出戻り令嬢は馭者台で愛される

柿崎まつる

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出戻り令嬢は馭者台で愛される

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 ソフィは激怒した。
 必ず、かの元夫に鉄槌を下さねばならぬと決意した。ソフィには政治が分からぬ。ソフィは、しがない没落貴族の娘である。お茶を飲み、刺繍をして暮らして来た。けれども不貞に対しては、人一倍に敏感であった。


 彼女は晩餐会も半ばでハムス公爵家の邸宅を辞すと、千鳥足で階段を下りる。

「ゾア伯爵令嬢、どうかお気をつけて……っ」

「ありがとぉ。あなたも良い夜を……――あっ」

 屋敷のフットマンの掛け声もむなしく、ふわっと宙を飛んだ。視界が反転する前に、逞しい腕にポスンッと支えられる。

「お嬢様、しっかりしてください。転びますよ」

「あらぁ……セレスタン」

 顔を上げれば、ちょっといないぐらいの男前が彼女を抱きとめていた。歳は二十五、六歳。波打つ金髪にアイスブルーの瞳。鼻筋は通り、薄い唇は少々軽薄そうだ。そこがまた彼の魅力なのだが。シンプルな黒い馭者服が、百八十センチを超える体躯を際立てている。

 慣れ親しんだ使用人を見つけて、ソフィの強がりが一気に崩壊した。彼女は子どものように、セレスタンの首にしがみつく。

「あの人……あの人……」

 怒りと傷心で、声まで震えるではないか。

「元の旦那様ですか?」

「そう、ひどいのよぉ……わたしと結婚していた時から別の女と付き合っていたらしいのよぉ……っ」

 子が出来ないことを理由に一カ月前離縁されたソフィは、新たな結婚相手を求めて公爵家の晩餐会に出席する。なんと、そこに元夫が新しい妻を伴ってきたのだ。しかも、ソフィより若くて家柄の良い妻を。

 彼女は怒りのあまり、ホールの隅で酒を呷った。目をつけていた独身の出席者に声をかけるつもりだったが、それどころではない。

 セレスタンは三角帽を外すと、黒い革手袋の左手で前髪をかきあげた。

「お嬢様。ともかく中に入ってください。――ここは」

 それから、自分の腕にぴったりとひっつく令嬢に、ため息をつく。

「馭・者・台・ですから」

「いいじゃない、一人で真っ暗な馬車のなかに居たくないわ。惨めで死んじゃいそう」

 ソフィはぐずっと鼻をすすった。シフォン巻きにした茶色い髪が映えるよう、今日は白いエンパイアドレスを纏っている。カシミヤのショールもなく、秋の夜風が身に染みるのだ。

「はぁ……もう、出発しますよ。くれぐれも落ちないでくださいね」

「分かってるわ。……あなたの身体、すごく温かいわね。……それにとっても逞しい……」

 ソフィが筋肉の張った腕を頬を付けていると、次第に眠くなってきた。セレスタンが、盛大なため息をついて独り言ちる。

「本当に分かっているのか……この酔っ払いお嬢様は」

「何か言った……?」

「なんでもないです」

 ソフィは、三角帽子を目深に被り直す馭者の様子にうっとりする。美しいものはすべからく癒しなのだ。

 元夫のエドモンとは、政略結婚だった。歴史だけはある傾きかけた伯爵家と、新興貴族の男爵家。少なくとも最初は上手くいっていた。だが、彼は一年もしないうちにソフィに冷たい態度をとるようになる。

