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59.グラシアン卿のスキャンダル②
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帰り道も、変だった。すれ違う面々がわたしを見て、深く頭を下げる。そのうえ、蜘蛛の子を散らすように走り去ってしまうので、なかなか話しかけることもできなかった。
――わたし、何かしたかしら?
哀れなメイドのキャロル・フォックスから日記を取り上げて、婚約者に嫌味を言いながら突き返す高慢ちきな王女を演じるつもりでいたのに。
「あの子が職分を超えてわたしの婚約者と接したので、田舎に返しました。もう戻ってくることはないでしょう。一時の戯れとはいえ結婚まえですし、卿の責任は問わないことに致しましょう。もう、この話は終わりです」という件も完璧に練習した。それを目撃した際の、侍女キャロルのチベスナ顔については深く考えまい。
ちょどそのとき、窓の外の鍛錬所から声が聞こえてきた。夏の木陰の下で、数人の騎士が汗を拭いながら一息ついている。
「おい、グラシアン様の噂、聞いたか?」
「ああ。あの聖人みたいな副団長が浮気ってか? いまだに信じられないぜ」
それを聞いたわたしは、心臓が止まりそうなくらい動揺した。
――グラシアンが浮気ですって!?
わたしが聞いているとも知らず、騎士たちはベンチに座り込む。
「それがな、本当の性格はもっと無愛想で横暴らしい。休暇から戻ってきてから、急に人が変わったって、当直のやつが話してたぞ」
「考えてみたら、火のマナの持ち主だしな……あんなに穏やかな性格のはずないよな」
「性格の話はともかく、王太女殿下との結婚を控えて、何でもない相手と浮気するか? 警ら隊のやつらが言うには、人目をはばかることもなくイチャついてたらしいぞ」
確かに、あれだけ人に見られて、噂にならないはずがない。わたしもなんだかんだ言って熱に浮かれて、グラシアンに導かれるまま騎士団の寮に入ってしまった。フランキーが必死になってわたしに隠していたのは、このことだったかもしれない。高台崩落の報告書にキャロル・フォックスの名前が入っていたなら、彼の行動も理解できる。
わたしは柱の陰に隠れて、騎士たちの話に聞き耳を立てる。廊下の窓が開いているのが幸いした。
「ただの親戚か、なんかじゃないのか? 副団長は王女様にぞっこんって聞いたぞ」
「副団長はそうでも、殿下は気乗りしないらしい。わざわざ騎士団が忙しい時期に副団長を友人たちとのお茶会に招いておいて、自分から遠く離れた席に副団長を座らせたらしいぜ。婚約者なのに」
うわ、結婚生活が偲ばれる! 副団長、可哀そう! と騎士たちは、悲壮な声を上げた。わたしも悲壮な声で泣きたい。これぞまさに因果応報。過去の悪行が、今になって己に牙をむくのだ。
「高嶺の花から袖にされて、足元の野草に慰められることもあるだろ? 昨晩、二人が寮に入ったあと、グラシアン様の屋敷から女物のトランクが届けられたんだと。どう見ても、親戚の女じゃないだろ?」
「あの副団長が、女を寮に連れ込んだって!?」
うわぁ! と騎士たちは頭を抱えて、絶叫した。そこまで聞き終わると、わたしは柱から離れて、何事もなかったように歩く。
――放っておけばいい。噂話なんて、そのうち消えるわ。
頭ではそう考えるものの、頬に切り傷を作ったような、ひやりとする嫌な感触を覚えた。
*
あれから一カ月が経ち、事態はおかしな方向へと向かっていた。わたしの悪い勘は当たったのだ。グラシアンの浮気の噂が都中に伝わり、あれよあれよという間に、わたしはどこの誰とも知れない田舎娘に婚約者を寝取られた不幸な王太女にされてしまったのだ。
とはいえ、本当に浮気されたわけではないので、陛下とわたしは変わらず黙秘を貫いている。結婚式を済ませれば、人々も噂があったことなど忘れてしまうはずだ。
カニア侯爵家も静かなもので、侯爵はまだ自分の領地にいた。ただ、コリン一人がキャロル・フォックスの行方を懸命に捜しているらしい。先日、コリンはわたしの侍女のキャロルを呼び出すことに成功したが、彼の記憶にあるメイドと彼女の身長が合わないため、別人と判断したようだ。コリンに悪いが、キャロル・フォックスを探し出すことは永遠に叶わないだろう。
問題は、もともとカニア侯爵家から王子を出す(王太女の婿は王子になる)ことに反対していた高級貴族たちが騒いでいることだった。彼らは、王太女の婿を新たに決め直すことを主張している。代わりの候補者は、隣国バロモンテの第三王子バーソロミュー・エイルマ・バロモンテ。つまり、幼馴染のバルだ。
わたしが彼の名前を聞いて初めに浮かんだのが、火祭りの会場で見た、彼に良く似た後ろ姿だった。
――あれが、本当にバルだったら?
