婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる

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26.夜の薔薇園①

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 その晩は無性に喉が渇いて、当直の侍女を呼ぼうとベルを鳴らす夢を見た。もちろん、わたしの周りにいるのはさなぎのように布団にくるまったメイド仲間だけ。待っていても喉は潤わないので、同僚たちを踏まないように部屋を出る。何があるか分からないので、眼鏡は掛けていくことにした。

 外へ出ると、月の光が庭を照らし出していた。夏の澄んだ空気に芳香を放つ、薔薇の花たち。わたしの庭の花たちはどうしているだろう。目的の水樽にコップを突っ込んで、のどを潤した後だった。

「グラシアン様?」

 本館に向かう中庭のベンチに、いるはずのない人を見つけて声をあげる。いつものように入浴と晩酌の用意までして退室したはずなのに。どうして、あの男はシャツとトラウザーズ姿で帯剣し、ベンチで腕を組んでうたた寝しているのか? 訳が分からなかった。

「グラシアン様、起きてください。風邪を引きますよ」

 何度か呼び掛けて揺すったけれど、それでも起きる気配はない。騎士がこんなに無防備で大丈夫なのだろうか? わたしはあきらめて彼の隣に座った。夜着に上着を羽織った態だが、寒くはない。
 月明かりに照らされた横顔は、彫像のように美しかった。専属になってから、猫でもないのにわたしを膝のうえに乗せたがる、頭のおかしい男だ。あろうことか、浜辺ではわたしのファーストキスを奪った。

 昨日のことを振り返るたび、わたしは無性に腹が立ってくる。グラシアンはその行為に至った説明もせず、アンバーが巣に帰るのと同時に帰邸した。わたしは、キスされて固まるしかなかったのに。それ以来グラシアンの顔を直視できずにいるわたしも悪いが、キスしたことなどなかったかのように平然とふるまう相手の方がさらに悪い。完全にわたしを揶揄って遊んでいるようにしか思えない。

 ――たまにはぎゃふんと言わせたい!

 グラシアンはわたしより九歳年上で人生経験も豊富だ。だからといって、やられっぱなしは悔しい。なにより、わたしは王太女なのだ。
 そうだ、とわたしはベンチに手を着いて、秀麗な顔を覗きこんだ。
 滑らかで薄い唇。宮廷では嘘くさい笑みしか浮かべていなかったけれど、カニア侯爵邸では素の表情も見せる。わたしが口づけしたら、グラシアンはびっくりして本当の姿をさらすだろうか。少しはわたしの溜飲も下がるだろうか?
 心臓が高鳴るのを感じながら、触れるか触れないか分からないぐらいに唇を合わせる。他人のさらっとした皮膚を唇に感じる不思議な感触。一瞬のことなのに、とても長く感じた。思いがけず訪れた夢のような甘美な時間に、わたしは目を閉じる。
 と、そのときわたしの肩を、ガツと抱き寄せるものがいた。

「あっ」
「いけない人ですね。わたしの唇を盗むなんて」

 気が付けば、グラシアンの膝のうえで横抱きにされている。彼はとても寝起きとは思えない、普段通りの爽やかな笑顔を浮かべていた。

「起きていたんですか? いつから?」
「最初からです。あなたが厨房から出てきたときから寝たふりをしました」
「どうして!? そもそも、何故こんなところにいるんですか!?」

 声が大きくなるのは恥ずかしかったから。恥ずかしい、恥ずかしい。自分から、キスしたのを知られてしまった。ふしだらな女と思われる。

「キャロルこそ、どうして厨房に?」
「わたしはただ、喉が渇いて……っ、はっ、放してください」

 今更だが、庭園とはいえ誰かが通らないとも限らない。グラシアンの筋肉質な胸板は熱くて、つい馬上で抱きしめられたことを思い出してしまった。わたしは逃れようと、唯一自由になる腰をもぞもぞとさせる。グラシアンは無造作に前髪をかきあげ、忌々しげに言った。

「あー、くそっ。ぶち犯してぇ」



「……はっ?」

 わたしの頭は真っ白になった。『くそ』や『ぶち』など、品行方正で通っているグラシアンの言葉とは思えない。しかも、『犯す』? 女を犯す、の意味の?

 ――とんでもない、蛮族の行いよ!

 完全にわたしの知っているグラシアンではなかった。

「だ、誰なの!?」

 メイドの言葉遣いも忘れて必死に相手の胸をつっぱねるが、グラシアンはいとも簡単にわたしの両手首をまとめる。特に強く掴まれているわけでもないのに、振り払うことができなかった。
 彼は、吐息が混じりそうなほど近くに顔を寄せてくる。理想的なパーツと配置が美しい。こんなときなのに、わたしはまじまじと惹き付けられてしまった。

「面白いことを言う。俺以外にグラシアンという男がいるのか?」
「は、離してっ! グラシアンきょ……っ、あっ」

 口調すら変えた彼は空いている右手で、わたしの顎をとらえる。ルビーの瞳が月光の下、妖しく光っていた。決して別人になったわけではない。ただ、彼を包む空気や雰囲気が一瞬にしてがらりと変わったのだ。

 ――これが隠していた本性!?
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