけたかを思うと、怒りが再燃した。
さらに履歴を遡ると、彼が関わったとされる他の女性たちとの会話も出てきた。同じようなパターンだ。短期間で関係を持ち、その後、詳細を友人に自慢げに話す。中には、関係を拒否した女性を「つまらない奴」と罵る記録もあった。
彼は、人を傷つけることの意味を、まるで理解していない。
ただの自慢話。ただの暇つぶし。
その軽薄さが、茜の世界を壊した。
茜は相変わらず学校を休み、自室にこもっていることが多かった。顔を合わせても、いつもより沈んだ笑顔を見せるが、「大丈夫」とだけ言う。僕は何も聞かない。知らないふりを貫いた。
一方で、佑香との連絡を密にした。
彼女を通じて、相手の情報を集め始める。
相手の名前は瀬戸伸也。都内の私立共学校に通う三年生。バドミントン部のエースで、夏の大会で引退。スポーツ推薦で名門大学への進学が内定している。進学コースの茜や佑香とはクラスが違い、いわゆる「スポ薦組」のクラスに在籍。見た目は良く、女の子に人気があるが、関係は短く、だらしないという噂が一部で囁かれているらしい。
「茜ちゃんに、彼のことを詳しく聞いてみたよ」とある日、佑香が報告してきた。「さすがに『なぜそんなこと聞くの?』って怪しまれたけど、『気になる人がいて、その子と彼が友達らしくて』って適当にごまかした。茜ちゃん、別れた理由は『性格が合わなかった』ってだけしか言わなかった。でも…彼のことを話すとき、目が泳いでた。絶対に、あの噂は本当なんだと思う」
「彼の普段の行動パターンは?」
「よくファーストフード店に寄って、そこでスマホゲームをやってるみたい。店のWiFiを使っているって友達が言ってた。もう部活は引退しているけど、一応大学推薦が決まっているから、軽く身体を動かして、その帰りとかに。」
ファーストフード店の公衆WiFi。
それは、セキュリティが脆弱なことが多い。甘い罠だ。
「佑香。ありがとう。あと少し、協力してほしいことがある」
僕は計画を練り始めた。
まず必要なのは、彼のスマホに直接アクセスするための「入口」だ。公衆WiFiを利用する彼の習慣は、絶好のチャンスだった。
週末、佑香と共に、彼がよく利用するという都内のファーストフード店へ向かった。店内の隅に陣取り、ノートパソコンを開く。僕は事前に、特定のWiFiネットワークに接続した端末を探し、脆弱性を突くためのツールを準備していた。倫理的な違和感はあった。しかし、茜の涙を思うと、その躊躇は冷たい決意に変わっていく。
夕方、予想通り、颯爽とした佇まいの青年が店に入ってきた。佑香が小さくうなずく。瀬戸伸也だ。彼は窓際の席に座り、スマホを取り出す。すぐに店のWiFiに接続した。
僕の指がキーボードの上で動き始める。
画面に流れるコードの列。ネットワーク上を流れるデータパケットを監視し、彼のスマホの情報を細かく読み取っていく。OSのバージョン、使用しているアプリ…そして、わずかなセキュリティホールを見つけた。
「接続した」僕が囁く。
佑香が息を飲む。
僕のパソコンが、彼のスマホへのバックドア(裏口)をこっそりと設置する。遠隔操作やデータ監視を可能にする、小さなプログラムだ。彼が気づかないうちに、ダウンロードが完了した。
「これで、彼のスマホの中身が見える。LINEの履歴も、写真も…」
「でも、茜ちゃんの写真とか、そんなのあったら…」
「まずは確認する。もしあれば、最優先で消去する」
その夜、自室で彼のスマホへのアクセスを開始した。
緊張で手汗がにじむ。犯罪者になる一歩手前だと自覚していた。しかし、引き返せない。
彼のLINEの履歴を調べる。
そこには、確かに複数の女性の名前と、露骨な会話が並んでいた。茜の名前もあった。佑香が聞いた噂通りの内容が、文字として残されているのを見た瞬間、胃が攣るような怒りが襲った。彼は友人たちに、茜との関係を嬉々として、詳細に報告していた。茜のことを「堅物だけどやらかしたらすごかった」と嘲るように書いている。
しかし、幸いというべきか、写真や動画といった証拠らしいものは見当たらなかった。少なくとも、茜のプライベートな画像が保存され、拡散される危険はなさそうだった。ほっと息をつくと同時に、この文字だけの誹謗中傷が、茜をどれだけ傷つけたかを思うと、怒りが再燃した。
さらに履歴を遡ると、彼が関わったとされる他の女性たちとの会話も出てきた。同じようなパターンだ。短期間で関係を持ち、その後、詳細を友人に自慢げに話す。中には、関係を拒否した女性を「つまらない奴」と罵る記録もあった。
彼は、人を傷つけることの意味を、まるで理解していない。
ただの自慢話。ただの暇つぶし。
その軽薄さが、茜の世界を壊した。
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