婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる

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44.恋の自覚②

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「グラシアン様、アイスクリーム食べたいです。あと、あの焼き鳥も」
「……その食べ合わせ、大丈夫なのか。あとで腹壊すなよ」

 グラシアンはわたしの言動に若干引きながらも、懐から財布を出してくれる。すぐに両手はいっぱいになった。口のなかで、串焼きの辛さと熱さ、アイスクリームの甘さと冷たさが混ざって、不思議な感覚を覚えた。なんというか、禁断の味。王宮ではまず食べたことがない。
 カニア邸ではカチカチの黒パンをシチューに浸け込んで味わったし、メイド仲間とテーブルも囲まずにクッキーを貪った。わたしはこの一週間で、初めての経験をたくさんしている。王宮の生活に不満はない。わたしは王太女として生まれてきたから、権利と共にそれ相応の義務を背負っている。だけど、こういう時間を過ごす自分も好きだ。
 口のなかを空にしてから、グラシアンを見上げた。

「一度、こんな風に食べてみたかったんです。いつもは作法やマナーに失敗しちゃいけないし、歩きながらなんてとんでもないし。お祭りの料理って、シンプルなのに美味しいですね。肉の味付けが塩だけなのに香ばしくて油が滴っているし、お菓子も素朴で可愛いし。わたし、こんなに可愛くて小さいお菓子を初めて見ました」

 どうしようもなく嬉しくて喋りまくるわたしに、グラシアンが柔らかく笑む。指が伸ばされて何ごとかと思ったら、頬に飛んだ食べかすを拭われた。恥ずかしいけど、嬉しい。なんというか、とても面映ゆいのだ。
 
「キャロルは、祭りが初めてだったな。気が済むまで、ゆっくり食べろよ」
「はいっ!」

 いろいろ興奮しすぎて、このときわたしは何をしゃべっているのか自分でもよくわかっていなかった。食べたかったものをたらふく食べて、ハンカチで口を拭く。グラシアンはその間に、焼き鳥の棒やら紙のカップを処分してくれた。

 その甲斐甲斐しい手の動きに、私はつい引き寄せられる。夏の夜の涼しい風を受けると、自分の熱い体温を自覚する。
 崖の上から落ちるわたしを包んでくれた、逞しい腕。ぎゅっと肩を抱きしめてくれた、節のある長い指。
 
 ――手を繋ぎたい。
 
 でも、どうしたらいいかわからない。手を伸ばしたけれど、自分から繋ぐのは恥ずかしい。メイドなら許可なく主人に触れてはならないし、王太女なら軽々しく家臣に触れさせてはならない。躊躇っているうちに、自分のなかの衝動が潮のように引いていく。
 そのとき、グイッと前から引っ張られた。

「キャロル。迷子になるから、手を繋ぐぞ」

 グラシアンの顔も暑気のせいか、少し赤い。わたしの手に絡んだ指が、硬くて骨太なのに全然痛くない。人込みを避けるのに紛れてぎゅっと握り返したら、指先だけで柔らかく手の甲を押された。グラシアンと言葉以外で会話する方法を見つけたようで、なんだか嬉しい。

「グラシアン様は、どうしていい人のふりをやめちゃったんですか?」
「欲しいものは手に入ったから、必要ないだろ」

 グラシアンはわたしを見て、笑顔を見せる。彼の欲しいものはやはり、王太女の婿の地位。女王の信頼を獲得して、品行方正に振る舞う必要がなくなったということか。そう思った途端、満腹になったばかりの自分の胃が重く感じられる。
 
