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第五話 光の玉
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「バンッ!」
世界が静寂と暗黒に満ちたとき、エルヴィーラは『魔王探し』を決行した。城中のすべての扉を開けてでも、彼を探し出す。彼女が魔界に来てから初めての積極的行動だった。
「絶対に、名前を呼んでやるものですか」
一言呼べば、魔王は自分の目の前に現れる。それではだめなのだ。エルヴィーラがルートヴィッヒを見つけ出さなければ意味がない。彼女の動揺や不安を高みから見物して面白がっている彼を糾弾して、ありったけの怒りをぶつけてやりたい。それぐらい、彼女は怒っているのだ。
その晩、エルヴィーラは読書をしたまま寝落ちした態を装った。ユッテが長い尾を引きずって近寄って来る。主人の懐からそっと本を抜き、サイドテーブルに静かに置いた。
「エルヴィーラ様、おやすみなさい。良い夢を」
布団をかける侍女の優しい気遣いに、良心がとがめる。今夜は、夢を見るつもりはなかったから。
――昼寝をたくさんしておいて良かったわ。それに、ランプのアルコールも満タンにしておいたし。
ユッテが部屋を出てから、百まで数える。そろそろと寝台を抜け出し明かりを灯そうとしたら、どこからともなく親指の先ほどの大きさの光の玉が集まってきた。
「あなたたち、付き合ってくれるの?」
光の玉は、肉体を滅した魔族の魂なのだと言う。次の肉体の準備ができるまで意思を持たず、ただ生前愛おしんだ人の足許を照らすのだとか。
――魔王陛下の運命の番も、ずっと彼のそばにいたのかしら?
羨ましい。
無数の光の玉がエルヴィーラを囲む。彼女の手のひらが上に向けられるや、数珠つなぎになり長細い光の線を作った。後の光の玉は彼女の全身にまとわりついて、白いドレスを青く輝かせる。
エルヴィーラは、子どもや仔犬に懐かれているような気分になった。
「可愛いわ。わたしが人間でも、慕ってくれるの?」
光の玉は鞠のように、一斉に弾む。エルヴィーラは元気づけられたように感じ、口許を緩ませた。
「ランプは必要ないわね。さあ、あの人を探しに行かなきゃ」
不思議なことに、どの扉を開けても中には誰もいない。不審に思い試しにユッテの部屋の扉も開けたが、侍女は忽然と姿を消していた。灯りもついていない。
――この城、まさかわたしだけ?
厨房にも、ホールにも、中庭にも、人っ子一人いなかった。騎獣舎に至っては、騎獣すらいない。
「みんな、どこへ行ってしまったの?」
城中をもう一周してへとへとになり、中庭のベンチに腰かけた。闇の静寂のなか、光の玉たちが淡くエルヴィーラを浮かび上がらせている。
「あなたたちだけが頼りね。ありがとう」
その途端、数多の光の玉がぼおんっと大きくなった。まるで彼女の言葉に歓喜しているようだ。それらは数珠つなぎになって、片隅にある何の変哲もない作業小屋を示した。エルヴィーラは、瞬きを繰り返す。
「そこに、魔王陛下がいるの? ……これは、さすがに盲点だったわ」
帝王然としたルートヴィッヒの居室が、庭師の小屋とは予想外過ぎた。
彼女がドアノブを回すと、光の玉が一斉に扉のなかに流れ込み、階段だけの室内を照らす。エルヴィーラは降りきった先のマホガニーの両扉の前で、深呼吸してから押し開いた。
暗闇のなかを複数の光の玉が飛び交い、美王の艶然とした姿を浮かび上がらせている。ルートヴィッヒは大きな寝台にもたれて、寝酒を嗜んでいた。黒いガウンのあわせから覗く白い胸筋がなまめかしく輝いている。
微笑む魔王を前にして、エルヴィーラは声を張り上げた。
「ごきげんよう、陛下!」
「こんばんは、エルヴィーラ嬢。夜の城観光は満喫しましたか?」
久しぶりに動き回ったエルヴィーラは肩で息をしているというのに、彼のリラックスした姿を見ていると苛立ちを覚える。
光の玉がちらちらと見せる寝室は深紅を基調としており、家具もたおやかなフォルムを描いていた。魔王の趣味ではないように感じられる。
――もしかして、ここは三百年前に亡くなった『運命の番』の方の部屋なのかしら?
