二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase

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第2話:放課後の境界線

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冬の陽光がオレンジ色に溶け始める16時。愛子は再びベランダに立っていた。

朝、あれほど冷たかった黒パンたちは、太陽の熱をその身にたっぷりと吸い込み、ふっくらと温かくなっている。愛子が一番外側のタオルを外し、二重目のカーテンである黒パンを一枚ずつ取り込んでいると、ガラリとリビングの窓が開いた。

​「ただいまー。あ、お母さん、私の黒パン乾いた?」

​学校から帰宅したばかりの16歳、結愛だ。紺色の制服のスカートを翻し、慣れた手つきで自分の分をピンチから外していく。

​「ええ、ちょうど今取り込んでいるところよ。結愛、これ毎日履いていて窮屈じゃないの? 夏は暑そうだし、冬は冬で重ね履きが大変そうだけど」

​愛子がふと投げかけた問いに、結愛は不思議そうな顔をした。

​「えー、全然。むしろこれ履いてないと、落ち着かなくて外に出られないよ。階段とか、駅のホームの風とか。もし誰かに見られたり、それこそ隠し撮りとかされたら最悪じゃん? 私たちにとって、これはもう下着っていうより、防御用のインナーなんだよね」

​結愛は当たり前のように言い、取り込んだ黒パンを自分の腕に掛けた。

​愛子は、朝に感じていたあの「無防備な自由」を思い出し、少しだけ目を細めた。

「お母さんの高校生の頃はね、そんなの履いてなかったのよ。駅の長い階段でも、みんな堂々と胸を張って上っていたわ。スカートの裾を後ろから手で押さえる子なんて、ほとんどいなかった。見えてしまうことを怖がるより、隠すことを潔くないって思うような、変な意地があったのね」

​「ええっ、信じられない!」

結愛は声を上げて笑った。

「それ、強すぎでしょ。今の私たちがそんなことしたら、一瞬でSNSに上げられちゃうよ。っていうか、今の私服のミニスカだって、最初からインパン付きが当たり前だし。隠すのがマナーっていうか、自分を守るためのルールなんだよ、今は」

​結愛の言葉は、合理的で、そしてどこか切実だった。彼女たちの世代にとって、世界は常に「誰かのレンズ」に晒されている場所なのだ。だからこそ、最初から「見せてもいいもの」を盾にする。それは賢い選択なのだろう。けれど愛子には、それがどこか、羽ばたく翼を自ら縛っているようにも見えてしまう。

​「そうね……。でも、お母さんの頃は、もっと風が自由だった気がするわ。下着が見えるとか見えないとか、そんなことより、自分がどう歩くかの方が大事だったの」

​「ふーん。それもちょっとカッコいいけどね。でも、私はやっぱり黒パン派かな」

​結愛はそう言って、誇らしげに黒い布の束を抱えて部屋へ戻っていった。

​愛子は最後の一枚、13歳の真莉愛の黒パンを取り込んだ。娘たちの言う「安心」と、自分が知っている「自由」。

どちらが幸せなのだろうか。答えは出ない。けれど、取り込んだばかりの黒パンの温もりは、間違いなく今の彼女たちを支えている実体だった。
愛子は冷え始めた空気を吸い込み、空になったピンチハンガーを見つめた。

明日の朝には、またこの場所を黒い「鎧」で埋め尽くすことになる。それが今の時代を生きる娘たちの、母親としての役割なのだと自分に言い聞かせながら。
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