婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる

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58.グラシアン卿のスキャンダル①

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「王太女殿下!? ほっ、本日はどうなさいましたかっ!? もしや、ふ、副団長に用事ですか!?」

 翌日の昼過ぎ。
 騎士団の副団長室を訪れたわたしに、フランキー・エメル・マウリーが素っ頓狂な声を上げた。彼は口ひげを生やした柔和な紳士で、グラシアンが民間から採用した異色の秘書官だ。グラシアンの本性を知らなかったかつてのわたしは、フランキーについて特に印象を持たなかったが、今は内と外で百八十度人格の違う上官に仕える気の毒な人にしか見えなかった。こころなしか、騎士団に入った五年前より、生え際が後退している気がする。
 
 それにしても、温和で人当たりのいいフランキー卿がどうしてわたしにこれほどの警戒心を露わにしているのか、本当に謎だ。わたしはまずは警戒心を解こうと、笑顔を浮かべてみる。

「お仕事ご苦労様です。グラシアン卿はいますか?」
「ふっ! 副団長は女王陛下のご命令で、昨日出国しました。き、……帰還日は未定です!」
「そう、でしたか」
 
 昨日の昼食の際、陛下はわたしにその旨を伝えなかった。わたしも陛下には『有意義な一週間でした』としか報告していない。陛下はそのとき、意味深な笑顔を浮かべるだけで何も言わなかった。今思えば、ミイラ取りがミイラになったわたしの現状を察したに違いない。娘として恥ずかしいし、後継者として不甲斐ないばかりだ。
 
 わたしの目の前にあるグラシアンの執務机は、綺麗に片づけられている。ただ、裁可待ちの書類を入れる箱の中身がすでに厚く積まれているのが痛々しかった。
 
「でしたら、これは皆さんで召し上がってください」

 わたしは、とうもろこしのムースサンドの入った籠をフランキーに手渡した。

「あ、ありがとうございます! お、王太女殿下からの差し入れと聞けば、団員が諸手を挙げて喜びます!」

 フランキーの言動が大げさで、どもりすぎる。確かに、わたしからグラシアンのもとを訪ねたのは初めてだが、どうしてそこまで過剰に反応するのか。
 ふと、裁可済みの報告書の表紙が目に留まった。『第二の火の月 二十三日 大ブリド橋近く高台崩落の件』。報告者は、バートランド・オブ・ルビエラ。警ら隊のバートランド卿のことだ。わたしとグラシアンが関わった件。
 
「この報告書を読ませてもらってもいいですか?」
 
 王太女という立場は実に便利だ。十八歳の小娘が読めるはずもない書類をいとも簡単に手に取ることができる。

「どうぞ! ど……っ!?」

 わたしが指した報告書を両手で持ったフランキーが、表紙を見て顔色を一変させた。
 
「いいえ! その件については、わたしの方から直接説明させていただきます!」
「それは、ご丁寧にありがとうございます」

 敬礼したフランキーの怪しさが、極まっている。報告書を固く握りしめると、彼は呼吸を整えた。わたしに後ろめたいことがあるようだけど、今は報告を聞くことが先だ。

「グレードサラマンダーという貴種の幻獣を連れて副団長が祭りに参加した際、密猟団と思われる一行に幻獣が誘拐されかかり、その場で乱闘になりました。密猟団は七名、うち一人が土の精霊魔法の使い手で、高台を崩落させて一人で逃亡中です。高台はすぐに封鎖され、他に被害者は出ていません」

 報告はおおむね、わたしが知っていることと変わりはない。グラシアンが一人で祭りを楽しんでいたかのようにも聞き取れたが、些末なことなので聞き流そう。
 フランキーの話には続きがあった。
 
「捕まえた六人中、五人死亡とはどういうことですか?」

 思いもしない展開に、わたしは眼を見開く。
 
「牢の壁が突然崩壊したのです。エアロン・オブ・ウィントレッドを含む五名が犠牲となり、残りの一名は副団長に顔を焼かれて、幸いなことに別所で治療中でした。その男が語るところには、密猟団はもともと土精霊の使い手が、当主の座をはく奪されてやさぐれていたエアロンに声をかけて、結成されたそうです。グレードサラマンダーの卵や雛を盗みだして心臓石を取り出すのが目的です。しかし、その後の活用方法に関与しているのはエアロンと土魔法の使い手だけで、メンバーには心臓石の効能を知らされていなかったようですね。その土魔法の使い手、若い貴族で便宜上ダニエルと名乗っていましたが、仲間の前でも決してフードを外さなかったそうです」

「ほかに、わかっていることはありますか?」
「エアロンはもともとグレードサラマンダーの心臓石狙いで仲間に加わったらしく、そのダニエルという男に心臓石を早く寄越せと詰め寄っているのを男が何度も目撃したとか」

 エアロンとそのダニエルは、うまくいっていなかった。にわか仕立ての仲間の口封じのために、ダニエルが土魔法を駆使して強固な牢の壁を壊したと考えて間違いないだろう。しかし、もともと強いエアロンが心臓石を飲んでいたら、火祭りの日の被害は甚大なものになっていたはずだ。飲んでいなかったのは不幸中の幸いだった。
 わたしは、フランキーに笑んで見せる。
 
「時間を取らせてしまって、申し訳なかったですね」
「いいえ、お気になさらず! 副団長が帰ってきたら、真っ先に王太女殿下の下にはせ参じさせますので、ご安心ください!」

 まるで、グラシアンが帰ってくるまでここに来るな、と遠回しに言っているようにも聞こえる。わたしの被害妄想だろうか?
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