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38.火祭り③
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「ほら。甘いものが好きなら、口に合うはずだ」
「ありがとうございます」
受け取ってさっそく口に運ぶ。外側は焦がした砂糖のカリッとした触感があり、反対に内側はトロっと温かかった。甘味が口の中に広がり、思わず頬がこぼれてしまうのではないかと手で支える。
「美味しい! 口の中でとろけて、甘さが広がります!」
「そうか、それは良かった」
わたしははいっと、彼の前に串を掲げた。
「なんだ?」
「こんなに美味しいから、グラシアン様も召し上がってください」
「俺はいい。おまえのために買ったから、おまえが全部食べろよ」
「どうしてです? 一緒に食べた方が美味しいです。ほっぺたが落ちそうなくらいおいしいんですよ」
わたしがもう一度差し出すと、グラシアンはしばらく無言でいたが、最終的には予想外なことをした。
「えっ!」
わたしが持ったままの竹串から、歯でマシュマロを引き抜いたのだ。
「お前が言うとおり甘いな」
「何をするんですか!?」
なんと行儀の悪い真似だろう。わたしはさらに怒ろうとしたが、目の前の光景に言葉を失ってしまった。
「ほんとに甘ったるいな」
グラシアンが少しだけ眉根を寄せて、手についた砂糖を舐めとる仕草が、なんというかなまめかしい。見ているだけで、胸が熱くなる。わたしはふと夜の庭園でキスされたことを思い出した。あれはマシュマロの味ではなかったけれど、それと同じぐらい柔らかくて甘かった。
――あのときはびっくりしたし腹が立ったけれど、嫌ではなかった?
「ピィー! ピィー!」
そのとき、聞きなれた鳴き声を聞いて我に返る。頭上で赤く小さな塊が翼をはためかせていた。火の香りにひかれてか、アンバーがやってきたのだ。
幼いグレードサラマンダーはぴぃぴぃと鳴きながら、わたしたちの周囲を飛び回る。肩に泊まると、挨拶のつもりかぺろりと頬を舐めてきた。
「アンバー! ふふっ、くすぐったいよ」
「祭りの陽気に誘われて、火の妖精たちがたくさん集まってくる。アンバーも火の幻獣だから、誘われたんだろ」
グラシアンが人差し指の腹に小さな炎を点すと、アンバーはひょいッとわたしの肩からグラシアンの肩に飛び移った。翼を広げ、炎をパクリと飲み込む。
グレードサラマンダーはお腹を満たして挨拶を終えると、今度は興奮気味に祭りの夜空を周遊し始めた。下界の喧騒とは無縁の濃い紺色の空。夏の星のきらめきと昇る三日月、アンバーの小さな影。まるで異世界に招かれたようなファンタスティックな光景だ。
感動したわたしが下界に視点を戻すと、目の端に見覚えのある後姿を見つける。ひとくくりにした長いブラウンの髪になで肩の若い男性。白いドレスシャツと暗い色のブリーチズはいかにも質の良いもので、すぐに貴族と分かる。
――あれは、バル?
「どうした?」
「いいえ、知り合いに似てるような気がしたんですけれど、きっと気のせいです」
彼は避暑地のエルアーまで保養に行っていて、ここにいるはずがない。わたしの見間違えだ。
「そんなことより、グラシアン様」
「なんだ?」
「今日は、どうして素なんですか?」
「……ああ」
彼は食べきったマシュマロの竹串をわたしの手から取り上げると、自分の手の中で炎を点した。ジュッと竹串が燃える音がして、大きな手から灰が落ちてくる。
「もう必要なくなったからな」
必要ないとは、もう王太女との結婚が確定したからだろう。彼にとって、わたしは何なのだろう。グラシアンは確かにキャロルのことを好きだといった。まもなく王太女と結婚するのに、冴えないメイドに告白する男。
わたしは自分のドレスに視線を落とした。小さな薔薇が所々に咲き誇っていて、可愛らしい。この一週間、グラシアンはわたしを膝にのせてお菓子を食べ、わたしをピクニックに連れて行った。今日は可愛いドレスを贈って、祭りにも連れてきてくれた。
きっと、キャロルは気晴らしに遊ばれているのだ。自分より身分の高い王太女に婿入りして、権力の中枢に君臨する。彼の狙いが権力そのものなのか、権力を使って果たしたい野望があるのかそれはわからない。
だから、なんだというのか。だったら、その野望を突き止めて、夫婦となった暁にはわたしがそれをコントロールするだけだ。政略結婚だったらそんなことは当たり前だ。答えはすでに出ているではないか。
だったらこの胸のつかえはなんだろう? もしかして、と足が止まった。
