聖女でしたが国に使い捨てされたので、代わりに魔王にざまぁしてもらいました。

柿崎まつる

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第四話 魔王の伴侶

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 魔王の城での生活は、ディール王国にいた頃と比べるとまさに天国だった。エルヴィーラは毎朝遅めに起きてふわっふわのパンやシャキシャキのサラダでブランチし、その後は城内の図書館に行くのが習慣だ。午睡のあと軽食をとって兵士の訓練場や騎獣舎を散策して夜は豪華なディナーとバスタイムを満喫する。ふっかふかの布団で読書しながら、気が付けばいつの間にか眠っている。
 平穏な日々のなか、エルヴィーラは日に日に心身が快方に向かっていることを実感していた。適度に肉がついてきたし、肌にも張りが戻っている。誰の目にも二十歳の女性として映るはずだ。
 不満があるとすれば、ルートヴィッヒにあの晩以来会っていないことだけだ。

 ――このまま、一生会えなかったりするのかしら?

 ここ数日のエルヴィーラの頭の中は、それ一色だった。あの晩の熱を帯びた紅い瞳が忘れられない。彼に、逢いたかった。何を望んでいるというわけではない。もう一度会えば、あの瞳に浮かんだものの正体がわかるはずだと、そんな確信がある。それほど、エルヴィーラにとってあの夜は衝撃的だった。

 彼女は、足元に差す木漏れ日を見る。魔界の空に太陽や月、そして星は存在しない。聞くところによると、ルートヴィッヒの前の魔王が人間界の光を羨む民を哀れに思い、魔法で巨大な人工灯を上げたらしい。それ以来、昼と夜が出来たのだとか。
 散歩の帰り道、エルヴィーラは通りがかった騎獣舎から聞こえてきた声に足を止める。
 
「あの噂、聞いたか?」
「ああ、ついに陛下が番様を迎えられるそうだな」
「以前の番様が亡くなられて、三百年か。ずっと生まれ変わるのを待たれていたんだな」
「長いよな、早く報われるといいな」

 牛の角や馬の耳をつけた兵士たちが、藁の交換をしながら話している。魔族はみな、人ともう一種か二種の動物を掛け合わせたような見た目をしていた。
 ルートヴィッヒが結婚するという話は衝撃的だった。だが、彼に伴侶がいないという思い込みはどこから来たのだろう。

 ――あんなに美しい人に相手がいないと考えるほうが難しいわ。一度亡くなったのに、生まれ変わっても求められるなんて、その人はどんなに幸せなのかしら?
 
 エルヴィーラの人生とは真逆だ。彼女は、ずっと裏切られてきた。誰もが彼女を憐れんで声を掛けてきたが、打ち解けて油断した途端、血やら肉やら彼女の一部を盗んでいく。

 ――魔王陛下は違うわ。拾い者のわたしですら、大切に扱う方だもの。『運命の番』にはどれだけ優しくするのかしら。
 
 エルヴィーラの身体で、魔王の唇が触れていないところはない。あの二晩を思い出すと、下腹を軸にさざ波のように甘い官能が全身を包む。血や肉ではないエルヴィーラ自身を求められていたようで、思い出すと胸の高まりが止まらない。

 ――あのとき、いっそ食べられてしまいたかった。

 そしたら、こんな悲しみにさいなまれることもなかったのに。魔族が人を食らうという話の真偽は定かでないが、今はそんなことどうでもいい。エルヴィーラが知る性の営みには、常に暴力と屈辱を伴っていた。血や髪に治癒力が宿れば、そちらのほうもと考える下衆な輩が湧くのはある意味仕方のないことだ。

 「わたし、……その方にちゃんと挨拶できるかしら?」

 ルートヴィッヒに愛されるため生まれた人が、ただただ羨ましかった。

 沈鬱な気持ちで部屋に戻ってくると、半人半蛇の侍女が部屋の掃除を済ませたところだった。
 
「エルヴィーラ様、おかえりなさいませ。歩いて喉が渇いたでしょう? 今、冷たいお茶を淹れますね」
「ありがとう」

 浮かない表情の自分に気がついたのか、ユッテはいつも以上に声を掛けながら椅子を引く。空気を入れ替え、整えられた部屋は居心地が良かった。ユッテがテーブルにグラスを並べながら、ほほ笑む。
 
