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2.完璧な婚約者②
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わたしはグラシアンの手を取ったまま立ち上がると、招待客を見下ろした。
「さあ、皆さん。改めて、わたしの婚約者を紹介しますわ。――グラシアン・オブ・カニア卿です。皆さんもご承知の通り、卿は王国騎士団の副団長であり我が国最強の火の使い手です。今日はわたしたちの婚約のお披露目会に来ていただいて、ありがとうございます。皆さん、楽しんでくださいね」
「王太女殿下、グラシアン卿! ご婚約おめでとうございます!」
庭園が歓声と拍手に沸くなか、わたしは数歩グラシアンに寄って、彼にしか聞こえない声で言った。あくまで、顔は笑んだまま正面に向けられている。
「卿とお話したいからお茶会を催してほしいと、皆様からお願いされました。本日はわたしのことは構わず、ご令嬢方の相手を優先してください」
「殿下の思し召しとあれば、喜んで」
「それから、覚えておいてください。たとえ、陛下があなたを婿に決めたとしても、わたしはその決定に納得したわけではありません」
陛下の決定が覆ることはまずないので、グラシアンはすっかり慢心しているところだろう。わたしがしっかり釘を刺しておかないと。
だが、相手の返事は早かった。
「わたしが殿下からの信頼をまだ得ていないことは重々承知しております。しかし、いつかはこの想いが殿下に届くことを願っております」
わたしは思わず相手を見返してしまった。呆然とするでもなし、眉間にしわを寄せるでもない反応。危ういところではあったが、わたしは顔を引き締めて微笑みを作る。
「ありがとう、グラシアン卿。――卿の席は、あちらに用意しました」
示したのは、わたしの席から遠く離れたテーブルだった。
「庭の景色が良く見えそうですね。殿下のお心遣いに感謝いたします」
「気に入ってくださって、よかった。ごゆっくり、お楽しみください」
彼が席に着くなり、そのテーブルにいた令嬢のみならず、他のテーブルからも集まってくる。輪の中心にいるグラシアン卿は次々に話しかけてくる令嬢たちの言葉に頷き、爽やかに目を細めていた。人格者との評判の通り、一人ひとり誠実に応対しているようだ。
――あの顔は遠くから眺めているのが、一番いいわ。
「良いのですか? 殿下」
「そうですわ。このままでは、あんまりです」
庭の薔薇を鑑賞するかのような気持ちに浸っていたわたしに、両隣に座る令嬢たちが話しかけてくる。
「どうしてかしら?」
わたしがにっこりとした笑顔で尋ねると、彼女たちは困惑気に顔を見合わせた。
「グラシアン卿は、殿下の婚約者ではありませんか。あの方たちは殿下に無礼を働いているのではないでしょうか?」
「そうです。いくらグラシアン卿が美目麗しくとも、殿下の御前ではしたない」
彼女たち二人もグラシアンのもとに行きたいが、わたしの手前遠慮しているのだろう。行ってくれて構わないのに。
「わたしと結婚するまでは、グラシアン卿は誰のものでもないから、あなたたちもグラシアン卿とお話してきて大丈夫よ。そのために、グラシアン卿を呼んだのだから。卿は騎士団長への昇格を控えていて忙しい身だから、独身時代の彼と会えるのは今日が最後かもしれないわ。せっかくのチャンスをわたしへの遠慮で逃すことはないでしょう?」
彼女たちは申し訳なさそうに、しかしいそいそと席を立つ。わたしは一人静かになった席でほっと紅茶を含んだ。
――美味しい。
しっかりとした香りと渋みが喉を通り、鼻孔から抜ける。わたしが一番、リラックスできる時間だ。
伸びやかなソプラノの歌声が聞こえてきた。目を開けると、歌が得意なことで知られる令嬢が独唱している。今までどんなに請われても、彼女がお茶会で歌を披露することはなかった。理由は歌える準備をしていないとのこと。だから、彼女にとって今日はグラシアンにお披露目する特別な日なのだろう。歌が終わると、グラシアンは白い歯を輝かせて、その令嬢に拍手をしていた。
何度も言うようだが、百人中九十九人が惚れこむような、爽やかな笑顔だ。彼とわたしの何が不幸と言えば、わたしがその百人のうちの最後の一人だということ。グラシアンの顔は部屋に肖像画を飾りたいくらいは好きだが、中身は全く不透明で、信用できないのだ。
