30 / 43
第30章:愛ゆえの断絶
しおりを挟む
「智之! ……聞いたぞ、千葉への異動というのは本当か!」
息を切らせて飛び込んできた隼人さんは、デスクに置かれた辞令の写しをひったくるように手に取った。その指先が、怒りで微かに震えている。
「……はい。来月から、物流センターの方へ」
「ふざけるな。こんな露骨な排除、認められるわけがない。今すぐ人事部長のところへ行く。俺のプロジェクトの重要性を考えれば、無理を通せないはずはないんだ」
隼人さんが踵を返そうとしたその時、僕は叫ぶような声でそれを止めた。
「……行かないでください、隼人さん!」
その声に、隼人さんが凍りついたように立ち止まる。
僕は、背後で冷然とこちらを見ている佐伯さんの視線を感じながら、言葉を絞り出した。
「これ以上、僕のために何かをするのはやめてください。……今の隼人さんは、会社にとって一番大事な時期なんです。そんな時に、メール室の一担当者の人事に口を出すなんて、そんなことをしたら……」
「智之、君を失うことに比べれば、キャリアなんて――」
「僕は嫌なんです!」
僕は彼の言葉を遮った。視界が涙で歪むけれど、瞳だけは逸らさなかった。
「あなたが、周囲から後ろ指を指されるのを見たくない。僕のせいで、あなたが築き上げてきた『エースの仮面』に傷がつくのが、何より耐えられないんです。……だから、大人しく従わせてください」
隼人さんの顔から、血の気が引いていくのがわかった。
「……俺を、守っているつもりなのか? そんなことで、俺が喜ぶと思っているのか」
「喜びなんて求めていません。……ただ、あなたが二十二階の光の中にいること。それが、地下一階にいる僕の、唯一の誇りだったんです」
それは、嘘のない僕の本音だった。
隼人さんは、伸ばしかけた手を宙に止めたまま、絶望したような表情で僕を見つめていた。
「……わかった。君がそこまで言うなら」
隼人さんは、握りつぶしそうになっていた辞令の紙をデスクに戻すと、逃げるようにメール室を去っていった。
扉が閉まる音。それが、僕たちの「秘密の五分間」の終わりの合図のように聞こえた。
息を切らせて飛び込んできた隼人さんは、デスクに置かれた辞令の写しをひったくるように手に取った。その指先が、怒りで微かに震えている。
「……はい。来月から、物流センターの方へ」
「ふざけるな。こんな露骨な排除、認められるわけがない。今すぐ人事部長のところへ行く。俺のプロジェクトの重要性を考えれば、無理を通せないはずはないんだ」
隼人さんが踵を返そうとしたその時、僕は叫ぶような声でそれを止めた。
「……行かないでください、隼人さん!」
その声に、隼人さんが凍りついたように立ち止まる。
僕は、背後で冷然とこちらを見ている佐伯さんの視線を感じながら、言葉を絞り出した。
「これ以上、僕のために何かをするのはやめてください。……今の隼人さんは、会社にとって一番大事な時期なんです。そんな時に、メール室の一担当者の人事に口を出すなんて、そんなことをしたら……」
「智之、君を失うことに比べれば、キャリアなんて――」
「僕は嫌なんです!」
僕は彼の言葉を遮った。視界が涙で歪むけれど、瞳だけは逸らさなかった。
「あなたが、周囲から後ろ指を指されるのを見たくない。僕のせいで、あなたが築き上げてきた『エースの仮面』に傷がつくのが、何より耐えられないんです。……だから、大人しく従わせてください」
隼人さんの顔から、血の気が引いていくのがわかった。
「……俺を、守っているつもりなのか? そんなことで、俺が喜ぶと思っているのか」
「喜びなんて求めていません。……ただ、あなたが二十二階の光の中にいること。それが、地下一階にいる僕の、唯一の誇りだったんです」
それは、嘘のない僕の本音だった。
隼人さんは、伸ばしかけた手を宙に止めたまま、絶望したような表情で僕を見つめていた。
「……わかった。君がそこまで言うなら」
隼人さんは、握りつぶしそうになっていた辞令の紙をデスクに戻すと、逃げるようにメール室を去っていった。
扉が閉まる音。それが、僕たちの「秘密の五分間」の終わりの合図のように聞こえた。
0
あなたにおすすめの小説
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
オメガの復讐
riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。
しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。
とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆
王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)
かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。
はい?
自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが?
しかも、男なんですが?
BL初挑戦!
ヌルイです。
王子目線追加しました。
沢山の方に読んでいただき、感謝します!!
6月3日、BL部門日間1位になりました。
ありがとうございます!!!
学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ/Ⅱ
MITARASI_
BL
I
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。
揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。
不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。
すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。
切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。
Ⅱ
高校を卒業し、同じ大学へ進学した陸と颯馬。
別々の学部に進みながらも支え合い、やがて同棲を始めた二人は、通学の疲れや家事の分担といった小さな現実に向き合いながら、少しずつ【これから】を形にしていく。
未来の旅行を計画し、バイトを始め、日常を重ねていく日々。
恋人として選び合った関係は、穏やかに、けれど確かに深まっていく。
そんな中、陸の前に思いがけない再会をする。
過去と現在が交差するその瞬間が、二人の日常に小さな影を落としていく。
不安も、すれ違いも、言葉にできない想いも抱えながら。
それでも陸と颯馬は、互いの手を離さずに進もうとする。
高校編のその先を描く大学生活編。
選び続けることの意味を問いかける、二人の新たな物語。
続編執筆中
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる