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67.二つ目の心臓石②
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そのとき、グラシアンが、わたしの手をぎゅっと握ってくれた。頭をあげると、優しい笑顔に頷かれる。言葉はなくとも、彼もわたしの選択に寄り添ってくれるという意思が伝わってきた。
――結婚するということは、生涯同じ道を歩んでくれる人ができるということなんだ。
わたしは人生の大事な場面でそれを自覚して、胸の内が喜びにあふれかえる。
尻込みしているばかりでは、話は進まない。いつかは、わたしも女王になる。それが早まっただけだ。幸いなことに、お母様がいてグラシアンがいる。二人がいてくれるのに、どうして躊躇う必要があるのだろう? 学びながら歩んでいけばいいのだ。
「女王陛下。わたしのすべてを国に捧げます。グラシアンと共に」
「ありがとう。無事に大人になってしまったな、アリス」
陛下がいつもはきりっとした琥珀色の瞳を潤ませ、わたしを抱きしめる。突然のことに驚いたものの、わたしはこわごわと陛下の背中に手をまわした。
――お母様のぬくもり。
遠い記憶に紛れていたものを、久々に感じた気がする。八歳の時にお父様を亡くして、陛下は国政に埋没し、わたしとの時間が取れなくなった。もちろん、わたしの周りには家庭教師や侍女たちがいたから寂しくはなかったが、ときおり無性に『お母様』が恋しかったのだ。
――あったかい。
知らずに乾いていた心が、今この瞬間に満たされるようだった。
ひとしきり抱擁し合い、わたしから離れた陛下が、グラシアンを振り返る。
「私の娘をよろしく頼む、婿殿」
「この命に代えましても、生涯アリス様をお守りします」
グラシアンが、腰を折って礼を取る。まだ実感が湧かないが、わたしはこうして近々新しい女王になることが決まったのだ。
「新女王の戴冠を臣下一同を代表して、お喜び申し上げます!」
グーデン侯爵が慶事を知らせると廷臣たちが復唱し、それまで物々しかった広間が一気に喝采に溢れた。その様子を見ながら、何もかもうまくいったかのようにすら思えた。だが、それは幻想でわたしたちは大切なことを見落としていたのだ。
そのとき、ガリッと何かを噛み砕く音がした。不思議なことに喝采のなかでも、その音は大きく響いた。悪い予感がしたのかもしれない。
わたしたちが音の発生元を振り返ると、バルが口から血を垂れ流して笑っていた。
「はははっ! そうだよ、アリス。君の言うとおりだ。僕は母を死へ追いやったこの国の全てをめちゃくちゃにしたいんだ。結婚してから君を意のままにして、すべてを破滅に追いやるつもりだった! だけど、やり方は一つじゃない!」
下半分を赤く染めた顔は、狂気に歪んでいた。バルの口から紅い破片が、サラサラと落ちてくる。それが、赤い宝石のようだと思ったときにはすべてが遅かった。笑っていたバルが目を開けたまま静止し、次には天井に向かって絶叫する。
「うわああああっ!」
――バキバキバキッ!
彼の四肢を縛る鎖が砕け、緑色の光は霧散した。その全身から赤い瘴気が立ち上っている。四神官が慌てて封じ込めの術をかけようとするが、かけ直すには時間がかかりすぎる。
陛下が手を広げ、声をあげた。
「皆、退けっ! 人間の身体に、二つ目の心臓石は耐えられない! 王子は私たちを巻き込んで、自滅するつもりだ! 早く逃げろっ!」
バルの地のマナが暴走して、城全体がドンッと大きく揺れた。廷臣たちが床に投げ出される。グラシアンが支えてくれなければ、わたしも倒れるところだった。
「バルっ! なぜだ!? 国に帰るんじゃなかったのか!?」
駆け寄ろうとしたバロモンテの王太子を護衛たちが止める。数人が扉を開けて出て行ったが、他の者たちは大きな揺れに身動きが取れず、逃げようにも逃げられない。このままでは、王宮が崩壊してしまう。どれだけの人間が傷つくか。
――わたしが、みんなを守らないと。
最上級の癒しのマナなら、バルを止められるかもしれない。
――最悪、わたし一人が犠牲になれば。
迷っている暇はなかった。だが、飛び出そうとしたわたしの腕は横から掴まれ引き戻される。驚くわたしの目の前で、白いローブの裾がゆっくりと翻った。
――グラシアン!?