 ――今さら、浮気されていたことに気が付くなんて……っ。

 月明かりに灯された馬車は、ゆっくりと進んでいた。彼女は溢れてきた涙を手の甲で拭う。

「……一度でいいから、男の人に思いっきり愛されてみたい」

 離婚されてから、誰かに漏らす初めての愚痴だった。

「お嬢様……」

「わたし、まだ二十一歳よ。このまま、女として誰にも愛されることなく枯れてしまうなんて嫌……」

 ソフィは一人っ子だ。自分でゾア伯爵家を継ぐことも出来るが、領地経営や政治の勉強はトンと頭に入らなかった。女伯爵ではなく、伯爵夫人になるしかない。

 そのとき、ソフィの視界がぐらりと傾く。

「危ない……っ!」

 逞しい腕に、左肩を抱えられた。危ういところを救われ、ソフィは頼もしさと安心を覚える。気が緩んだせいか、急に頭がくらくらしてきた。

「セレスタン、わたし……酔ったみたい」

「一目瞭然ですけれど。寝るんなら、今すぐ荷台に移ってください」

「いやよ。……独りにしないで」

 真っ暗な場所に一人で置かれると、気持ちが滅入ってしまう。

 規則的な鐙あぶみの音だけが支配するこの時間、晩餐会では感じられなかった安らぎが胸を満たしていた。離縁してわずか一カ月、ソフィの心は騒がしい場に耐えられるほど癒えてはいなかったのかもしれない。

 色男の馭者は、ソフィを片腕に抱えたまま手綱を握り直す。

「……はぁ。俺の膝の上に移動してください。腕は俺の首に絡めて」

「こう……?」

 男女が向かい合ってキスする姿勢そのものだ。

 ――キスしたら、セレスタンは驚くかしら?

 酔っぱらうと、つい不埒なことを考えてしまう。

「いい香り」

 ソフィは男の胸に顔を埋め、囁いた。

「お嬢様は酒臭いですよ」

「それに、どこもかしこも大きくて硬くて……あの人とは大違い……っ」

 逞しい喉仏が、ごくんっと上下する。ソフィは楽しくなってそこに鼻先をすり寄せた。

「お嬢様。……お願いだから、刺激しないで」

 馭者の切実な嘆願が聞こえてきたが、他に気がとられている彼女の意識は引っ張られない。

「あの人……いつから不倫してたのかしら? 周りの人も慣れてる感じだったわ」

 夫人の代わりに新しい恋人を晩餐会に伴う。エドモンがそんな存在として知れ渡っているなら、妻のソフィはいい笑い者だったはずだ。

 馭者台より座り心地の良い男の膝に、より安心を得ようと身体を密着させる。ドレスの裾が膝までめくりあがったが、レディの品格より安全を選ぶことにした。

「別れる前の主人ね……わたしを『石女うまずめ』って罵ったの。……どうせ捨てるつもりなら傷つけずに捨ててほしかった」

 思い出すだけで、胸がつぶれそうだ。

「お嬢様……」

 わずかな言葉に籠る、労りの響きに涙が零れた。ソフィは、馭者の胸でそれを拭う。

「ごめんなさい。しんみりしちゃった。――セレスタンは、結婚しないの?」

「縁談は来ますよ。ただ、俺は今の仕事辞める気ないんで」

 背が高くて力持ち、頭が良くてハンサムで愛想の良いセレスタンには、商家の婿養子の話が数多く来る。正直数年前まで貧乏貴族だったソフィの屋敷で進んで執事代理から馭者まで一人何役とこなしたうえに、領地改革や財政再建を主導した彼の気持ちが分からない。聞いてみたいが、聞いたら突然いなくなってしまいそうでできないままだった。ソフィは、話題を変える。

「あなたは、昔から初恋泥棒だったわね」

「女の子は、必ず一度は俺に惚れますからね」

 茶目っ気を帯びて言われると、少しだけ元気が出てくる。逞しい上半身から振動が伝わって、彼も笑っているのが分かった。

「わたしも、そのうちの一人だったわ……」

 過ぎた日々は美しく、決して戻れない。感傷に浸っていた彼女は、突然早鐘を打つ鼓動をいぶかしく思った。

 ――わたしのじゃなくて、セレスタンの心臓の音?

 そのとき、彼がどう、どうと馬の手綱を引く。周りの影から察するに、屋敷についたわけではないようだ。ソフィは頭を上げた。

「どうしたの?」

 馬車が停まってから尋ねる。

「その話、本当ですか?」

「……もちろんよ。あなた自分で言ったのよ? ……女の子は自分に一度は惚れるって」

 ソフィは言い切ってから、急に恥ずかしくなった。酔ってこれでは、明日の朝は布団から出てこれないくらい悶えるに違いない。

「ちなみに、今はどうですか?」

 相変わらず、彼の胸の鼓動は速かった。ソフィの心臓も引きずられ、早鐘を打ちはじめる。

「あ……あなたには感謝しているわ。私がお嫁に行っている間、我が家を立て直してくれて。セレスタンがいなかったら、父も母も今頃路頭に迷っていたわ。……もちろん、わたしもだけど」

 出戻ってきたら、我が家も領地も潤っていた。ソフィも家のために結婚したのに何も貢献できずに終わったのとは、えらい違いだ。

「そうじゃなくて、初恋の話ですよ」

 当のセレスタンは自分の手柄に興味がないようだ。

 ――何故、終わった恋の話をしているの?

