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第7話:境界線の向こう側の少年たち
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香苗の衝撃的な過去告白で盛り上がったテーブルを、友加里(46)が少しだけ現実に引き戻すように言葉を継いだ。彼女は二人の息子を持つ、いわば「防衛される側」の母親だ。
「香苗さんの時代の話を聞くと、うちの息子たちが聞いたら泡を吹いて倒れるわよ。今の男の子たちにとって、女子のスカートの裾っていうのは、触れてはいけないどころか『視界に入れてはいけない聖域』、あるいは『足を踏み入れたら最後、人生が終わる地雷原』なのよ」
友加里は溜息をつき、手元の冷たい水を飲んだ。
「うちの長男も次男も、学校で徹底的に教育されてるわ。『女子の背後に立つな』『階段では必ず二段以上あけろ』『誤解されるような動きをするな』って。もうね、紳士教育っていうよりは、リスクマネジメントの授業よ。だから、女子が黒パンを履いてガードを固めてくれているのは、実は男子にとっても救いなの。あの子たちに言わせれば『黒パンは、僕らが犯罪者にされないための結界』なんですって」
愛子はその言葉に、先日エスカレーターで見た夫・清孝の強張った背中を重ねた。
「清孝も同じようなことを言っていたわ。無関心を装うことが、自分を守ることだって。でも、若い男の子たちまでそんなに冷めているの?」
「冷めているっていうか、もう『無』よね」
友加里は苦笑いした。
「次男に聞いたことがあるの。女子が黒パンのチラ見えにこだわってることについて。そうしたらあの子、『黒パンが見えたところで、あ、黒い布だ、としか思わないよ。それより、そのせいで変に意識して不審者扱いされる方が何百倍も怖い』って。彼女たちが必死に守っている『可愛さ』や『恥じらい』の境界線を、男子たちは恐怖心から、全力で無視しようとしているのよ」
伶花(42)が少し寂しそうに呟いた。
「なんだか、お互いに見えない壁を作って、怯え合っているみたい。香苗さんの頃みたいに、パンツを売るなんていう極端なのは困るけど、今のあの子たちは、異性に対してドキドキする前に、まず『警戒』が先に立っちゃうのね」
「そうね」友加里は頷く。
「だからこそ、愛子さんが言ってた『スラックスを選択できる女子』が増えていることに、男子の親としてもホッとする部分があるわ。スカートというだけで発生するあの緊張感から、息子たちを解放してあげたいっていうのが本音。制服の可愛さが激落ちするなんて、男子からすれば些細な問題なのよ。彼らにとっての最優先事項は、今日を無事に『加害者』にならずに終えることなんだから」
愛子は、朝の光の中で干していた黒パンの列を思い出した。
あの真っ黒な布地は、娘たちの自尊心を守る盾であると同時に、清孝や友加里の息子たちが「罪」に問われないための、境界線を示すテープでもあったのだ。
「守るための黒パン」と「見ないための無関心」。
その二つが揃って初めて、今の子供たちの日常は辛うじて成立している。
「男の子も男の子で、本当に息苦しい時代を生きているのね」
愛子がそう言うと、友加里は深く、深く頷いた。
「ええ。だからこそ、家に帰ってきて脱ぎ捨てられた息子の真っ黒なソックスを見ると、今日も誰の権利も侵害せずに帰ってきたんだなって、変なところで安心しちゃうのよ」
テラス席には、また少し違った種類の、静かな共感の溜息が漏れた。
かつての奔放な風は止み、今は誰もが自分と相手を守るための「作法」を、必死に、そして誠実に守りながら生きている。
「香苗さんの時代の話を聞くと、うちの息子たちが聞いたら泡を吹いて倒れるわよ。今の男の子たちにとって、女子のスカートの裾っていうのは、触れてはいけないどころか『視界に入れてはいけない聖域』、あるいは『足を踏み入れたら最後、人生が終わる地雷原』なのよ」
友加里は溜息をつき、手元の冷たい水を飲んだ。
「うちの長男も次男も、学校で徹底的に教育されてるわ。『女子の背後に立つな』『階段では必ず二段以上あけろ』『誤解されるような動きをするな』って。もうね、紳士教育っていうよりは、リスクマネジメントの授業よ。だから、女子が黒パンを履いてガードを固めてくれているのは、実は男子にとっても救いなの。あの子たちに言わせれば『黒パンは、僕らが犯罪者にされないための結界』なんですって」
愛子はその言葉に、先日エスカレーターで見た夫・清孝の強張った背中を重ねた。
「清孝も同じようなことを言っていたわ。無関心を装うことが、自分を守ることだって。でも、若い男の子たちまでそんなに冷めているの?」
「冷めているっていうか、もう『無』よね」
友加里は苦笑いした。
「次男に聞いたことがあるの。女子が黒パンのチラ見えにこだわってることについて。そうしたらあの子、『黒パンが見えたところで、あ、黒い布だ、としか思わないよ。それより、そのせいで変に意識して不審者扱いされる方が何百倍も怖い』って。彼女たちが必死に守っている『可愛さ』や『恥じらい』の境界線を、男子たちは恐怖心から、全力で無視しようとしているのよ」
伶花(42)が少し寂しそうに呟いた。
「なんだか、お互いに見えない壁を作って、怯え合っているみたい。香苗さんの頃みたいに、パンツを売るなんていう極端なのは困るけど、今のあの子たちは、異性に対してドキドキする前に、まず『警戒』が先に立っちゃうのね」
「そうね」友加里は頷く。
「だからこそ、愛子さんが言ってた『スラックスを選択できる女子』が増えていることに、男子の親としてもホッとする部分があるわ。スカートというだけで発生するあの緊張感から、息子たちを解放してあげたいっていうのが本音。制服の可愛さが激落ちするなんて、男子からすれば些細な問題なのよ。彼らにとっての最優先事項は、今日を無事に『加害者』にならずに終えることなんだから」
愛子は、朝の光の中で干していた黒パンの列を思い出した。
あの真っ黒な布地は、娘たちの自尊心を守る盾であると同時に、清孝や友加里の息子たちが「罪」に問われないための、境界線を示すテープでもあったのだ。
「守るための黒パン」と「見ないための無関心」。
その二つが揃って初めて、今の子供たちの日常は辛うじて成立している。
「男の子も男の子で、本当に息苦しい時代を生きているのね」
愛子がそう言うと、友加里は深く、深く頷いた。
「ええ。だからこそ、家に帰ってきて脱ぎ捨てられた息子の真っ黒なソックスを見ると、今日も誰の権利も侵害せずに帰ってきたんだなって、変なところで安心しちゃうのよ」
テラス席には、また少し違った種類の、静かな共感の溜息が漏れた。
かつての奔放な風は止み、今は誰もが自分と相手を守るための「作法」を、必死に、そして誠実に守りながら生きている。
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