婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる

文字の大きさ
65 / 74

66.二つ目の心臓石①

しおりを挟む
「私の夫のあとを追って、バロモンテの王宮の塔から身投げした、愚かな女の息子よ」

 陛下の琥珀色の瞳には、バルへの憐憫が色濃く浮かんでいる。黒いドレスの裾を床に広げると、バルと目線を合わせた。

「そなたは突然母親を失い、私は夫の死を穢された。遺される者の気持ちを顧みず自分勝手に命を投げ出した女が、私は憎くてたまらない。叶うなら、あの女が死後の世界で夫を見つけるまえに八つ裂きにしてやりたかった。ただフィリップの死を悼みたいのに、あの女の顔がちらちら浮かんで、いつまでも喪服を脱ぐことができない。――バーソロミュー。そなたと同じ哀れな被害者なのに、どうして私を憎むのだ?」
 
 淡々と紡がれる言葉が、かえって陛下の苦しみを強く伝えてきた。
 一方、秘密を暴かれたバルは歯を食いしばって、陛下をにらみつける。
 
「王配殿下にグレードサラマンダーの心臓石を飲ませていれば、母も後を追おうとは考えませんでした。無理にでも飲ませなかった陛下が、殿下と母の命を奪ったのです。フィリップ殿下の病が癒えることだけが、母の願いだったのに……! どうして叶えてやらなかったんですか!?」
 
 まくしたてるバルには、先ほどの冷静さはもう残っていなかった。その瞳には、強い憎しみと果てのない孤独が垣間見えた。アビゲイルは息子の成長を見守ることよりも、わたしのお父様の死に殉じることを選んだのだ。ひどく自分勝手な行動だ。アビゲイルの世界にはわたしのお父様と自分しかいなくて、バルは文字通り捨てられた。その事実に心が痛むものの、だからといってバルの犯した罪が消えるわけではない。
 
 お父さまが亡くなったのは、わたしが八歳のとき。わたしはグレードサラマンダーの心臓石のことは知らなかったが、陛下がどれだけお父様を愛していたのかは知っている。愛する人が黙って死を受け入れる姿を見たいはずがない。きっと、尽くせる手はすべて尽くしたのだ。
 
 お父様は陛下への愛の証明のために、『幻獣を傷つけることなかれ』という法を守り、陛下はお父様の意思を尊重してグレードサラマンダーの心臓石を飲ませることはしなかった。それが二人の愛の形だったのだ。

 愛しい人を得た今のわたしなら、陛下の気持ちが想像できる。グラシアンがお父様と同じ境遇に陥ったとき、わたしはその衝撃に耐えられるだろうか。もしかしたら、彼には内緒で心臓石を飲ませてしまうかもしれない。そして、飲ませても飲ませなくても、きっと後悔する。
 それを経験してなお、国の柱であり続けた陛下の心の内を推し量ると、わたしは胸をかきむしられるような痛みを感じた。
 
 陛下は、忌々しいとばかりにバルを睨みつける。
 
「あの女は勝手に死んだのだ。こんな禍根を残してくれるなら、あの場で殺しておくべきだった。そなたがこうして、罪を犯すこともなかったのだ。罪状は幻獣グレードサラマンダーの密猟と殺生、心臓石の違法使用、エアロン・オブ・ウィントレッドを含む五名の殺害。我が国なら即刻死刑だが、そなたはバロモンテの王子なのでな。兄君がわざわざ迎えにいらっしゃったぞ」

 垂れ幕のなかから、バロモンテ人と思しき三十代の男性が現れた。瞳の色以外、バルとよく似ている。今は憔悴しきった顔をしているが、バロモンテの王太子に違いない。

「あに、うえ……?」

 まさか祖国から迎えが来るとは思っていなかったのだろう。バルはきまり悪げに視線を外した。
 
「バル。おまえというやつは、なんてことを……。――いいや、わたしたちがもっとおまえの心を気遣うべきだったんだ」
「……今更、何です? 母が亡くなってから、兄上たちは僕を避けたではありませんか。誰も僕の孤独に、寄り添おうとはしなかった」
「あのときは、すまなかった。バルの母君の死の原因が見当もつかず、我々に疑いがかからぬようおまえと距離を置くしかなかったんだ。帰ろう。父上も下の兄もおまえのことを案じている。女王陛下が贖罪の方法はこちらに任せていただけるそうだから」

 王太子の言葉に力はなく、深い悲しみに覆われていた。バルは敗北した現実を認めたくないのか、それに返事をしなかった。

 わたしは一カ月前の火祭りの夜に、バルによく似た後ろ姿を見つけた。その時は何も思わなかったが、のちに取り逃がした密猟団のリーダー『ダニエル』の姿と重ね合わせて、何やら胸騒ぎがしたのだ。後日エルアーの避暑地に問い合わせてみると、たしかにバロモンテの第三王子一行は逗留しているとのことだった。だが、バルは屋敷に籠りきりで、姿を見た者もいない。
 そもそも、バルはバロモンテ王室の出身で、精霊魔法は使えないはず。その証拠に、土精霊の使い手は琥珀色の瞳だがバルは青色。だが、もし彼の母親がルワンド王国の貴族であったなら? 彼の母親の亡くなり方のせいでわたしの夫候補から外されたという話も気になる。
 そして、アビゲイル嬢の日記の件も気がかりだった。グレードサラマンダーの心臓石に詳しい『ダニエル』がアビゲイルと無関係だとは到底思えなかったのだ。
 
 わたしは、それを女王陛下に相談した。陛下はわたしにあの日記帳のPとAが実はお父様と陛下であること、処刑するはずのアビゲイルをお父様の嘆願で逃したこと、アビゲイルが運よく隣国の国王に保護され、側室に収まったこともすべて話してくれた。陛下はグラシアンをバロモンテに遣わし、国王と王太子にバルの罪の探求と捕縛後の処遇を求めたのだ。
 陛下は、大貴族たちの方を向くと高々と声を響かせた。
 
「皆の者、話を聞いたか? この度のこと、私にも責任の一端がある。アビゲイルを処刑しなかったのは、私とフィリップの過ちだ。ゆえに責任を取って、王太女に王位を譲りたいと考えておる。異論のある者は、ただちに述べよ」
 
 ――ちょっと待って、ちょっと待って! 陛下は何を言っているの?
 
 皆が突然のなりゆきに言葉を詰まらせたが、一番驚いているのは間違いなくわたしだ。寝耳に水とはこのことで、慌てて陛下の足元に膝をつく。

「お待ちください! わたしはやっと成人したばかりで、まだまだ修行が必要です。陛下のお導きがなければ、王になることはとうてい不可能です。どうか、思い直してください!」

 陛下は顎を指で触りながら私を見下ろしていたが、おもむろに朱唇を開いた。
 
「アリスが王位に慣れるまで、私は上王として政治に携わろう。それでよいな?」

 ――どうしよう。

 怖い。わたしはこれまで勉学に励んで、この国と世界について知っているつもりでいた。だが、一週間の休暇で王宮の外のことは何も知らないと気づかされた。そんなわたしに何ができるだろう。民からの期待に応えること、国を背負うこと。わたしの決定一つで、人の命が左右される。怖い、たまらなく怖い。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

処理中です...