「エルヴィーラ様の肌に張りが出て、頬も丸みを帯びてきましたね。順調に回復されて良かったです」
「ありがとう、ユッテのおかげよ」

 ユッテはエルヴィーラにつけられた侍女だ。黒髪黒瞳の持ち主で、外見は十六歳くらいに見える。もっとも、魔族は人間に比べて長命なうえ、外見年齢を好きに変えることが出来るから、本当の年齢は分からない。彼女の上半身は褐色肌の人型、下半身は蛇の形態を保っている。エルヴィーラが最初に紹介されたときは、とぐろを巻きながら寄って来る侍女の姿に卒倒するところだった。しかし、半月も経つと朗らかな侍女との会話が毎日の楽しみになっていた。
 絨毯に差す日の光をまったり眺めていたエルヴィーラは、にょろにょろとお菓子を運んでくるユッテに目を見張る。
 
「ユッテ、腕に血が出ているわ。手当しなきゃ」
「ああ、この程度のき……じゃなくて、お気遣いありがとうございます。すぐ消しますね」

 ユッテが軽く肩に手をかざすと、あっという間に傷が消えて無くなった。エルヴィーラは慌てて覗き込む。

「どうして? 魔ぞ……あなたたちは、口づけしないと傷痕が消えないのではなくて?」
 
 蒼白なエルヴィーラとは対照的に、ユッテは尻尾をくるくる巻きながら無邪気に笑った。

「傷口に唇を当てるなんて、そんな非効率なことはしません。わたしのような中級魔族でも、手をかざすだけで傷痕は消えますよ。そうですね……」

 ユッテが唇に指をあて、斜め上に視線を泳がせる。
 
「ルートヴィッヒ様のような超高級魔族なら、念じるだけで消えますよ」
「え?」

 エルヴィーラの頭の中は真っ白になった。

「嘘……うそ、でしょ……?」
「空に巨大な人工灯を浮かべ続けられる魔力をお持ちなんですよ。傷の一つや二つ、二十個だって三十個だって一瞬です」

 ――わたし、騙されていたの?
 
 脳裏に自分のはしたない姿が蘇り、その後猛烈に魔王への怒りが湧いた。

 ――番を迎える準備をしておきながら、何も知らないわたしをからかって遊んでいたの? あんな恥ずかしい思いをさせられて! ひどいわ、あまりにもひどいわ! この一カ月、まったく姿を見せないし!

 エルヴィーラは、カンカンである。しかし、まったく関係ないユッテに怒りをぶつけるわけにもいかない。エルヴィーラはなんとか呼吸を整える。

 ――あの男に、何か言ってやらねば!
 
 ぷすぷすと湯気を発する彼女に、ユッテが慈しみの笑みを浮かべた。
 
「わたしたち魔族はこの荒れた土地でも生きられるように、頑丈に造られているんです。だから、多少の切り傷はほったらかしにするんですよ。すぐ治りますしね。ですが、陛下はもしわたしが怪我しているのをエルヴィーラ様が見つけたら、癒しの秘跡を施そうとするはずだから、傷口を見せないようにと注意されました。危うい所でした」
「魔王陛下が?」
「はい。陛下は、エルヴィーラ様のことをいつも想っていらっしゃいます。例え、しばらくお姿を現さなくてもです」
「……そうかしら?」

 ルートヴィッヒがエルヴィーラを特別に感じることに根拠はない。本当にいつも想っているなら、一カ月も放置しないはずではないだろうか? 
 
 「長らく孤閨こけいを囲われていた陛下のそばにエルヴィーラ様がいらっしゃることは、わたしたち配下にとってもこの上なく喜ばしいことなんです」

 ユッテの笑顔が眩しい。ルートヴィッヒが番の君と結婚した後も、彼らは自分がここにとどまっていいと言ってくれるのだろうか。

 ――わたしは、この笑顔を向けられるに相応しい行動をとっているかしら?

 地下牢に長く幽閉されて陰気になり、二年前の自分がどんな性格だったか忘れてしまった。ただ、昔は怖いものがなかった。壁にぶつかっても、また挑戦すればいい。以前の自分は、もっと物事に対して楽観的だったのかもしれない。
 エルヴィーラは、侍女に笑顔を向けた。

「ありがとう、ユッテ。わたし、魔王陛下と話をするわ。ここで欝々としていも仕方ないわね」
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