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1.完璧な婚約者①
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ここは王太女アリス・フィリッパ・オブ・ルワンド、つまりわたしの私的な庭園だ。柔らかい春の陽気に、そろそろ肌を刺すような強い日差しが伴ってきた。
きれいに刈り込まれた円形の生垣に、薔薇の花々が密になってほころんでいる。情熱的な深紅の大輪、白とピンクが混ざった楚々とした咲きかけの花、可愛らしい黄色い蕾。芝生や生垣の青さに映えて美しい。その色彩たちが奥にあるクリーム色の宮殿の荘厳さを幾分和らげ、年頃の淑女たちの社交場にふさわしい背景を作り出していた。
「まばゆき新緑の午後にございます。王太女殿下のお茶会にお招きいただき、光栄でございます」
「こちらこそ、招待に応じてもらえてうれしいわ。レイチェルさん」
「殿下。グラシアン卿とのご婚約、おめでとうございます」
「ありがとう、アグネスさん」
庭園に植えられた花々にも引けをとらない、鮮やかなドレスを着た令嬢たち。わたしは、彼女たちを席に誘いながら、庭の景色に心を和ませる。
招待した令嬢を全て迎え、あとは今日の主役を待つばかりとなった。白いテーブルクロスの上には金枠のティースタンドが置かれ、スコーンやケーキが可愛らしく盛られている。わたしは紅茶から漂うベルガモットの香りを楽しみながら、同じテーブルに座る令嬢たちの話に耳を傾けた。
「グラシアン卿が、また手柄を立てられたそうですね」
「聞きましたわ。さすが王国騎士団の副団長にして、我が国最強の火の使い手ですね」
「本当に素晴らしい方ですね。――殿下もそう思われるでしょ?」
彼女たちは扇子をはためかせながら、キラキラとした瞳でこちらをうかがってきた。わたしはまず紅茶を含んで、口の中を潤す。
「グラシアン卿は、誰もが認める優秀な騎士よ」
その途端、テーブルの上が花で溢れかえるように歓声が沸いた。
「そうですよね! なんといっても、殿下の完璧な婚約者ですから」
「美しく聡明な殿下と、お似合いですわ!」
「お二人の結婚式がほんとうに楽しみです!」
「……ありがとう」
わたしはまたカップを口元に寄せる。令嬢たちがグラシアンの話題に夢中で、こちらの態度に気が付かないのはありがたいことだった。
『完璧な婚約者』。
何度となく聞かされた言葉に、わたしは心のなかでため息をもらす。たしかに、グラシアン・オブ・カニアは完璧だと誰もが言う。容姿端麗は言うまでもなく、二十七歳にして王国騎士団の副団長に任命されるほどの剣の腕と統率力。そのうえ秀才で王立大学を首席で卒業、名門のカニア侯爵家の次男坊にして、気質も穏やかで私心がなく、とにかく人望が厚いのだ。
代々、女王を君主と仰ぎ女性の叙爵も当たり前のルワンド王国では、理想的な婿として引く手あまたなのだ。女王陛下が、グラシアンをわたしの婚約者に選んだのは当然の成り行きに違いない。
そのとき、令嬢たちが一斉に熱い溜息をもらした。
「噂をすればよ。いらっしゃったわ。はぁ、いつ見てもステキね」
「こちらに一直線ね。あのような方を婿に迎えられて、殿下は本当に幸せですわ」
羽根扇子の内側の会話が、わたしの頬にチクチクと刺さった。王太女の婚約者候補にグラシアンの名前が挙がったとき、どれほどの令嬢が悔し涙を呑んだかわからない。もしかしたら、今日の招待客のなかにいるかもしれない。この婚約は陛下の一存で決まったもので、決してわたしが望んだものではないのに。
そのとき、目の前で長身の騎士が膝をつき、笑みを浮かべた。
「まばゆき深緑の午後でございます、王太女殿下。遅れて申し訳ありません」
彫りの深い端正な面立ちに、長くまっすぐに伸びた眉。鼻筋はすらりとして頬骨は高く、喜びに弧を描く唇は薄く魅惑的だった。純白のケープには、カニア侯爵家の家紋であるアイビーの刺繍が金糸で施されている。鍛えられた肉体を包む上衣は白地、飾緒は金色。黒いトラウザーズとブーツが脚の長さをいっそう際立たせていた。ケチをつけるところのない、嫌味なくらい『完璧な婚約者』だ。
彼はまるで壊れ物を扱うように、わたしの手の甲に唇を寄せた。見下ろす短髪もカラスの濡れ羽のように黒々としている。
「お気になさらず、主役は遅れて登場するものです。直接会うのは久しぶりですね、グラシアン卿。来てくださって感謝いたします」
「本日は、このような華やかな席にお招きいただき光栄です」
グラシアンは顔をあげると、炎の使い手に特有のルビーのような瞳を細めた。さらさらの前髪の下の眩しいほどの微笑みに、周囲の令嬢たちから黄色い歓声があがる。
