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18.ベッドメイキング
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翌日の朝、グラシアンは長い脚を組んで書類の束を読んでいた。
わたしはそのそばでふくれっ面を浮かべながら、シーツをはがしている。メイドは主人の留守を見計らって部屋を清掃するので、わざわざ掃除している時に部屋に戻ってこられると仕事が片付かないのだ。そのうえ、退出しようとすると『そのままで』と声をかけてきたので、こちらはなるべく音と埃が立たないように気を使うしかなかい。
「昨日、女王陛下から一週間の休暇に入るよう命令を受けました。突然のことで驚きましたが、昇進と結婚のお祝いだそうで、ありがたいことです」
いきなり話しかけられ、何かと思えば休暇に入る顛末だった。もしかしたら、陛下がわたしの潜入期間に合わせて、グラシアンを屋敷に帰らせたのかもしれない。陛下のせっかくのご厚意なのだがら、絶対にこの男の正体を暴いて白日の下にさらさなければならないのだ。
わたしは両の拳を硬く握ってから、グラシアンを振り返る。
「ご結婚とご出世、おめでとうございます」
結婚相手に結婚の祝いを述べるわたしの態度は明らかにおかしいが、今はそれを指摘する者はいなかった。
グラシアンの苦笑する顔を見て、ふと思う。彼は本当に、わたしと結婚したがっているのだろうか? わたしの婿決めは、簡単なものだった。候補者を立てて競い合いをさせるようなことはせず、女王陛下がグラシアン一人を指名したことで落着した。グラシアンにしてみれば、突然下された陛下の命令に従ったに過ぎない。
婚約者がいたという話は聞かないが、彼の歳なら恋人どころか妻がいても全然おかしくなかった。むしろ、いない方がおかしい。候補に上がるまで、何故独り身を通したのだろう。
わたしがベッドメイキングを終えると、彼は読んでいた紙の束を机に置いた。
「あなたが、わたしの結婚を祝ってくれるんですか? キャロル」
「あたりまえです。他の誰に聞いても、それ以外の言葉は出てこないはずですよ。王太女殿下とグラシアン様のご結婚は我が国にとっても良縁です」
お似合いです、とはさすがに自分では言えない。グラシアンはおとがいに親指をあて、小首をかしげた。さりげないポーズが全て絵になるのが、イケメンの嫌なところだ。
「わたしと一緒になることを殿下が喜んでいらっしゃると思いますか?」
「国のためになることでしたら、王太女殿下もお喜びのはずです」
「では、殿下ご自身のお気持ちはどうなのでしょう?」
グラシアンのルビーのような瞳が、きらりと光る。腹の内を探られるようで、どうにも落ち着かなかった。
「……さあ、どうでしょう。わたしには分かりません」
「あなたにも、分からないと?」
質問がやけにしつこい。本人に聞いてほしいと切実に思ったけれど、今のわたしはメイドなので言葉を変える。
「もちろんです。……王太女殿下のお気持ちを一介のメイドが分かるはずがありません」
そのとき、みゃーみゃーと猫のような鳴き声がして、窓の外に目をやった。白目のない大きな琥珀の瞳に、角の生えた頭部、鮮やかなエンジ色の爪のついた翼を持つ生き物。グレードサラマンダーの幼生が宙に浮いている。
「中に入れてあげてもいいですか?」
「ええ、どうぞ。あなたがお望みなら」
窓を開けると、小さな火竜が飛び込んできた。グラシアンの周りをくるくると回ると、次になぜがわたしの肩に止まる。きゅるっと鳴いて、わたしの頬に身をこすり付けてきた。琥珀色の無垢な瞳がいとけなく、わたしの胸は熱くなる。
「おまえ、名前はなんていうの? ……ものすごく、かわいいわよ」
「ピィー!」
「アンバーです」
妖獣の代わりに、グラシアンが答えた。わたしが赤く小さな頭を撫でてやると、ピッ、ピッと可愛く鳴き声をあげる。
「アンバーは、何を食べるんですか?」
「火トカゲと同じです。主食は大気に混じった火のマナで、それ以外は雑食です」
「じゃあ、グラシアン様の周りにはアンバーのご飯がいっぱいですね。あれ? でも、わたしの水のマナはアンバーの好物じゃないのに……」
不思議なこともあるものだ。
「それは、あなたがわたしの主人だからで」
「あっ!」
アンバーは満足したのか、ピィーと鳴いて入ってきた窓から飛び去ってしまった。
「あーっ、いっちゃった。……まだ、遊びたかったのに」
がっくりと肩を落としていると、グラシアンが横に来て窓を閉める。黒いシャツの第二ボタンまで空けたラフな姿が目に毒だ。
「先ほど、何かおっしゃいました?」
大事なことを言われたような気がしたが、グラシアンは苦笑しただけだった。
「いいえ。それはまたの機会に。――グレードサラマンダーはどこにいようとも、一度主人と決めた相手の声が聞こえるそうです。だから、わたしが呼べばすぐに戻ってきます」
「グレートサラマンダーは隷属的な生き物なのですか? 幻獣はそういう人間っぽさとは無関係だと思っていました」
「剣に鞘が要るように、危険な存在にはそれをコントロールするものや関係が必ず生まれます。そうではないと、世の平穏が乱れてしまいますから。それがここにも書いてあります」