「さあ、皆さん。改めて、わたしの婚約者を紹介しますわ。――グラシアン・オブ・カニア卿です。皆さんもご承知の通り、卿は王国騎士団の副団長であり我が国最強の火の使い手です。今日はわたしたちの婚約のお披露目会に来ていただいて、ありがとうございます。皆さん、楽しんでくださいね」
「王太女殿下、グラシアン卿! ご婚約おめでとうございます!」
庭園が歓声と拍手に沸くなか、わたしは数歩グラシアンに寄って、彼にしか聞こえない声で言った。あくまで、顔は笑んだまま正面に向けられている。
「卿とお話したいからお茶会を催してほしいと、皆様からお願いされました。本日はわたしのことは構わず、ご令嬢方の相手を優先してください」
「殿下の思し召しとあれば、喜んで」
「それから、覚えておいてください。たとえ、陛下があなたを婿に決めたとしても、わたしはその決定に納得したわけではありません」
陛下の決定が覆ることはまずないので、グラシアンはすっかり慢心しているところだろう。わたしがしっかり釘を刺しておかないと。
だが、相手の返事は早かった。
「わたしが殿下からの信頼をまだ得ていないことは重々承知しております。しかし、いつかはこの想いが殿下に届くことを願っております」
わたしは思わず相手を見返してしまった。呆然とするでもなし、眉間にしわを寄せるでもない反応。危ういところではあったが、わたしは顔を引き締めて微笑みを作る。
「ありがとう、グラシアン卿。――卿の席は、あちらに用意しました」
示したのは、わたしの席から遠く離れたテーブルだった。
「庭の景色が良く見えそうですね。殿下のお心遣いに感謝いたします」
「気に入ってくださって、よかった。ごゆっくり、お楽しみください」
彼が席に着くなり、そのテーブルにいた令嬢のみならず、他のテーブルからも集まってくる。輪の中心にいるグラシアン卿は次々に話しかけてくる令嬢たちの言葉に頷き、爽やかに目を細めていた。人格者との評判の通り、一人ひとり誠実に応対しているようだ。
――あの顔は遠くから眺めているのが、一番いいわ。
「良いのですか? 殿下」
「そうですわ。このままでは、あんまりです」
庭の薔薇を鑑賞するかのような気持ちに浸っていたわたしに、両隣に座る令嬢たちが話しかけてくる。
「どうしてかしら?」
わたしがにっこりとした笑顔で尋ねると、彼女たちは困惑気に顔を見合わせた。
「グラシアン卿は、殿下の婚約者ではありませんか。あの方たちは殿下に無礼を働いているのではないでしょうか?」
「そうです。いくらグラシアン卿が美目麗しくとも、殿下の御前ではしたない」
彼女たち二人もグラシアンのもとに行きたいが、わたしの手前遠慮しているのだろう。行ってくれて構わないのに。
「わたしと結婚するまでは、グラシアン卿は誰のものでもないから、あなたたちもグラシアン卿とお話してきて大丈夫よ。そのために、グラシアン卿を呼んだのだから。卿は騎士団長への昇格を控えていて忙しい身だから、独身時代の彼と会えるのは今日が最後かもしれないわ。せっかくのチャンスをわたしへの遠慮で逃すことはないでしょう?」
彼女たちは申し訳なさそうに、しかしいそいそと席を立つ。わたしは一人静かになった席でほっと紅茶を含んだ。
――美味しい。
しっかりとした香りと渋みが喉を通り、鼻孔から抜ける。わたしが一番、リラックスできる時間だ。
伸びやかなソプラノの歌声が聞こえてきた。目を開けると、歌が得意なことで知られる令嬢が独唱している。今までどんなに請われても、彼女がお茶会で歌を披露することはなかった。理由は歌える準備をしていないとのこと。だから、彼女にとって今日はグラシアンにお披露目する特別な日なのだろう。歌が終わると、グラシアンは白い歯を輝かせて、その令嬢に拍手をしていた。
何度も言うようだが、百人中九十九人が惚れこむような、爽やかな笑顔だ。彼とわたしの何が不幸と言えば、わたしがその百人のうちの最後の一人だということ。グラシアンの顔は部屋に肖像画を飾りたいくらいは好きだが、中身は全く不透明で、信用できないのだ。
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