――確かに、何度見てもハッとするような美貌ね。それは認めるわ。
きれいに刈り込まれた円形の生垣に、薔薇の花々が密になってほころんでいる。情熱的な深紅の大輪、白とピンクが混ざった楚々とした咲きかけの花、可愛らしい黄色い蕾。芝生や生垣の青さに映えて美しい。その色彩たちが奥にあるクリーム色の宮殿の荘厳さを幾分和らげ、年頃の淑女たちの社交場にふさわしい背景を作り出していた。
「まばゆき新緑の午後にございます。王太女殿下のお茶会にお招きいただき、光栄でございます」
「こちらこそ、招待に応じてもらえてうれしいわ。レイチェルさん」
「殿下。グラシアン卿とのご婚約、おめでとうございます」
「ありがとう、アグネスさん」
庭園に植えられた花々にも引けをとらない、鮮やかなドレスを着た令嬢たち。わたしは、彼女たちを席に誘いながら、庭の景色に心を和ませる。
招待した令嬢を全て迎え、あとは今日の主役を待つばかりとなった。白いテーブルクロスの上には金枠のティースタンドが置かれ、スコーンやケーキが可愛らしく盛られている。わたしは紅茶から漂うベルガモットの香りを楽しみながら、同じテーブルに座る令嬢たちの話に耳を傾けた。
「グラシアン卿が、また手柄を立てられたそうですね」
「聞きましたわ。さすが王国騎士団の副団長にして、我が国最強の火の使い手ですね」
「本当に素晴らしい方ですね。――殿下もそう思われるでしょ?」
彼女たちは扇子をはためかせながら、キラキラとした瞳でこちらをうかがってきた。わたしはまず紅茶を含んで、口の中を潤す。
「グラシアン卿は、誰もが認める優秀な騎士よ」
その途端、テーブルの上が花で溢れかえるように歓声が沸いた。
「そうですよね! なんといっても、殿下の完璧な婚約者ですから」
「美しく聡明な殿下と、お似合いですわ!」
「お二人の結婚式がほんとうに楽しみです!」
「……ありがとう」
わたしはまたカップを口元に寄せる。令嬢たちがグラシアンの話題に夢中で、こちらの態度に気が付かないのはありがたいことだった。
『完璧な婚約者』。
何度となく聞かされた言葉に、わたしは心のなかでため息をもらす。たしかに、グラシアン・オブ・カニアは完璧だと誰もが言う。容姿端麗は言うまでもなく、二十七歳にして王国騎士団の副団長に任命されるほどの剣の腕と統率力。そのうえ秀才で王立大学を首席で卒業、名門のカニア侯爵家の次男坊にして、気質も穏やかで私心がなく、とにかく人望が厚いのだ。
代々、女王を君主と仰ぎ女性の叙爵も当たり前のルワンド王国では、理想的な婿として引く手あまたなのだ。女王陛下が、グラシアンをわたしの婚約者に選んだのは当然の成り行きに違いない。
そのとき、令嬢たちが一斉に熱い溜息をもらした。
「噂をすればよ。いらっしゃったわ。はぁ、いつ見てもステキね」
「こちらに一直線ね。あのような方を婿に迎えられて、殿下は本当に幸せですわ」
羽根扇子の内側の会話が、わたしの頬にチクチクと刺さった。王太女の婚約者候補にグラシアンの名前が挙がったとき、どれほどの令嬢が悔し涙を呑んだかわからない。もしかしたら、今日の招待客のなかにいるかもしれない。この婚約は陛下の一存で決まったもので、決してわたしが望んだものではないのに。
そのとき、目の前で長身の騎士が膝をつき、笑みを浮かべた。
「まばゆき深緑の午後でございます、王太女殿下。遅れて申し訳ありません」
彫りの深い端正な面立ちに、長くまっすぐに伸びた眉。鼻筋はすらりとして頬骨は高く、喜びに弧を描く唇は薄く魅惑的だった。純白のケープには、カニア侯爵家の家紋であるアイビーの刺繍が金糸で施されている。鍛えられた肉体を包む上衣は白地、飾緒は金色。黒いトラウザーズとブーツが脚の長さをいっそう際立たせていた。ケチをつけるところのない、嫌味なくらい『完璧な婚約者』だ。
彼はまるで壊れ物を扱うように、わたしの手の甲に唇を寄せた。見下ろす短髪もカラスの濡れ羽のように黒々としている。
「お気になさらず、主役は遅れて登場するものです。直接会うのは久しぶりですね、グラシアン卿。来てくださって感謝いたします」
「本日は、このような華やかな席にお招きいただき光栄です」
グラシアンは顔をあげると、炎の使い手に特有のルビーのような瞳を細めた。さらさらの前髪の下の眩しいほどの微笑みに、周囲の令嬢たちから黄色い歓声があがる。
――確かに、何度見てもハッとするような美貌ね。それは認めるわ。
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