──わたしは、グラシアンのことが好きなのだろうか。
「ありがとうございます」
受け取ってさっそく口に運ぶ。外側は焦がした砂糖のカリッとした触感があり、反対に内側はトロっと温かかった。甘味が口の中に広がり、思わず頬がこぼれてしまうのではないかと手で支える。
「美味しい! 口の中でとろけて、甘さが広がります!」
「そうか、それは良かった」
わたしははいっと、彼の前に串を掲げた。
「なんだ?」
「こんなに美味しいから、グラシアン様も召し上がってください」
「俺はいい。おまえのために買ったから、おまえが全部食べろよ」
「どうしてです? 一緒に食べた方が美味しいです。ほっぺたが落ちそうなくらいおいしいんですよ」
わたしがもう一度差し出すと、グラシアンはしばらく無言でいたが、最終的には予想外なことをした。
「えっ!」
わたしが持ったままの竹串から、歯でマシュマロを引き抜いたのだ。
「お前が言うとおり甘いな」
「何をするんですか!?」
なんと行儀の悪い真似だろう。わたしはさらに怒ろうとしたが、目の前の光景に言葉を失ってしまった。
「ほんとに甘ったるいな」
グラシアンが少しだけ眉根を寄せて、手についた砂糖を舐めとる仕草が、なんというかなまめかしい。見ているだけで、胸が熱くなる。わたしはふと夜の庭園でキスされたことを思い出した。あれはマシュマロの味ではなかったけれど、それと同じぐらい柔らかくて甘かった。
――あのときはびっくりしたし腹が立ったけれど、嫌ではなかった?
「ピィー! ピィー!」
そのとき、聞きなれた鳴き声を聞いて我に返る。頭上で赤く小さな塊が翼をはためかせていた。火の香りにひかれてか、アンバーがやってきたのだ。
幼いグレードサラマンダーはぴぃぴぃと鳴きながら、わたしたちの周囲を飛び回る。肩に泊まると、挨拶のつもりかぺろりと頬を舐めてきた。
「アンバー! ふふっ、くすぐったいよ」
「祭りの陽気に誘われて、火の妖精たちがたくさん集まってくる。アンバーも火の幻獣だから、誘われたんだろ」
グラシアンが人差し指の腹に小さな炎を点すと、アンバーはひょいッとわたしの肩からグラシアンの肩に飛び移った。翼を広げ、炎をパクリと飲み込む。
グレードサラマンダーはお腹を満たして挨拶を終えると、今度は興奮気味に祭りの夜空を周遊し始めた。下界の喧騒とは無縁の濃い紺色の空。夏の星のきらめきと昇る三日月、アンバーの小さな影。まるで異世界に招かれたようなファンタスティックな光景だ。
感動したわたしが下界に視点を戻すと、目の端に見覚えのある後姿を見つける。ひとくくりにした長いブラウンの髪になで肩の若い男性。白いドレスシャツと暗い色のブリーチズはいかにも質の良いもので、すぐに貴族と分かる。
――あれは、バル?
「どうした?」
「いいえ、知り合いに似てるような気がしたんですけれど、きっと気のせいです」
彼は避暑地のエルアーまで保養に行っていて、ここにいるはずがない。わたしの見間違えだ。
「そんなことより、グラシアン様」
「なんだ?」
「今日は、どうして素なんですか?」
「……ああ」
彼は食べきったマシュマロの竹串をわたしの手から取り上げると、自分の手の中で炎を点した。ジュッと竹串が燃える音がして、大きな手から灰が落ちてくる。
「もう必要なくなったからな」
必要ないとは、もう王太女との結婚が確定したからだろう。彼にとって、わたしは何なのだろう。グラシアンは確かにキャロルのことを好きだといった。まもなく王太女と結婚するのに、冴えないメイドに告白する男。
わたしは自分のドレスに視線を落とした。小さな薔薇が所々に咲き誇っていて、可愛らしい。この一週間、グラシアンはわたしを膝にのせてお菓子を食べ、わたしをピクニックに連れて行った。今日は可愛いドレスを贈って、祭りにも連れてきてくれた。
きっと、キャロルは気晴らしに遊ばれているのだ。自分より身分の高い王太女に婿入りして、権力の中枢に君臨する。彼の狙いが権力そのものなのか、権力を使って果たしたい野望があるのかそれはわからない。
だから、なんだというのか。だったら、その野望を突き止めて、夫婦となった暁にはわたしがそれをコントロールするだけだ。政略結婚だったらそんなことは当たり前だ。答えはすでに出ているではないか。
だったらこの胸のつかえはなんだろう? もしかして、と足が止まった。
──わたしは、グラシアンのことが好きなのだろうか。
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