 ソフィはぐるぐると酔っぱらった頭で、かつて自分を納得させた言葉を紡ぐ。

「この国では、貴族は貴族としか結婚できないの。子どもじゃないんだから、とっくに諦めたに決まっているでしょ?」

 接している男の太ももがやけに熱く硬いように感じたが、気のせいだろう。

「……今は金さえあれば、下級貴族の爵位ぐらいは買えるんですよ」

「そうね。エドモンの家も商売を広げるために、お義父様が男爵位を買ったのよ。――それがどうかして?」

 気になって顔を上げた途端、彼女は息を呑んだ。

 帽子の下の赤くなった目元、ソフィを見下ろす濡れたような瞳。わずかに乱れた呼吸。そのうえ、激しい動悸と硬くなった下肢とくれば。

 ――もしかして、セレスタン。今、欲情しているの?

 気が付いた途端、ソフィは気もそぞろになる。男の熱い息が耳にかかって、彼女の頬が熱くなった。酔った頭の中で、ようやく自分と男の距離感に気づく。

「わたし、そろそろ荷台に――」

「お嬢様、一度試してみたい交わり方があるんですが」

「まじわ……?」

「お嬢様と試しても、いいですか?」

「試す? ……なにを?」

 彼が何を言っているのか、わからない。分かるのは、ソフィは今ここにいるべきではないということだ。彼の太腿から降りようと膝をいざらせたときだった。

「お嬢様の願いも、同時に叶えて差し上げますから」

「ねが――……きゃあっ」

 彼は手綱を一旦離すや、左腕でソフィの尻を持ち上げた。慌ただしく自分の前を解きながら、左手で彼女の下穿きのクロッチ部分を端に寄せる。

 ――まさか、まさか……っ!

 信じられないことが起きようとしていた。

「待って、セレスタン……っ」

「思いっきり愛して差し上げますから」

 膣口に照準を合わされ、ずぶずぶ……っと天柱を咥える形で降ろされる。その途端、全身が強烈な快楽に貫かれた。

「ふっ……っ!」

 両肩がビクッと震え、首がのけ反る。飲み込むときにカリの部分が引っ掛かって、蜜口をグイッと広げた。セレスタンは彼女の尻を何度か上下させ、湧き始めた愛液に自分を馴染ませた。とはいえ、膣道を開いていく圧迫感がひどい。未知の重量に、ソフィの脳味噌が混乱を極めた。

「ああぁ、あ、あ……んっ!」

「はぁ……お嬢様。すごい締まる……っ」

 セレスタンの恍惚とした声が耳を掠め、そのせいで彼の形が分かるほど膣襞が収縮を繰り返す。無理やり挿れられたのに、ソフィの身体が早くも反応していた。元夫とは圧倒的に違うサイズ感だった。

「はぁ、あなた。なんてことを……っ」

 彼女は出戻りの令嬢で、一応セレスタンの主人の一人だ。いくら初恋の相手と言っても、許されるものか。抗議の声を上げようとしたとき、ギュッと頭を押さえられる。

「シー。静かに……」

 男の肩越しに、すれ違う馬車のランタンが見える。生きた心地がしなかった。セレスタンが手を上げて挨拶すると、すれ違う馭者が人の悪い顔を浮かべる。しかし、顔を伏せるソフィは気が付くことはなかった。

「セレスタン、あなた……――あ、あん……っ」

 漏れ出た嬌声に、慌てて口を押える。抗議しようにも長く太い楔に貫かれ、正常な思考ができなかった。セレスタンも感じているのだろうか、ランタンに照らされる顔は赤みを帯び、滴るような色気を纏っていた。ソフィの下腹がぞくんっと収縮する。

「く……っ――お嬢様、しっかり掴まって」

「え……!?」

 ――この人、何を考えているの!?