「グ……、グラシアン様はわたしと王太女殿下、どちらが大切ですか?」

 彼はポカンと口を開けたが、すぐに苦笑して目を伏せた。なんだか、出来の悪い生徒を持て余した教師のようだ。わたしは彼を呆れさせるような、おかしな質問をしただろうか。

「どちらかといえば、王太女殿下だな」

 その言葉に、ショックを受ける。やはり、グラシアンは恋愛よりも権力を選ぶのだ。きっと彼を心変わりさせるには、キャロルでは弱すぎたのだろう。グラシアンにとっては、メイドのキャロルに優しくするのは遊びの一環なのだ。だが、彼にとって王太女も自分の野望を叶えるための踏み台に過ぎない。――どちらも、愛されないわたし。
 
 わたしはここに来るべきではなかったけれど、それに気が付くのが遅かった。

 ――悔しい。

「……そう、ですよね」

 どうして、こんな質問をしてしまったのだろう。グラシアンが一週間限りのメイドより婚約者を選ぶのは当たり前なのに。
 突然、下を向いたわたしを気遣ってか、グラシアンは覗き込むように言葉をかけてきた。

「そろそろ帰るか。いろいろあって疲れただろ。キャロルも明日から忙しいはず……」
「グラシアン様」
「どうした?」

 グラシアンの赤い瞳が、祭りの灯りを反射して煌めいている。意思のはっきりとした鋭い瞳。わたしの口から、無意識に言葉が転がり落ちた。
 
「まだ、グラシアン様と一緒にいたいです」

 ――ついに、言ってしまった。
 
 言った途端、気持ち悪がられたらどうしようと不安になった。でも、彼は前にキャロルわたしが好きだと言ったのだ。その気持ちが浅くてもいいから残っていてほしい。遊びでもいいから、一秒でも長くいたい。
 次に会うときは、王太女とその婚約者だ。彼は王太女と結婚して権力を握りたい野心家で、わたしは彼の能力を利用しながら、決して私を軽んじらないように牽制しなくてはならない。
 
 だが、彼の顔は氷化の魔法をかけられたみたいに、固まってしまった。大きな手で片眼が隠れるくらい顔を覆う。どこか痛むのだろうか。

「あ、……あの」
 
 心配で声をかけてみる。しかし、グラシアンは無言のままだったが迅速だった。訝しむわたしの腕をいったん外して、近くの出店でペンとメモを借りる。何やら書き付けて、風船に擬態したグレードサラマンダーの名前を呼んだ。
 
「アンバー。これを屋敷に届けてくれ。……そうだ。コリンに渡せばいい。……俺の兄貴だから、そんなに言ってやるなって。ああ見えて、薄毛のことは気にしてるんだぜ。――いい子だ。帰ったらゆっくり休めよ」

 なんてこと。知らない間に、アンバーと会話出来るようになっている。正直羨ましいが、あれはグラシアンが火のマナの持ち主だから使える技なのだろう。水のマナしか持たないわたしには無理な話だ。
 
「ピーッ!」

 幻獣はグラシアンの手の平に自分の頭をこすり付け、次にわたしの胸へ飛び込んできた。

「今日はありがとう。アンバーのおかげで助かったよ」

 つぶらな瞳を潤ませて、スリスリと身を寄せてくる姿がまた可愛い。わたしは心の赴くまま、小さくて赤いほっぺたにキスをした。

 「キュウゥ」

 はしゃぐ声も可愛くて、もう一度キスしたくなる。だが、グラシアンが幻獣の顔を抑えてそれを遮った。
 
「アンバー、早くいけ」
「キュウウウッ」

 アンバーは小さな体をバタバタさせて、ヒステリックに小さな火を吐く。しかし、一通り当たり散らして気が済んだとみえて、夜空へと飛び去っていった。たとえ、あの地魔法の使い手が近くにいたとしても、風魔法の使い手がいなければ、飛べることのできるアンバーは捕まらないだろう。
 
「行くぞ」
「どこへ、ですか?」

 空一面に、火を噴くドラゴンの花火が鮮やかに散った。照らされた横顔はドキリとするほど美しくて、わたしはまた見とれてしまうのだ。

「騎士団の宿舎だ」
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