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51.出会い(グラシアン視点)②
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その後一週間、国中で王婿の喪に服していた。食事は肉を抜いたものになり、食堂の灯りはいつもより暗く灯す。育ち盛りのグラシアンはキノコのソテーとパンをひたすら口に運んで、空腹を満たしていた。
侯爵が自慢のヒゲについたソースをナプキンで拭き、誰にともなく話し始める。
「女王陛下は王婿陛下への愛を貫いて、新しい夫は娶らないと宣言されたそうだ。そうなると、あの小さな姫君が次の女王陛下になられるというわけだ」
「まぁ、それほどまでに陛下は王婿殿下を愛されていたのね。悲しいけれど美しいお話だわ」
夫人が答えて、ジャガイモのスープを口に運んだ。
「美談なものか。陛下のお歳なら、まだまだ御子を産むことが出来る。国主の後継者がたった一人とは、臣下としてあまりに心細すぎるではないか」
「アリス王女様が、次の陛下かぁ。なんとか取り入って、仲良くなっておかないと」
「うちのコリンは、まったく抜け目がないわね」
カニア侯爵家の家風なのか、各々がいつも人の話を聞いていない。グラシアンは将来騎士になることを望んでいるが、貴族は官僚になるのが望ましいという風潮のなか、まったく反対されなかった。放任主義なところがありがたい。
「……なあ。俺が、あの子を手に入れるにはどうしたらいい?」
普段はめったに会話に入ってこない次男坊の突飛な発言に、他の家族が一斉にむせた。給仕していたシェフやメイドも、思わずグラシアンを凝視してしまう始末。
「皆、下がりなさい」
比較的早く立ち直った侯爵が人払いをし、夫人がナプキンで口許を拭いて、長男の背中をさすった。ちなみに、コリンは食べ物が違うところに入って、いまだにむせ続けている。
「グラシアン。あなた、何を考えているの!?」
爆弾発言をかましたのに、全く状況を意に介さない次男坊が、フォークとナイフをテーブルに珍しく丁寧に置いた。
「あの子を俺のものにしたい」
侯爵はこの世の終わりのような重いため息をつき、夫人は気を落ち着かせようと一息にグラスの水を飲み干した。コリンは息を止めたように動かなくなってしまう。
「グラシアン。冗談でそんなことを口にするのはよくないぞ。いくら我が家が歴史あるカニア侯爵家でも、不敬罪で牢屋につながれる」
「そうよ、あなたって子はまったく。アリス王女様が次の女王様になることは決まっているのよ。そして、いま最も有力な婿候補はバロモンテ王国のバーソロミュー王子よ。犬猫じゃあるまいし、簡単に手に入るわけないじゃない。もう少し考えてから口を開きなさい」
ようやく回復したコリンが、隣で黙り込んでいる弟を恐る恐るうかがう。
「ねぇ、グラシアン。……それ、ひょっとして本気で言ってる?」
「当たり前だ」
その場は凍り付いた。
「ええええっ」
「尚更、ダメじゃない!」
三人は度肝を抜かれて、この身の程知らずの次男坊をどうしたものか、と顔を見合わせる。しばらくして、侯爵が一家の長を代表して咳払いした。
「アリス王女様の婿に選ばれるには、まず女王陛下の目に留まる必要がある。そのためには、家柄・容姿・知性・教養・武芸・品性に秀でていなくてはならないんだ。亡くなられた王婿殿下のように、完璧であることを求められる」
グラシアンの表情に、変化はなかった。それがどうしたという次男の無理解に、夫人が溜息を落とす。
「グラシアンはわたしに似て顔はいいから、面食いの陛下のお眼鏡にはかなうわ。家柄も侯爵家で申し分なく、武芸の才もあるわ。それに気が付いて、わざと怠けているのは減点だけど。――問題は」
最後の台詞は、なぜか長男に受け継がれる。貧乏くじを引いたコリンが、苦虫を嚙み潰したような顔で呟いた。
「知性と教養と品性が、お前には決定的に足らないんだよ」
たしかに、グラシアンの人生設計のなかで、知性と教養と品性の出番はなかった。カニア侯爵家と言っても家を継ぐわけでもない自分が、社交界や政治に興味を抱いてどうするのだ。キーキーうるさい令嬢どものうちの、誰かの家に入り婿して肩身の狭い思いをするぐらいなら、王国騎士団に入り独身を貫いた方がいい。あと、下手に仕事を押し付けられては困るから役職もいらない、ただの平騎士でいいのだ。――と、今の今まで思っていた。
「わかった」
「そうか、わかってくれたか。我が息子よ」
「諦めてくれたなら、これに越したことはないわ」
「そんな大穴狙わなくても、お前の顔ならどこの家の婿にでもなれるさ」
侯爵のベルが鳴り、入室を許された使用人が続々と入ってくる。
「――誰が、諦めるって言った?」
グラシアンの声が響いた。
結局、使用人たちが見たのは凍り付いた食卓だった。同世代の誰よりも優秀だが、貴族の子弟というよりは下町の悪ガキにしか見えない次男坊を前にして、侯爵夫妻と長男が絶叫の顔のまま硬直している。沈黙に耐えられなかった使用人の誰かがフォークを落として、やっと三人の硬直は解けた。
「は?」
「違うの?」
「……まさか」
「俺が完璧な婿になれるよう、手伝ってくれ。いいや、違う。――『お願いします』だ」