 あろうことか、セレスタンは馬の尻に鞭を当てたのだ。馬の脚が速足になり、身体が前に引っ張られる。ソフィはセレスタンの身体にしがみつくしかなかった。

「お嬢様、あんまり締めつけないでくれますか? ……俺、長く楽しみたいんですけど」

「あなた、自分が何をしているか、分かっているの……っ!? きゃああっ」

 車輪が石を踏んだのか、身体が一瞬浮いた。着地と共に、セレスタンの根元までグイッと押し込まれる。膣奥を刺激されて、ソフィの背中がのけ反った。視界の隅がチカチカと光り、急激な快楽が絶頂をもたらす。

「あんん、んんん――っ!」

 ソフィは強烈な気持ちよさに、夜道に嬌声を散らしてしまったのだ。

「挿れるときは柔らかいのに、すぐに絡んできて締めてくる。……はぁ。お嬢様、こっちまで引きずられるところでしたよ……」

 彼女は快楽に耐える男の声で我に返る。あまりにも信じがたい出来事だった。

 ――恥ずかしくて、どうかなりそう……っ!

 男の胸から周囲を窺ったが、夜道を歩いている者はいなさそうだ。

「セレスタン……もう、辞めて……っ、馬車を止めて……っ」

 イッたのに止めてくれなくて、馬車の揺れが止めるところのない快楽を送り込んでくる。

「俺が……まだイってないんです」

 男の声から滴るような色気が、漏れ出ていた。それが自分の体内に彼の一部が挿っているからだと思うと、恥ずかしくてたまらない。

「や、だめ……離して……っ」

 何故、女性と交わったまま馬車を走らせたがるのか。どうかしている。ソフィは一刻も離れたいのに、馬車から落ちたくなくて、結局彼にしがみつくしかなかった。

「はぁ……早くお嬢様を抱き締めたい」

 彼の恍惚とした声音と、車体の揺れに合わせた深い抽送に膣襞がうねった。

「ああ……、んあ……ああぁ……っ」

「カーブに差し掛かると、お嬢様のアソコがギュッと締まって、搾り取られそうですよ……っ」

 呆れた馭者だ。だが、ソフィもどうかしている。この状況下でも、忠実に気持ちよさを拾っていた。

 ――こんなの味わったことない……っ!

 危ないことをしていると分かっているが、それがむしろ快楽を深める。

「あ、やぁ……んん……っ、ああ、ん……っ」

 車体の揺れに合わせて、ひっきりなしに嬌声が出る。ところどころで小石を踏んで、その度に膣襞が彼に絡みついて、吐精を促した。

「んっ……ふっ……あ……っ、やぁ……っ!」

「はぁ。その声、腰に来る」

「あふぅ……あんっ! だめぇ……っ」

「お嬢様の、小さな口、キスで塞いでやりたいのに。はぁ……もどかしいな」

「あ、やだぁ、前見てぇ……っ」

 漏れ出る声が止まらない。真夜中で、誰ともすれ違わないのは幸いだった。

 快楽に身体が溶けそうだ。二人が結合した場所が、いつの間にかぐちゅぐちゅっと音を立てていた。

「ふ、やらしい。……お嬢様、気持ちいいですか?」

 認めるのは癪だけど、セレスタンの太くて長い肉棒が膣内を掻きまわすのが気持ち良くてたまらなかった。首を伸ばせば触れそうなほど近くに、彼の唇がある。

 ――キスして欲しい。

 整備された道路が続いたのだろうか、不満げなセレスタンは手綱を握りながら、自分の腰を振った。ソフィの身体が一瞬宙に浮いたと思いきや、愛液でぐちゃぐちゃな最奥が満たされる。

「はっ、ああ、んん……っ!」

 自重で彼を奥まで飲み込んで、ソフィは背中をのけ反らせた。

「んっ! 気持ちいい……っ、……ああ、……んああ……っ」

「お嬢様、俺も気持ちいいですよ。お嬢様のなか、最高です」

「ああっ、んふ……ぅ」

 彼女は、無意識にぐりぐりと腰を回す。潤った蜜壺が硬く筋の張った男性器に掻きまわされ、ぐにゅぐにゅと卑猥な音を立てた。その途端、膣なかに収まっているセレスタンが膨張したような気がする。終わりが近づいていた。

「あ、もうダメ……っ」

 ――こんな場所でイったら、ダメなのに!

