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第10話:明日のためのカーテン(最終話)
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「あ、お母さん、おかえり! 洗濯物、取り込んでくれた?」
鍵を開ける音と共に、真莉愛が元気よく帰ってきた。続いて、少し眠そうな顔をした結愛もリビングに現れる。
「ええ、全部乾いてるわよ。真莉愛、これ、明日履く分でしょ? ちゃんと引き出しに入れておきなさいね」
愛子が畳んだばかりの黒パンの山を差し出すと、真莉愛は「あ、これ私の勝負パンツ!」と冗談めかして笑い、それを大事そうに抱えた。
「勝負パンツって、黒パンなのに?」と結愛が横から突っ込む。
「そうだよ。明日、ちょっとスカート短くして原宿行くんだもん。これがないと安心して楽しめないでしょ」
二人の娘が、黒パンを「当たり前の装備」として受け入れ、それを使いこなして笑っている。その光景を見て、愛子はランチ会で感じていた「窮屈さへの溜息」が、すっと消えていくのを感じた。
夜、帰宅した清孝が、いつものように晩酌をしながら今日の出来事を話し始めた。
「今日さ、また駅でスラックス姿の女子高生を見かけたよ。やっぱり、あれはいいな。見てるこっちも安心するよ」
「パパ、まだ言ってるの?(笑)」
「いや、本当にさ。俺たちの世代が、今の若い子にできることって、適切な距離を保つことくらいだろ? 彼女たちが安心して笑っていられるなら、俺たちはいくらでも『無関心』を装うよ」
清孝の言葉に、愛子は優しく微笑んだ。
女性が黒い布でガードを固め、男性が視線を逸らすことで敬意を払う。
それは一見、冷え冷えとしたディストピアのようにも見えるけれど、その根底にあるのは、お互いの領域を侵さないという、現代なりの「究極の優しさ」なのかもしれない。
翌朝。
愛子は再び、洗濯機から黒パンを取り出し、ベランダへ出た。
2月の冷たく澄んだ空気が、愛子の頬を撫でる。
パン、パンとシワを伸ばし、今日もまた「三重の陣形」で洗濯物を干していく。
一番外側のタオルが、内側の聖域を隠す。
その内側で、黒い布たちが朝日を浴びて、静かに出番を待っている。
「行ってきまーす!」
玄関から、娘たちの元気な声が響く。
チェックのスカートを揺らし、その下に鉄壁の「鎧」を纏った彼女たちが、新しい一日へと飛び出していく。
愛子は、物干し竿に並んだ「黒いカーテン」を眺めながら、心の中で彼女たちの背中を押した。かつての奔放な風は吹かなくても、今の彼女たちには、この布一枚が与えてくれる「自由」がある。
愛子は空になったカゴを抱え、満足げにリビングへと戻った。窓越しの光に透ける黒い影は、何よりも強く、そして美しい、家族を守る境界線だった。
(完)
鍵を開ける音と共に、真莉愛が元気よく帰ってきた。続いて、少し眠そうな顔をした結愛もリビングに現れる。
「ええ、全部乾いてるわよ。真莉愛、これ、明日履く分でしょ? ちゃんと引き出しに入れておきなさいね」
愛子が畳んだばかりの黒パンの山を差し出すと、真莉愛は「あ、これ私の勝負パンツ!」と冗談めかして笑い、それを大事そうに抱えた。
「勝負パンツって、黒パンなのに?」と結愛が横から突っ込む。
「そうだよ。明日、ちょっとスカート短くして原宿行くんだもん。これがないと安心して楽しめないでしょ」
二人の娘が、黒パンを「当たり前の装備」として受け入れ、それを使いこなして笑っている。その光景を見て、愛子はランチ会で感じていた「窮屈さへの溜息」が、すっと消えていくのを感じた。
夜、帰宅した清孝が、いつものように晩酌をしながら今日の出来事を話し始めた。
「今日さ、また駅でスラックス姿の女子高生を見かけたよ。やっぱり、あれはいいな。見てるこっちも安心するよ」
「パパ、まだ言ってるの?(笑)」
「いや、本当にさ。俺たちの世代が、今の若い子にできることって、適切な距離を保つことくらいだろ? 彼女たちが安心して笑っていられるなら、俺たちはいくらでも『無関心』を装うよ」
清孝の言葉に、愛子は優しく微笑んだ。
女性が黒い布でガードを固め、男性が視線を逸らすことで敬意を払う。
それは一見、冷え冷えとしたディストピアのようにも見えるけれど、その根底にあるのは、お互いの領域を侵さないという、現代なりの「究極の優しさ」なのかもしれない。
翌朝。
愛子は再び、洗濯機から黒パンを取り出し、ベランダへ出た。
2月の冷たく澄んだ空気が、愛子の頬を撫でる。
パン、パンとシワを伸ばし、今日もまた「三重の陣形」で洗濯物を干していく。
一番外側のタオルが、内側の聖域を隠す。
その内側で、黒い布たちが朝日を浴びて、静かに出番を待っている。
「行ってきまーす!」
玄関から、娘たちの元気な声が響く。
チェックのスカートを揺らし、その下に鉄壁の「鎧」を纏った彼女たちが、新しい一日へと飛び出していく。
愛子は、物干し竿に並んだ「黒いカーテン」を眺めながら、心の中で彼女たちの背中を押した。かつての奔放な風は吹かなくても、今の彼女たちには、この布一枚が与えてくれる「自由」がある。
愛子は空になったカゴを抱え、満足げにリビングへと戻った。窓越しの光に透ける黒い影は、何よりも強く、そして美しい、家族を守る境界線だった。
(完)
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