内心の動揺とは裏腹に、エルヴィーラは仁王立ちとなった。
「全ての扉を開けましたが、どこにも生者の姿はありません。どうしてですか?」
「全員城から下がらせました。万が一、城の者とあなたが接触して何かあったら、わたしがその者を灰にしますから」
涼しい顔で笑っているが、この男本気でやる。しかし、エルヴィーラはここで引き下がっている暇はないのだ。気迫を削がれぬうちに、声を張り上げる。
「わたしは、受けなくてもいい辱めを受けて怒っているのです」
ルートヴィッヒはグラスの中でアルコールを泳がせながら、苦笑を浮かべた。
「分かっています。ですが、弁明はしません。あなたの身体を魔界に馴染ませるため、いち早くわたしの魔力を取り込ませる必要があったのです。傷痕の治療と偽っても」
「それは本当ですか?」
「もちろんです」
エルヴィーラはジト目で見る。一度謀られたので、信用できないのだ。ルートヴィッヒが飲んでいた酒杯をサイドテーブルにおいて、静かに自分の隣を空けた。
誘われたエルヴィーラは、何のためらいもなく寝台に腰を下ろす。
「あなたの肉体は脆くか弱い。わたしの魔力を練り込んでも、あなたはこの城内しか行動するのがせいぜいなのです。……いまだ覚醒の条件が整っていないのでしょう。――何が足らないのか……」
ルートヴィッヒは仔猫を構うように、さわさわと金色の頭を撫でた。エルヴィーラには彼の言っていることが分からない。
「わたしは、ずっとここにいてもいいのですか?」
「たとえ何が起ころうと、あなたにはここにいていただかないといけません」
「どうしてですか? わたしの魂が間違ったところに生まれてしまったから? ここを出ると死んでしまうから?」
真紅の切れ長の瞳が、切ない熱を帯びる。
「わたしが、あなたを必要としているからです」
エルヴィーラはルビーの煌めきに魅せられながらも、ついには苛立ちを隠しきれなくなった。
「あなたには『運命の番』がいるでしょう? そのうえわたしを弄んで、どういうつもりですか?」
「どこで、『運命の番』の話を?」
魔王は額に指を突いて、眉間にしわを寄せる。騎獣舎で聞いたなどと話そうものなら、あの二人を文字通り灰にしてしまいかねない雰囲気だった。
「どこで聞いたかは、問題ではないのです。私が聞きたいのは……」
その続きは、言ってはダメだ。答えを聞いたところで自分がみじめになるだけ。だが、エルヴィーラは喉から溢れる感情をそのままにしておくことが出来なかった。
「陛下は、その人をずっと愛しているのでしょう? 三百年前に亡くなっても生まれ変わるのを待って、一途に貞潔を守っているのでしょう?」
ルートヴィッヒの目許が赤く色づいているのを、青白い光の玉が照らす。少年のように照れる魔王を見ていると、エルヴィーラは腹が立つやら、自分の愚かさを恨むやら。
あらゆる質問が自分を傷つけるというのに、彼女はなお訊かずにはいられなかった。
「どんな方なのですか? 陛下の運命の相手は」
「わたしの……言うなれば太陽のような存在です。師であり母であり姉であり、そしてわたしの半身でした。三百年前、彼女は非業な死を迎えましたが、その魂はずっとわたしの傍にあったので、決して独りだったわけではありません。本当に孤独を感じたのは、彼女の魂の行方を見失った二十年前からです」
恋に悩む青年のように口元を覆ってぼそぼそと語られ、エルヴィーラはますます顔を歪ませる。
「陛下にお似合いの素晴らしい方ですね」
心にもない台詞が出た。魔王はそれにはっとなると、慌ててエルヴィーラの顔を覗き込んだ。
「ですが、これは今のあなたが気にする必要のない話です。一旦、わたしの番の話は他所へ置いておきましょう」
――早口で語っておいて、焦って取り消すとはどういうこと? しかも、わたしが気にする必要はないというのは、魔王陛下の心にわたしが入る隙間はないということね。
そう考えると、エルヴィーラの瞳から自然と涙が湧いてきた。ルートヴィッヒの成長を見守り、その心を独占し、死してなお共に居られるその人が猛烈に羨ましかった。その人に比べて、何と自分は不幸なのだろう。奪われるだけの人生。救われたと思ったのに、生きる喜びは指の間から零れていく。
エルヴィーラの自制心は、ついに仕事を放棄した。
「わたしを、抱いてください」
「え……」
どうせ彼が手に入らないなら、ふしだらな娘と思われても構わない。若干引き気味のルートヴィッヒに詰め寄った。
「あなたは瀕死のわたしを救って、この世で一番幸せになれる夢をいたずらに見せたのです。だから、それぐらいの願いは聞き届けるべきです。もう、あなたを探しません。だから、最後に私を抱いてください」