ちなみに、噂の渦中にあるグラシアンは、まだ帰国していない。
――わたし、何かしたかしら?
哀れなメイドのキャロル・フォックスから日記を取り上げて、婚約者に嫌味を言いながら突き返す高慢ちきな王女を演じるつもりでいたのに。
「あの子が職分を超えてわたしの婚約者と接したので、田舎に返しました。もう戻ってくることはないでしょう。一時の戯れとはいえ結婚まえですし、卿の責任は問わないことに致しましょう。もう、この話は終わりです」という件も完璧に練習した。それを目撃した際の、侍女キャロルのチベスナ顔については深く考えまい。
ちょどそのとき、窓の外の鍛錬所から声が聞こえてきた。夏の木陰の下で、数人の騎士が汗を拭いながら一息ついている。
「おい、グラシアン様の噂、聞いたか?」
「ああ。あの聖人みたいな副団長が浮気ってか? いまだに信じられないぜ」
それを聞いたわたしは、心臓が止まりそうなくらい動揺した。
――グラシアンが浮気ですって!?
わたしが聞いているとも知らず、騎士たちはベンチに座り込む。
「それがな、本当の性格はもっと無愛想で横暴らしい。休暇から戻ってきてから、急に人が変わったって、当直のやつが話してたぞ」
「考えてみたら、火のマナの持ち主だしな……あんなに穏やかな性格のはずないよな」
「性格の話はともかく、王太女殿下との結婚を控えて、何でもない相手と浮気するか? 警ら隊のやつらが言うには、人目をはばかることもなくイチャついてたらしいぞ」
確かに、あれだけ人に見られて、噂にならないはずがない。わたしもなんだかんだ言って熱に浮かれて、グラシアンに導かれるまま騎士団の寮に入ってしまった。フランキーが必死になってわたしに隠していたのは、このことだったかもしれない。高台崩落の報告書にキャロル・フォックスの名前が入っていたなら、彼の行動も理解できる。
わたしは柱の陰に隠れて、騎士たちの話に聞き耳を立てる。廊下の窓が開いているのが幸いした。
「ただの親戚か、なんかじゃないのか? 副団長は王女様にぞっこんって聞いたぞ」
「副団長はそうでも、殿下は気乗りしないらしい。わざわざ騎士団が忙しい時期に副団長を友人たちとのお茶会に招いておいて、自分から遠く離れた席に副団長を座らせたらしいぜ。婚約者なのに」
うわ、結婚生活が偲ばれる! 副団長、可哀そう! と騎士たちは、悲壮な声を上げた。わたしも悲壮な声で泣きたい。これぞまさに因果応報。過去の悪行が、今になって己に牙をむくのだ。
「高嶺の花から袖にされて、足元の野草に慰められることもあるだろ? 昨晩、二人が寮に入ったあと、グラシアン様の屋敷から女物のトランクが届けられたんだと。どう見ても、親戚の女じゃないだろ?」
「あの副団長が、女を寮に連れ込んだって!?」
うわぁ! と騎士たちは頭を抱えて、絶叫した。そこまで聞き終わると、わたしは柱から離れて、何事もなかったように歩く。
――放っておけばいい。噂話なんて、そのうち消えるわ。
頭ではそう考えるものの、頬に切り傷を作ったような、ひやりとする嫌な感触を覚えた。
*
あれから一カ月が経ち、事態はおかしな方向へと向かっていた。わたしの悪い勘は当たったのだ。グラシアンの浮気の噂が都中に伝わり、あれよあれよという間に、わたしはどこの誰とも知れない田舎娘に婚約者を寝取られた不幸な王太女にされてしまったのだ。
とはいえ、本当に浮気されたわけではないので、陛下とわたしは変わらず黙秘を貫いている。結婚式を済ませれば、人々も噂があったことなど忘れてしまうはずだ。
カニア侯爵家も静かなもので、侯爵はまだ自分の領地にいた。ただ、コリン一人がキャロル・フォックスの行方を懸命に捜しているらしい。先日、コリンはわたしの侍女のキャロルを呼び出すことに成功したが、彼の記憶にあるメイドと彼女の身長が合わないため、別人と判断したようだ。コリンに悪いが、キャロル・フォックスを探し出すことは永遠に叶わないだろう。
問題は、もともとカニア侯爵家から王子を出す(王太女の婿は王子になる)ことに反対していた高級貴族たちが騒いでいることだった。彼らは、王太女の婿を新たに決め直すことを主張している。代わりの候補者は、隣国バロモンテの第三王子バーソロミュー・エイルマ・バロモンテ。つまり、幼馴染のバルだ。
わたしが彼の名前を聞いて初めに浮かんだのが、火祭りの会場で見た、彼に良く似た後ろ姿だった。
――あれが、本当にバルだったら?
ちなみに、噂の渦中にあるグラシアンは、まだ帰国していない。
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