婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる

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68.へたくそ①※

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 瘴気と魔法陣の光が絡み合うなか、グラシアンとバルの争う声が聞こえた。

「はなせ! ……お前とだけは心中したくない!」
「あたりまえだ! 自分に勝ち目がないからと人の女を道連れにしようとするな、このDV野郎っ!」

 何度かもみ合い、グラシアンがバルを地面に押さえつけて、ついには背中に乗りあげる。途端、バルから立ちのぼっていた赤い瘴気が、グラシアンの身体に吸収されていく。それに伴って揺れも治まり、床に手をついていた臣下たちもよろよろと立ちあがった。
 静まり返った室内で、全ての視線がグラシアンとバルに集中している。だが、二人は折り重なったまま、ピクリともしなかった。
 
「グラシアン!」
 
 わたしとコリンが弾かれたように近寄って、二人でグラシアンをそっと仰向けにする。下になったバルは何故か白髪になっていて、バロモンテの王太子たちが介抱し始めた。

「しっかりしろ、グラシアン。大丈夫か?」
「ぐ……っ」
 
 彼の意識はなく、その顔は苦悶に覆われている。バルと接していた上着の正面は火で燃やされたかのように煤でボロボロになり、その隙間から覗く皮膚もやけどを負っていた。力なく投げ出された両の掌も、赤く皮膚がめくれあがっている。

「グラシアン! どうして……っ!」

 わたしは、その場で声を詰まらせた。

 *
 
 グラシアンを寝室に移し、わたしは神官たちと協力して彼を治療する。やけどは無事に治り回復を待ったが、彼はまるで息をしていないかのように昏々と眠っていた。
 
――どうしよう。全然目が覚めないわ。

 いつも暖かいはずのグラシアンの手が、ずっと冷たい。寝台の横で固まるわたしに、先ほどバルを抑え込んでいた神官の一人が説明してくれた。
 
「グラシアン卿の火傷は、バーソロミュー王子の瘴気に触れたせいでしょう。そちらは殿下の治療で事なきを得ました。卿が目を覚まさないのはグレードサラマンダーの心臓石を体内で押さえつけているからです。卿の生来のマナの容量は平均の三倍。通常なら内側から爆発するところを、自身のマナに心臓石を抑え込んでいるのです。ただ……――今、方法を探っておりますが、卿がいつ目を覚まされるのか、わたしたちにもわかりません。目を覚ませば、身体のなかから心臓石の一つでも取り出せるかもしれませんが、もしかしたら」
「ありがとうございます。引き続き、方法を探ってください」
「はい、誠意を尽くします」
 
 もしかしたら、このまま目覚めないかもしれない。そう言われるのが怖くて、わたしは神官の話を遮ってしまった。グラシアンがこのまま目覚めなかったら、どうしたらいいのか。そんなこと万が一にも考えたくなくて、両手で顔を覆う。お母様にはお父様しかしなかったように、わたしには彼しかいないのに。

 ――彼がいなかったら、生きていられない。
 
 今まで感じたことのない、身を引き裂かれるような痛みを全身に覚えた。グラシアンという伴侶を得たのに、確実にわたし自身は脆くなっている。
 
 バルは自爆を免れたものの、二つ目の心臓石を取り込んで身体がぼろぼろになり、マナも心臓石に吸い取られてしまった。皮膚から水分を吸いあげられ、髪は真っ白になり、しなびた老人のように変わり果てていたそうだ。彼は生きながらにして自らの罪を償い、残り少ない人生をバロモンテの地で過ごすだろう。
 わたしが、バルのことで思考を費やすのはここまでだ。気合を入れようと顔を上げたとき、部屋の窓をコンコンと叩く音に気が付く。
 
「アンバー?」

 キャロルが気を利かせて窓を開けると、小さなグレードサラマンダーが飛んできた。部屋にいた神官や侍女たち、侯爵たちは初めて見る赤い幻獣に驚きを見せたが、その愛らしさにすぐに警戒を解く。アンバーはグラシアンの上を周遊すると、最後はわたしの目の前に着地した。

「ピィー!」
 
 幻獣の小さな手と長く伸びた舌が、わたしの頬を辿る。くすぐったくて、あったかい。

「あなたの主人が目を覚まさないわ。どうしたらいいのかしら」

 束の間アンバーに癒され、気の緩みから弱音を吐いてしまった。すると、幻獣は何を思ったか、突然グラシアンのボロボロになった上着を四本の指で羽織る。小さなアンバーの身体では今にも滑り落ちそうだ。