彼が示した丸テーブルの上には、山積みの書類がある。綴られた書類や装幀されたものもまじっており、どれも古そうだ。
わたしはそのそばでふくれっ面を浮かべながら、シーツをはがしている。メイドは主人の留守を見計らって部屋を清掃するので、わざわざ掃除している時に部屋に戻ってこられると仕事が片付かないのだ。そのうえ、退出しようとすると『そのままで』と声をかけてきたので、こちらはなるべく音と埃が立たないように気を使うしかなかい。
「昨日、女王陛下から一週間の休暇に入るよう命令を受けました。突然のことで驚きましたが、昇進と結婚のお祝いだそうで、ありがたいことです」
いきなり話しかけられ、何かと思えば休暇に入る顛末だった。もしかしたら、陛下がわたしの潜入期間に合わせて、グラシアンを屋敷に帰らせたのかもしれない。陛下のせっかくのご厚意なのだがら、絶対にこの男の正体を暴いて白日の下にさらさなければならないのだ。
わたしは両の拳を硬く握ってから、グラシアンを振り返る。
「ご結婚とご出世、おめでとうございます」
結婚相手に結婚の祝いを述べるわたしの態度は明らかにおかしいが、今はそれを指摘する者はいなかった。
グラシアンの苦笑する顔を見て、ふと思う。彼は本当に、わたしと結婚したがっているのだろうか? わたしの婿決めは、簡単なものだった。候補者を立てて競い合いをさせるようなことはせず、女王陛下がグラシアン一人を指名したことで落着した。グラシアンにしてみれば、突然下された陛下の命令に従ったに過ぎない。
婚約者がいたという話は聞かないが、彼の歳なら恋人どころか妻がいても全然おかしくなかった。むしろ、いない方がおかしい。候補に上がるまで、何故独り身を通したのだろう。
わたしがベッドメイキングを終えると、彼は読んでいた紙の束を机に置いた。
「あなたが、わたしの結婚を祝ってくれるんですか? キャロル」
「あたりまえです。他の誰に聞いても、それ以外の言葉は出てこないはずですよ。王太女殿下とグラシアン様のご結婚は我が国にとっても良縁です」
お似合いです、とはさすがに自分では言えない。グラシアンはおとがいに親指をあて、小首をかしげた。さりげないポーズが全て絵になるのが、イケメンの嫌なところだ。
「わたしと一緒になることを殿下が喜んでいらっしゃると思いますか?」
「国のためになることでしたら、王太女殿下もお喜びのはずです」
「では、殿下ご自身のお気持ちはどうなのでしょう?」
グラシアンのルビーのような瞳が、きらりと光る。腹の内を探られるようで、どうにも落ち着かなかった。
「……さあ、どうでしょう。わたしには分かりません」
「あなたにも、分からないと?」
質問がやけにしつこい。本人に聞いてほしいと切実に思ったけれど、今のわたしはメイドなので言葉を変える。
「もちろんです。……王太女殿下のお気持ちを一介のメイドが分かるはずがありません」
そのとき、みゃーみゃーと猫のような鳴き声がして、窓の外に目をやった。白目のない大きな琥珀の瞳に、角の生えた頭部、鮮やかなエンジ色の爪のついた翼を持つ生き物。グレードサラマンダーの幼生が宙に浮いている。
「中に入れてあげてもいいですか?」
「ええ、どうぞ。あなたがお望みなら」
窓を開けると、小さな火竜が飛び込んできた。グラシアンの周りをくるくると回ると、次になぜがわたしの肩に止まる。きゅるっと鳴いて、わたしの頬に身をこすり付けてきた。琥珀色の無垢な瞳がいとけなく、わたしの胸は熱くなる。
「おまえ、名前はなんていうの? ……ものすごく、かわいいわよ」
「ピィー!」
「アンバーです」
妖獣の代わりに、グラシアンが答えた。わたしが赤く小さな頭を撫でてやると、ピッ、ピッと可愛く鳴き声をあげる。
「アンバーは、何を食べるんですか?」
「火トカゲと同じです。主食は大気に混じった火のマナで、それ以外は雑食です」
「じゃあ、グラシアン様の周りにはアンバーのご飯がいっぱいですね。あれ? でも、わたしの水のマナはアンバーの好物じゃないのに……」
不思議なこともあるものだ。
「それは、あなたがわたしの主人だからで」
「あっ!」
アンバーは満足したのか、ピィーと鳴いて入ってきた窓から飛び去ってしまった。
「あーっ、いっちゃった。……まだ、遊びたかったのに」
がっくりと肩を落としていると、グラシアンが横に来て窓を閉める。黒いシャツの第二ボタンまで空けたラフな姿が目に毒だ。
「先ほど、何かおっしゃいました?」
大事なことを言われたような気がしたが、グラシアンは苦笑しただけだった。
「いいえ。それはまたの機会に。――グレードサラマンダーはどこにいようとも、一度主人と決めた相手の声が聞こえるそうです。だから、わたしが呼べばすぐに戻ってきます」
「グレートサラマンダーは隷属的な生き物なのですか? 幻獣はそういう人間っぽさとは無関係だと思っていました」
「剣に鞘が要るように、危険な存在にはそれをコントロールするものや関係が必ず生まれます。そうではないと、世の平穏が乱れてしまいますから。それがここにも書いてあります」
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