唯我独尊・傍若無人の次男坊が丁重に頭を下げれば、三人の顔は再び絶叫の形をとった。それは使用人たちも同じである。
そうして、カニア侯爵家の数々の者を巻き込んで、グラシアンの『完璧な婿候補』の役作りが始まったのだ。
侯爵が自慢のヒゲについたソースをナプキンで拭き、誰にともなく話し始める。
「女王陛下は王婿陛下への愛を貫いて、新しい夫は娶らないと宣言されたそうだ。そうなると、あの小さな姫君が次の女王陛下になられるというわけだ」
「まぁ、それほどまでに陛下は王婿殿下を愛されていたのね。悲しいけれど美しいお話だわ」
夫人が答えて、ジャガイモのスープを口に運んだ。
「美談なものか。陛下のお歳なら、まだまだ御子を産むことが出来る。国主の後継者がたった一人とは、臣下としてあまりに心細すぎるではないか」
「アリス王女様が、次の陛下かぁ。なんとか取り入って、仲良くなっておかないと」
「うちのコリンは、まったく抜け目がないわね」
カニア侯爵家の家風なのか、各々がいつも人の話を聞いていない。グラシアンは将来騎士になることを望んでいるが、貴族は官僚になるのが望ましいという風潮のなか、まったく反対されなかった。放任主義なところがありがたい。
「……なあ。俺が、あの子を手に入れるにはどうしたらいい?」
普段はめったに会話に入ってこない次男坊の突飛な発言に、他の家族が一斉にむせた。給仕していたシェフやメイドも、思わずグラシアンを凝視してしまう始末。
「皆、下がりなさい」
比較的早く立ち直った侯爵が人払いをし、夫人がナプキンで口許を拭いて、長男の背中をさすった。ちなみに、コリンは食べ物が違うところに入って、いまだにむせ続けている。
「グラシアン。あなた、何を考えているの!?」
爆弾発言をかましたのに、全く状況を意に介さない次男坊が、フォークとナイフをテーブルに珍しく丁寧に置いた。
「あの子を俺のものにしたい」
侯爵はこの世の終わりのような重いため息をつき、夫人は気を落ち着かせようと一息にグラスの水を飲み干した。コリンは息を止めたように動かなくなってしまう。
「グラシアン。冗談でそんなことを口にするのはよくないぞ。いくら我が家が歴史あるカニア侯爵家でも、不敬罪で牢屋につながれる」
「そうよ、あなたって子はまったく。アリス王女様が次の女王様になることは決まっているのよ。そして、いま最も有力な婿候補はバロモンテ王国のバーソロミュー王子よ。犬猫じゃあるまいし、簡単に手に入るわけないじゃない。もう少し考えてから口を開きなさい」
ようやく回復したコリンが、隣で黙り込んでいる弟を恐る恐るうかがう。
「ねぇ、グラシアン。……それ、ひょっとして本気で言ってる?」
「当たり前だ」
その場は凍り付いた。
「ええええっ」
「尚更、ダメじゃない!」
三人は度肝を抜かれて、この身の程知らずの次男坊をどうしたものか、と顔を見合わせる。しばらくして、侯爵が一家の長を代表して咳払いした。
「アリス王女様の婿に選ばれるには、まず女王陛下の目に留まる必要がある。そのためには、家柄・容姿・知性・教養・武芸・品性に秀でていなくてはならないんだ。亡くなられた王婿殿下のように、完璧であることを求められる」
グラシアンの表情に、変化はなかった。それがどうしたという次男の無理解に、夫人が溜息を落とす。
「グラシアンはわたしに似て顔はいいから、面食いの陛下のお眼鏡にはかなうわ。家柄も侯爵家で申し分なく、武芸の才もあるわ。それに気が付いて、わざと怠けているのは減点だけど。――問題は」
最後の台詞は、なぜか長男に受け継がれる。貧乏くじを引いたコリンが、苦虫を嚙み潰したような顔で呟いた。
「知性と教養と品性が、お前には決定的に足らないんだよ」
たしかに、グラシアンの人生設計のなかで、知性と教養と品性の出番はなかった。カニア侯爵家と言っても家を継ぐわけでもない自分が、社交界や政治に興味を抱いてどうするのだ。キーキーうるさい令嬢どものうちの、誰かの家に入り婿して肩身の狭い思いをするぐらいなら、王国騎士団に入り独身を貫いた方がいい。あと、下手に仕事を押し付けられては困るから役職もいらない、ただの平騎士でいいのだ。――と、今の今まで思っていた。
「わかった」
「そうか、わかってくれたか。我が息子よ」
「諦めてくれたなら、これに越したことはないわ」
「そんな大穴狙わなくても、お前の顔ならどこの家の婿にでもなれるさ」
侯爵のベルが鳴り、入室を許された使用人が続々と入ってくる。
「――誰が、諦めるって言った?」
グラシアンの声が響いた。
結局、使用人たちが見たのは凍り付いた食卓だった。同世代の誰よりも優秀だが、貴族の子弟というよりは下町の悪ガキにしか見えない次男坊を前にして、侯爵夫妻と長男が絶叫の顔のまま硬直している。沈黙に耐えられなかった使用人の誰かがフォークを落として、やっと三人の硬直は解けた。
「は?」
「違うの?」
「……まさか」
「俺が完璧な婿になれるよう、手伝ってくれ。いいや、違う。――『お願いします』だ」
唯我独尊・傍若無人の次男坊が丁重に頭を下げれば、三人の顔は再び絶叫の形をとった。それは使用人たちも同じである。
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