「ピィ!」
 
 アンバーは、わたしにぎゅうぎゅうと抱き着いてくる。おそらく、わたしを元気づけようとしてくれているのだ。

「ありがとう。そうだね、こういうときこそしっかりしないと」
「ピーッ!」
 
 グレードサラマンダーはトカゲのような尻尾を不満げに逆立てる。それで私を慰めるのではなく何かを伝えようとしていたとわかったものの、わたしはアンバーとは意思疎通ができないのだ。

「ここに、火のマナの持ち主はいますか? アンバーの通訳をしてほしいのですが」
 
 わたしは、周囲を見回す。良かった、火の神官や目の赤い高位貴族も残っていた。

「殿下、わたしめがお引き受けします」

 進み出たのは、エンジ色の瞳を持つグーデン侯爵。彼はアンバーを抱きたいのか両腕を広げてみせた。小さな幻獣は人気者だ。アンバーはグーデン侯爵の腕のなかに収まると、大きな目を閉じて眉間に皺を寄せる。会話するというよりは、念でも送っているような動きだった。

「これは……」
「ピィー」
「アンバーは何と言っていますか?」

 グーデン侯爵は咳払いをして、困惑気に周りを見回した。次に腕のなかのアンバーを見下ろして、最後にもう行き場がないと諦めて、わたしと視線を合わせる。

「ここで申し上げてもよろしいですか? 殿下」
「はい。わたしは、グラシアンを目覚めさせる方法を一刻も早く知りたいのです」

 侯爵はもう一度、咳払いをした。
 
「では、申し上げます。幻獣殿が語るところ、『殿下とグラシアン卿が男女の営みをすれば、グラシアン卿は目覚める』と」

 それを聞いた神官や医師たちが、一斉に作業と会話を止めた。室内は時間が止まったように誰一人として微動だにせず、窓の外の小鳥のさえずりだけが白々しく室内に響く。

「なんですって……?」

 ――私とグラシアンが……、男女の営み? なんでそうなるのよ!?

 部屋全体が固まっているところに、何故か折よく陛下が入ってきた。
 
「ハハハ。聞いたぞ、アリス。同衾すれば、グラシアンの意識が戻るのであろう? はよう致せ。グラシアンはこのまま死なせるには惜しいだ。そして、私は一刻も早く、孫が抱きたいぞ」

 ――ちょっと、この人。どこから突っ込んでいいかわからないんですけれど。そもそも、わたしはまだ処女だし! 結婚前だし!

「陛下……」
「なんだ? 朝からべたべた体中を触ったのであろう? もう一度触ってこい。この母が許す」

 豪快なコメントに、わたしを含めて誰も突っ込める人がいない。それで万事解決したような流れになり、緊迫していたはずの室内に何故か生暖かい空気が漂った。部屋にいた神官や侯爵たちも、もう自分の仕事はないと帰り支度を始めているではないか。

「お召し物は、いかがいたしましょう? ここはひとつ、殿下の可憐さを際立てるものを」
「こんな急でなければ、ベッドに薔薇の花びらを撒くのに。代わりにキャンドルを焚きましょうか」

 キャロル以下侍女たちは、これから始まる初夜の用意に早くも色めき立っていた。コリンがわざとらしく、ネクタイを正す。
 
「殿下。弟をどうかよろしくお願いします。ぜひ、殿下の尊いお力で目覚めさせてください」

 わたしがキャロル・フォックスとして、屋敷に忍び込んだ腹いせだろうか。若干笑いを含んだプリン顔が不愉快だ。思えば、コリンは王太女でない素のわたしを知っている。この補佐官のパンツや靴下を洗ってやる羽目にならなくてよかった。
 
 この部屋の空気は、どうしてこんなに緩んでいるのだろう。わたしが失敗すれば、グラシアンはこのまま目覚めないのに。まるで、絶対失敗しないという確信があるかのようだ。
 そこで、わたしははっとした。グラシアンが騎士団の寮でのことを話したから、わたしたちがとっくに結ばれていると皆は勘違いしているのだ。誤解を解かなくては口を開きかけ、やっぱりと言葉を止めた。最後の一線を超えていないからといって、わたしたちが結ばれていないと言い切れるものだろうか。あれは男女の仲以外のものができる行いではない。そして、皆の誤解を解いたからといって、グラシアンを目覚めさせる他の方法がすぐに見つかるだろうか。
 わたしは、心を決めた。
 
「あなたたち、わたしが呼ぶまで下がっていて。――キャロル、ディンチ侯爵夫人を呼んできてちょうだい」
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