「ヒヒンッ!」

 そのとき、セレスタンが急に手綱を引き寄せたのか、馬がいなないた。

「はぁ……、俺も……もうっ」

 彼の余裕のない声が、彼女の胸をかき乱す。膣の収縮が激しくなって、頭のてっぺんから足の先まで快楽に溺れた。絶頂はそこまで来ている。

「あ、だめ……気持ちいいの、またきちゃう……っ!」

「……ソフィ……っ!」

 名を呼ばれ、最後の一突きで、ソフィの頭の奥が霞み官能の極みに達した。

「あああああん……っ!」

「く……っ」

 膣奥で温い感触を覚え、セレスタンも達したのだと分かる。彼女のの最奥が痙攣して、ダメ押しとばかり彼を何度も喰い絞めた。気が付けば、夜の静寂にお互いの乱れた呼吸だけが聞こえる。

 ソフィは、絶頂の余韻に浸っていた。何も頭が働かない。下着も解かず、繋がったままの下半身。白のエンパイアドレスに互いの体液が付着して、挙句に皺になっていた。真夜中の馭者台でことに及んだという破廉恥な状況のなか、ソフィはしっとりと男の胸に頬を寄せる。

 セレスタンが彼女の腰を持ち上げると、ぬるっと萎えた男性器が抜け出てきた。ソフィは、それに微かな失望を覚え、息を吐く。

 どうやら、馬車は大きな公園の馬車止めに停まったようだ。辺りは真っ暗で、他に馬車はない。

「ごめんな、急に止めて。悪かったな……ごめん、これからは気を付けるよ」

 セレスタンは馬に話しかけながら、鬣を撫でていた。ソフィは、ハミ環にチェーンの引き輪を止める彼をぼうっと見る。彼はポケットからブロックされたニンジンを取り出すと、馬の口に押し込んだ。その彼がソフィの顔を下から覗く。

「そんな目で、俺のこと見ないでください。……足らなかったんですか?」

 指摘されると、あからさまな自分の反応に恥ずかしくなる。熱くなった顔をそむけた。だが、ソフィは言い返さない。月明かりとランタンに照らされたセレスタンの瞳は濡れ、自分の方こそ営みが足らないと書いてあるから。

 彼は荷台の扉を開けると、ソフィを抱きあげたまま中に乗り込んだ。

「はっ、ん……っ」

 あっという間に座席に下ろされ、顎を取られる。大きな舌が入り込み、口の中の至る所を嬲られた。あまりの手早さにソフィが熱い胸板を押さえるが、両手を取られまた貪られる。

「んっ……ふ……っ」

 彼の接吻に、窒息してしまいそうだ。

「ん……っ、はぁ……セレスタン、待って……」

 苦しそうな彼女の様子に気が付いたのか、セレスタンは口を離す。

「……一度ヤれば未練も消えると思ったのに……くそっ、満足するどころか、もっと足らなくなった……」

 独りごちたアイスブルーの瞳には、火傷しそうなくらいの熱の塊が宿っていた。ソフィの胸もドキドキと早鐘を打つ。

 セレスタンは三角帽を座席の下に放り投げると、革手袋も毟りとるように外した。彼女はわずかな時間すら惜しがる男の様子に魅せられる。降りて来た唇に目を閉じ、身を任せた。狭い馬車の中、濡れたリップ音が反響する。

 セレスタンと交わすキスは蜜のように甘く、彼女を恍惚とされた。入ってきた大きな舌は歯列を割り、顎の裏側ををくすぐってくる。彼はソフィの喉奥まで支配して、なおも足らないと両腕で抱き締めて来た。