建物が揺れるなか、彼はまるでそれを感じていないかのようにまっすぐ進み出ると、バルに覆いかぶさる。
――結婚するということは、生涯同じ道を歩んでくれる人ができるということなんだ。
わたしは人生の大事な場面でそれを自覚して、胸の内が喜びにあふれかえる。
尻込みしているばかりでは、話は進まない。いつかは、わたしも女王になる。それが早まっただけだ。幸いなことに、お母様がいてグラシアンがいる。二人がいてくれるのに、どうして躊躇う必要があるのだろう? 学びながら歩んでいけばいいのだ。
「女王陛下。わたしのすべてを国に捧げます。グラシアンと共に」
「ありがとう。無事に大人になってしまったな、アリス」
陛下がいつもはきりっとした琥珀色の瞳を潤ませ、わたしを抱きしめる。突然のことに驚いたものの、わたしはこわごわと陛下の背中に手をまわした。
――お母様のぬくもり。
遠い記憶に紛れていたものを、久々に感じた気がする。八歳の時にお父様を亡くして、陛下は国政に埋没し、わたしとの時間が取れなくなった。もちろん、わたしの周りには家庭教師や侍女たちがいたから寂しくはなかったが、ときおり無性に『お母様』が恋しかったのだ。
――あったかい。
知らずに乾いていた心が、今この瞬間に満たされるようだった。
ひとしきり抱擁し合い、わたしから離れた陛下が、グラシアンを振り返る。
「私の娘をよろしく頼む、婿殿」
「この命に代えましても、生涯アリス様をお守りします」
グラシアンが、腰を折って礼を取る。まだ実感が湧かないが、わたしはこうして近々新しい女王になることが決まったのだ。
「新女王の戴冠を臣下一同を代表して、お喜び申し上げます!」
グーデン侯爵が慶事を知らせると廷臣たちが復唱し、それまで物々しかった広間が一気に喝采に溢れた。その様子を見ながら、何もかもうまくいったかのようにすら思えた。だが、それは幻想でわたしたちは大切なことを見落としていたのだ。
そのとき、ガリッと何かを噛み砕く音がした。不思議なことに喝采のなかでも、その音は大きく響いた。悪い予感がしたのかもしれない。
わたしたちが音の発生元を振り返ると、バルが口から血を垂れ流して笑っていた。
「はははっ! そうだよ、アリス。君の言うとおりだ。僕は母を死へ追いやったこの国の全てをめちゃくちゃにしたいんだ。結婚してから君を意のままにして、すべてを破滅に追いやるつもりだった! だけど、やり方は一つじゃない!」
下半分を赤く染めた顔は、狂気に歪んでいた。バルの口から紅い破片が、サラサラと落ちてくる。それが、赤い宝石のようだと思ったときにはすべてが遅かった。笑っていたバルが目を開けたまま静止し、次には天井に向かって絶叫する。
「うわああああっ!」
――バキバキバキッ!
彼の四肢を縛る鎖が砕け、緑色の光は霧散した。その全身から赤い瘴気が立ち上っている。四神官が慌てて封じ込めの術をかけようとするが、かけ直すには時間がかかりすぎる。
陛下が手を広げ、声をあげた。
「皆、退けっ! 人間の身体に、二つ目の心臓石は耐えられない! 王子は私たちを巻き込んで、自滅するつもりだ! 早く逃げろっ!」
バルの地のマナが暴走して、城全体がドンッと大きく揺れた。廷臣たちが床に投げ出される。グラシアンが支えてくれなければ、わたしも倒れるところだった。
「バルっ! なぜだ!? 国に帰るんじゃなかったのか!?」
駆け寄ろうとしたバロモンテの王太子を護衛たちが止める。数人が扉を開けて出て行ったが、他の者たちは大きな揺れに身動きが取れず、逃げようにも逃げられない。このままでは、王宮が崩壊してしまう。どれだけの人間が傷つくか。
――わたしが、みんなを守らないと。
最上級の癒しのマナなら、バルを止められるかもしれない。
――最悪、わたし一人が犠牲になれば。
迷っている暇はなかった。だが、飛び出そうとしたわたしの腕は横から掴まれ引き戻される。驚くわたしの目の前で、白いローブの裾がゆっくりと翻った。
――グラシアン!?
建物が揺れるなか、彼はまるでそれを感じていないかのようにまっすぐ進み出ると、バルに覆いかぶさる。
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