婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる

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45.夜の騎士団①

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 騎士団の宿舎は、王宮と隣接した場所にある。松明に彩られた黒く大きな門扉が、わたしを圧倒した。
 人口百万人のルワンド王国では、そのうちの一万人が国防や治安維持のために働いている。彼らを最終的に総括するのが王室騎士団なのだが、二十七歳のグラシアンがその巨大組織のナンバー2であることを改めて実感した。
 
「グラシアン副団長、おかえりなさいませ」
「ご苦労様です、アンガスさん」

 当直の門番が入り口の扉を開き、わたしたちを通す。グラシアンがこちらの腰を抱いたまま歩くので、耳が丁度彼の胸にあたり、わたしは幾分早い心臓の鼓動を感じていた。
 老年の門番はこちらを一瞥したものの、何も言わない。騎士団の宿舎は関係者以外立ち入り禁止だと思っていたが、副団長ぐらいの役職があればお咎めなしなのだろうか。無理に一緒にいたいと言った手前文句は言えないのだが、規律を破らせてグラシアンの迷惑になるのではないかと心配になった。

「グラシアン様。わたし、付いてきて良かったでしょうか?」
「怖くなったからと云って、今更俺から逃げられると思うなよ」

 耳元で囁かれた低めの美声がお腹に響いて、身体の芯がぐらっと傾ぐ。絶対逃さないとばかりにグラシアンがわたしを抱き寄せてきた。どうしよう、ドキドキする。
 
「こっちから誘ったのに、逃げませんよ。グラシアン様こそ、今更嫌だって言わないでください。これは、……わたしの、一世一代の告白なので……っ」

 最後は恥ずかしくて、つい目をそらせてしまった。彼は一瞬目を見開いてから、わたしの頭に唇を落とす。
 
「言うわけない。どれだけ待ったか、俺の大切な――」
 
 ――大切な? 大切なってなんのこと?

 ちょうどそのとき、祭りの方角から大きな花火の音が聞こえた。振り返ってみれば、火の精霊を模した紋章が続々と空に打ち上げられている。火祭りの一日目のフィナーレの合図だ。浮かれた祭りは、あと二晩も続くのだ。

「はぁ……、最後まで綺麗ですね。花火だけはわたしも毎年観ていたのですが、今年は特に壮観に感じます」
「そうだな。今年の花火は格別だ」

 おそらく、彼は幼い頃から火祭りの常連のはず。感慨深げに言うのが、少し意外だった。わたしは、夜空を見上げる。
 
「さっき、なんて言いました? 『俺の大切な』? そのあとは?」

 本性は気性の激しいグラシアンが、宝物のように『大切な』と語るのもまた意外だった。よっぽど大事にしていることなのだろう。聞いてみたい。
 
「次会ったときに、改めて話す」
「グラシアン様にお会いすることは、もうないですよ。わたしは今日までのお勤めですから。気になるじゃないですか、教えてください」
「もう会わないなんて、いったいどこのどいつが決めるんだ。キャロルが俺から隠れるつもりなら、こっちは見つけるだけのことだ」
「やめてください、王太女様に叱られます」
 
 彼が声を立てずに笑ったので、わたしの身体にも振動が伝わってきた。
 
 広い訓練場や馬場を通り過ぎ、騎士団の本部が置かれている建物に入る。ここを通り抜ければ、宿舎があるはず。話しているとあっという間だったが、わたしたちはずいぶん歩いたようだ。騎士団はみな、祭りの警備に出払っているのか、あるいは軍服を脱いで祭りを楽しんでいるのか。誰ともすれ違わなくて、とても静かだった。
 
 やがて、建物の一階の一番奥の部屋に誘われる。部屋に漏れるわずかな月光のもと、執務机と応接セットに影が出来ていた。グラシアンが、そこを通過して執務机のすぐ近くにある扉を開く。副団長の部屋は二間続きで、そこはおそらく寝室だ。
 
 扉を閉めた瞬間、後ろから抱きしめられた。木が燃えたような香りに包まれ、わたしはドキドキする半面、この上なく幸せな気持ちになって目を閉じる。
 グラシアンが、わたしの頭に顎を置いて言った。

「今から、と俺は平等な立場で、敬語も尊称も、一切なしだ。――頼むから、許すと言ってくれ」

 なんだかよくわからないけれど、わたしはいつも誰かに頭を下げられているから、平等と言われた言葉が嬉しい。グラシアンはメイドの立場のわたしが気軽に話ができないことを心配してくれたのだろうが、わたしにはまるで王太女と侯爵令息の話をしているかのように聞こえた。そんなわけはないのに。嬉しい。
 気持ちの高まりを抑えられなくて、口を開けば何かを叫んでしまいそうだった。返事の代わりに、何度も頷く。
 彼は自身のマナで、手早く五つの蠟燭に火をともした。ときの訪れを落ち着かなく待つわたしは、あることに気が付く。
 
「グラシアンさ……、じゃなくて、グラシアン」
「なんだ?」
「洗浄魔法をかけてもいいですか? ……ではなくて、かけてもいいかしら? 主にわたしに」
「嫌だと言ったら?」

 仰ぎ見ると、こちらをからかってやろうという表情にしか見えなかった。
 
「おねがい」

 坂道を駆けあがり、二人のマナの使い手と戦ったのだ。何度も言うが、わたしは戦闘要員ではない。埃と汗で、下着のなかがどうなっているかなんて想像もしたくない。グラシアンの表情がふっと緩んだのでわたしはそれを快諾と受け取って、二人同時に洗浄魔法をかけた。水色の霧が沸き上がると同時に清涼感に包まれる。

「ありがとう」
「こんなことで礼を言われるのも妙な感じだ。キャロルはいつものように好きなようにやればいいのに」

 確かにそうだ。わたしは王太女だから、何をするにも誰の許可もいらない。女王になるわたしの一番重要な仕事は下した決定の責任を取ることだ。でも、時には誰かに頼りたくなる。
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