 彼女はあまりの気持ちよさにエンパイアドレスのボタンを外されたことにすら気づかない。ただ夢中でセレスタンの接吻を受け続けた。

 ようやく衣擦れの音に見下ろせば、いつの間に下着まで外されたのか豊かな乳房があらわになっている。

「やだ……っ、見ないで」

 腰まで落ちたドレスを引きずりあげる彼女に、セレスタンは口角を上げた。

「俺たち、さっき、もっとすごいことしたじゃないですか」

 ソフィは、恥ずかしさのあまり顔を背ける。矛先を変えようと、口を尖らせた。

「……あんなところで……びっくりしたわ。あなた、普段どういう生活を送っているの?」

「まあ、ほどほどに。――お嬢様こそ、あんなに身体をぐいぐい押し付けてきて、男は誘われているとしか思いませんよ」

「誘ってなんか……あ、んっ」

 乳房の先を長い指に弾かれ、すぐに硬くなる。戯れにぐりぐりと押し回されると、あまりの快楽に嬌声が漏れた。

「やっと、お嬢様に触れられる」

 セレスタンは床に膝をついて、彼女の乳房に顔を寄せる。両手を肌にめり込ませ、その柔らかさを堪能する。

「んん……っ」

 長い親指の先が乳輪をかすり、ソフィの下腹部がギュッと絞まった。

「お嬢様、腰が揺れていますよ」

「だって……セレスタンが触るから」

 ――もっとちゃんと触ってほしい。

 硬くなった頂を指で弾かれ、脚の付け根が切なくなる。

 ――早くまた挿れてほしい。

 でも、そんなこと言えない。セレスタンの指先が乳首を掻いて引っ張ると、ぴくんっと細い肩が震える。

「ここ、気持ちがいいですか?」

 ソフィは認めてなるかと目を閉じたものの、乳房をまさぐられ、足の付け根で快楽が泡のように弾ける。結局躊躇いがちに口を開いた。

「……ええ、気持ちいいわ。だから、早く……」

 セレスタンは、うっとりと笑む。

「素直なお嬢様は好きですよ」

「あっ、ああ、んん……っ!」

 乳房の先を口に含まれる。ねっとりとしゃぶられ、唇と乳首が離れるリップ音がたまらないくらい淫靡だった。

「俺は初恋泥棒ですが、俺が好きになったのはソフィ様お一人だけです」

「……嘘つき……んんっ」

 そんなこと言われたら泣いてしまう。

「嘘じゃない。……ずっと愛してる」

「え……? ――んんっ、ふぅ……はぁ……っ」

 思いもよらないことを言われ、言葉を返そうにもすぐに乳房を嬲られ、頭が働かない。

「三年前、お嬢様が家のために結婚されたとき、俺には何もできなかった。……――本当は俺がお嬢様を娶りたかったのに。せめて、自分に出来ることはすべてやろうと決意しました」

 普段、自信満々の彼には珍しい弱音だった。こうして熱っぽく言いながらもソフィの言葉を遮るのは、彼なりに彼女の返事を恐れているからだろうか。

「お嬢様への未練が消えれば、お屋敷は辞めるつもりでした。なのに、あなたは戻って来て、また俺に希望を持たせる……俺は未練がましくそれに縋りついて……」

 セレスタンは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。彼女はそんな顔を初めて見て、心臓が高鳴る。自然と胸の位置にある金髪の頭を撫でていた。

「セレスタン」

 思ってもみないことを言われ、ソフィはまだ現実のこととは思えなかった。だが、うずうずと胸の内から湧いてくる感情が甘酸っぱくてじれったい。幸せな夢を見ているようだった。

 ソフィは座席に優しく寝かされ、セレスタンに覆いかぶされる。額、鼻の頭、唇、顎。風のようなキスを受け、彼女は次第に切なくなってきた。彼の自分を見る表情や手つきに愛と労りがうかがえる。涙が勝手に湧いてきて、自分でも驚いた。

「お嬢様」

「今は、ソフィと呼んで」

 子どもの頃から、ずっとセレスタンが好きだった。彼を連れて歩くと、ソフィは他の令嬢たちから羨ましがられる。成長して淑女の行いを求められるにしたがって、セレスタンと会話する機会が減るにつれ、彼と話せた日は特別な日になった。結婚するとき一番悲しかったのは、彼と会えないことだった。

