婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる

文字の大きさ
35 / 74

36.初恋の破れ(エイミー視点)②

しおりを挟む
 そうこうしているうちに、キャロルの勤務の最終日がやってきた。火祭りに向かうために準備する彼女を手伝って、エイミーたちは見送る。花柄のドレスで不安そうにグラシアンを待つ彼女が、この国の次の王だと誰が思うだろう。

「ありがとう! みんなが優しくしてくれて、嬉しかったよ」

 キャロルの笑顔は、眩しくて陽気だ。新聞や雑誌で知る王太女殿下は聡明で上品で、目鼻立ちのはっきりした気が強そうな印象だったのに、言葉は悪いけれど、エイミーたちと変わらない成人したばかりの女の子だ。エイミーは嫌いになりたかったけれど、結局嫌いになれなかった。

 それに何よりキャロルを迎えるグラシアンの顔が、かつて見たことがないほど満ち足りて幸せそうだ。グラシアンはキャロルもとい王太女と結婚するまで少なくとも二年は掛けたので、同じように長く片想いしたエイミーにはその気持ちが痛いほどわかる。かなり複雑だけど。
 エイミーはもしかしたら、グラシアンが王太女との結婚を望むのは自身の出世の為ではないかと期待していた。それだったら、結婚後しばらくしたらほかの女性を愛するようになるかもしれない。だが、その考えは間違っていたのだ。グラシアンは、王太女だからキャロルを選んだんじゃない。結婚したい相手がキャロルだったから、王太女の婿になることを望んだのだ。
 
 他のメイドたちと仕事に戻る途中、ブレンダが耳打ちしてきた。

「エイミー、好きだったんでしょ? グラシアン様のこと」
「……もちろんよ。五年間ずっと見てたんだから」
 
 この屋敷の使用人がグラシアンに恋をすることは、珍しいことではない。うっかり風邪をひいてしまうのと同じようなもので、お互い真面目な顔で『ご愁傷様です』『痛み入ります』と言い合うのが習慣化していた。
 エイミーは扉の前で止まって、口を尖らせる。
 
「今だから言うけれど、内緒で雑用係もしてたし、二年前からグラシアン様の本当の性格も知ってたんだから」

 ブレンダは少しだけ驚いて、それから笑う。

「さすがは、エイミーだね。じゃあ、敵に塩を送っちゃったわけ?」
「……そうだけど、グラシアン様の笑顔見た? 叶うわけないじゃん」
「見たわよ! あんなに楽しそうなグラシアン様を見たのは初めだったわ。で? 結局、キャロルは誰だったの? グラシアン様は王太女様というれっきとした婚約者がいらっしゃるから、あの子は妾になるわけ?」

 ブレンダの疑問に、エイミーは耳元で囁いた。

「まさか。キャロルがグラシアン様の婚約者だよ」
「えっと……それってっ! ……うっ!」

 大声を上げることが予想できて、エイミーはブレンダの口を両手で抑えた。幸いにも周りに人は居ない。衝撃が去ったところで手を離すと、ブレンダは興奮気味に拳を作る。

「なにそれ! 王女様が婚約者の下見に来たってこと? わざわざメイドの振りをして? 何のために!?」
「目的なんて知らないよ。グラシアン様は気づいてたけれど、キャロ……王女様はまだ気づかれていることを知らないみたい」
「道理でキャロルは浮世離れしてたのね! それにしても驚きだわ。世紀のロイヤルカップルの裏事情を新聞社に売ればたんまりお金がもらえるけれど、そのまえにまず信じてもらえないね。こんな話」
「そうだよ。それにお屋敷のなかのことを漏らしてクビになったら、新しい職場も結婚相手もどっちも見つからなくなっちゃうよ。あほらしいじゃん」

 はぁ、と二人ともに溜息を落とす。これは、誰にも想像できないことだ。ブレンダは扉に寄りかかってやれやれと腕組みをする。

「今まで、グラシアン様が人格者のごとく振る舞っていたのも、みんな王女様のためだったのね。わたしたち、偽物のグラシアン様に騙されちゃったわね」
「そんなことないよ。今のワイルドなグラシアン様もかっこいいよ。自然だし……笑顔もステキだし」
「あ、……ごめん」

 親友の自分を思いやる気持ちは伝わってきたけれど、グラシアンのことを悪く言われるのはやはりうれしくなかった。それぐらい好きだったのだ。
 
「いいよ。わたしにできることは、祝福すること。お二人が幸せになりますようにって」

 ――あのノート、どうしよう。

 グラシアンを事細かに観察した、ストーカーメモ帳。持っていても未練がましいのがいや増すだけだ。捨てるべきだろうか。
 ブレンダがエイミーの肩をポンッと叩いた。

「グラシアン様級の人を探すのは難しいかもしれないけれど……。でも、その、なんていうか。知らないかもしれないけれど、ここの男性使用人の間でもエイミーはモテてるんだよ」

 必死に元気づけようとする同僚に、涙より先に笑いがこぼれる。
 
「ありがと、持つべきものはやっぱり親友だね」
「あ、うん。そういえば、馬房のブライス少年からお菓子預かっていたよ。二番街で人気のお菓子屋の新作だって」
「わ、食べる、食べる。あとで少年にお礼を言っておかないと」
「わざわざ休みの日に並んで買いに行ったみたい。――ほら、やっぱりわたしが言ったとおり、エイミーはモテてるでしょ? 告白されたらどうするの?」
「やめなよ。ブライスはこのまえ仕事で助けてあげたから、わたしに気を使ってるんだよ。それに、万が一ブライスといい仲になって、侍女長が義理のお母さんになるのってどうよ?」
「あ、それは確かにキツイ。わたしには無理だわ」
「でしょー?」

 笑いが弾けるとともに、五年分の片思いの涙がこぼれて止まらなかった。
 
 ――次に好きな人が現れるまで、ノートは持っていよう。

 それまでは、グラシアンの良い思い出に浸っていたい。グラシアンに出会った日のこと、本性を知ったときに向けられた笑顔、それから雑用係をこなせて嬉しかったこと。
 新しく夢中になれることが見つかるまで、そんなに長くかからないから。
 エイミーは両手の甲で涙を拭うと、色鮮やかなグミを嚙んだ。

「あー。甘くておいしー」
 
 視界いっぱいに広がる夏の空はキラキラと眩しく、どこまでも澄み渡っていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

処理中です...