 ――もう認めてしまおう。今でも、子どもの頃と同じ。彼が好きなのだと。

「ソフィ……」

 腰にたまったドレスと下穿きが下ろされる。狭い馬車の中で身にまとうものもなかったが、ソフィは満たされていた。セレスタンが彼女の開いた股の間で膝をつく。今度は驚きより幸福を感じた。暗い馬車の中で、彼の顔が良く見えないのが寂しいかも。二度目の挿入はゆっくりと、そしてより深い愛情に包まれていた。

「んふっ」

 座席に膝をついたセレスタンの姿勢に合わせて、腰から下を浮かせられる。

「ああ、ああん」

 狭い馬車にばちゅん、ばちゅんと打擲ちょうちゃく音が反響した。まるで運命の二人であるかのように、しっとりと互いの身体が馴染む。

「はぁ……ソフィ」

 目が利かない分、自分を愛し労わるセレスタンの想いが肌を通して伝わってくるのだ。

「ああ……っ!」

「……くっ」

「ソフィ、愛してる。――浮浪児だった俺を、あなたが見つけてくださったときから」

 彼女が二歳の頃の話だから、もう十九年前の話だ。そんなに昔から、自分は彼に想われていたのか。

 ソフィを呼ぶ声、彼女を見つめる視線、激しいながらも労りを魅せる腰の動きの全てが、愛と慈しみを伝えていた。

「……セレスタン」

 愛してる、わたしも好き、どうか一生傍に居て。万感の思いを込めて、彼を見上げた。白みかけた朝の空気のなか、汗を浮かべて腰を穿つセレスタンがとても魅力的だ。

 ソフィは幸せな想いのなか、白く靄のかかった意識のまま官能に包まれる。

「愛してる。……一生叶わなくても、俺はあなたを愛し続けるから」

 彼女は降りて来た彼の首に手を回して、無言で抱き締めた。



 *

 

 全身が気怠い。とっくにベッドにいる時間なのに、驚きと緊張と予定外の運動に、身体が悲鳴を上げていた。セレスタンは馬車の狭い床に膝をついて、ソフィを甲斐甲斐しく世話していた。ドレスのボタンを留め終わると、下から覗き込んでくる。

「ソ……お嬢様は、明日……いえ、もう今日でしたか。……夜は王宮の晩餐会に出席されますか?」

 隠しようもない嫉妬のこもった声音に、ソフィの心が浮上する。情事の際も、彼女が愛の囁きに応えないことで彼なりの哀しみをこしらえているのが、不憫でもあり爽快でもあった。溜飲は下げたので、敢えて真顔で返してやる。

「もう婿探しは辞めるわ」

「え?」

 そんな彼女とは対照的に、セレスタンは鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべていた。いつもソフィに余裕のある顔しか見せない彼には珍しいことだ。彼女は馭者台で驚かされた分、してやったりと誇らしくなった。

「わたし、家を継ぐわ。ゾア伯爵になる」

「お嬢様?」

「前からお父様に誘われていたし、今は娘が爵位を継ぐことも珍しくないでしょ?」

「そうですが……どうして急に?」

 目を白黒させる彼は、本当に分からないようだった。ソフィはセレスタンの頬を引っ張る。

「意地悪な人ね。『あなた以外とはもう出来ない』って言ってるの」

「お嬢様……っ!」

 セレスタンは告白の返答を受け、目を見張る。

「幸いあなたが立て直してくれたおかげで、領地を切り売りする必要がなくなったし。――手伝ってくれるわよね?」

「もちろん、一生お仕えします」

「帰ったら、いの一番でお父様に伝えなきゃね」

 白みかけた空の下、ソフィはセレスタンのジャケットを肩にかけて、また馭者台に乗り込む。彼はそれを止めなかった。秋の朝の空気を吸いながら、セレスタンが言った。

「俺も腹をくくらなきゃいけないですね」

「……なにか言った?」

 セレスタンの左脇腹に頬をつける彼女が首をかしげる。次に聞こえた彼の声は、風のなかでも良く響いた。

「俺は、あなたをもう二度と手放さない。そのためならなんだってやるって言ったんです」

 朝日がセレスタンの横顔を煌めかせていた。ソフィは白みかけた空に向かい、喜びの笑みを浮かべたのだ。
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