しとどに落ちてくる涙を、両手の甲でぬぐう。エルヴィーラは、相手の反応を確認する余裕はなかった。叶わない恋が悲しい。エルヴィーラは奪われるだけ。誰からも与えられず、誰からも奪うことが出来ない。だから一度でいいから、おこぼれがほしい。好きな人に抱かれたい。
ほのかな花香に目を見開くと、温かい抱擁に包まれる。
「最後ではありません。彼女と同じだけ、あなたを愛しています」
この世には、二人の人間を同時に愛する人がいる。エルヴィーラはそんなに要領よくないから、その人たちの気持ちが分からない。何より、不誠実で不健全だと思う。だが、それが自分の愛する人だったなら、エルヴィーラはそれに従うしかない。己の価値観を曲げてでも、彼の愛が欲しいから。
ルートヴィッヒの顔が降りてきたので、エルヴィーラは目を閉じた。少し湿った柔らかい感触。エルヴィーラにエルヴィーラ以上の価値を与えてくれる禁断の魔法。
「この胸を開いて、わたしの考えていることを全て見せられたらいいのに」
初めての口づけのあと、ルートヴィッヒが囁いた。
世界が静寂と暗黒に満ちたとき、エルヴィーラは『魔王探し』を決行した。城中のすべての扉を開けてでも、彼を探し出す。彼女が魔界に来てから初めての積極的行動だった。
「絶対に、名前を呼んでやるものですか」
一言呼べば、魔王は自分の目の前に現れる。それではだめなのだ。エルヴィーラがルートヴィッヒを見つけ出さなければ意味がない。彼女の動揺や不安を高みから見物して面白がっている彼を糾弾して、ありったけの怒りをぶつけてやりたい。それぐらい、彼女は怒っているのだ。
その晩、エルヴィーラは読書をしたまま寝落ちした態を装った。ユッテが長い尾を引きずって近寄って来る。主人の懐からそっと本を抜き、サイドテーブルに静かに置いた。
「エルヴィーラ様、おやすみなさい。良い夢を」
布団をかける侍女の優しい気遣いに、良心がとがめる。今夜は、夢を見るつもりはなかったから。
――昼寝をたくさんしておいて良かったわ。それに、ランプのアルコールも満タンにしておいたし。
ユッテが部屋を出てから、百まで数える。そろそろと寝台を抜け出し明かりを灯そうとしたら、どこからともなく親指の先ほどの大きさの光の玉が集まってきた。
「あなたたち、付き合ってくれるの?」
光の玉は、肉体を滅した魔族の魂なのだと言う。次の肉体の準備ができるまで意思を持たず、ただ生前愛おしんだ人の足許を照らすのだとか。
――魔王陛下の運命の番も、ずっと彼のそばにいたのかしら?
羨ましい。
無数の光の玉がエルヴィーラを囲む。彼女の手のひらが上に向けられるや、数珠つなぎになり長細い光の線を作った。後の光の玉は彼女の全身にまとわりついて、白いドレスを青く輝かせる。
エルヴィーラは、子どもや仔犬に懐かれているような気分になった。
「可愛いわ。わたしが人間でも、慕ってくれるの?」
光の玉は鞠のように、一斉に弾む。エルヴィーラは元気づけられたように感じ、口許を緩ませた。
「ランプは必要ないわね。さあ、あの人を探しに行かなきゃ」
不思議なことに、どの扉を開けても中には誰もいない。不審に思い試しにユッテの部屋の扉も開けたが、侍女は忽然と姿を消していた。灯りもついていない。
――この城、まさかわたしだけ?
厨房にも、ホールにも、中庭にも、人っ子一人いなかった。騎獣舎に至っては、騎獣すらいない。
「みんな、どこへ行ってしまったの?」
城中をもう一周してへとへとになり、中庭のベンチに腰かけた。闇の静寂のなか、光の玉たちが淡くエルヴィーラを浮かび上がらせている。
「あなたたちだけが頼りね。ありがとう」
その途端、数多の光の玉がぼおんっと大きくなった。まるで彼女の言葉に歓喜しているようだ。それらは数珠つなぎになって、片隅にある何の変哲もない作業小屋を示した。エルヴィーラは、瞬きを繰り返す。
「そこに、魔王陛下がいるの? ……これは、さすがに盲点だったわ」
帝王然としたルートヴィッヒの居室が、庭師の小屋とは予想外過ぎた。
彼女がドアノブを回すと、光の玉が一斉に扉のなかに流れ込み、階段だけの室内を照らす。エルヴィーラは降りきった先のマホガニーの両扉の前で、深呼吸してから押し開いた。
暗闇のなかを複数の光の玉が飛び交い、美王の艶然とした姿を浮かび上がらせている。ルートヴィッヒは大きな寝台にもたれて、寝酒を嗜んでいた。黒いガウンのあわせから覗く白い胸筋がなまめかしく輝いている。
微笑む魔王を前にして、エルヴィーラは声を張り上げた。
「ごきげんよう、陛下!」
「こんばんは、エルヴィーラ嬢。夜の城観光は満喫しましたか?」
久しぶりに動き回ったエルヴィーラは肩で息をしているというのに、彼のリラックスした姿を見ていると苛立ちを覚える。
光の玉がちらちらと見せる寝室は深紅を基調としており、家具もたおやかなフォルムを描いていた。魔王の趣味ではないように感じられる。
――もしかして、ここは三百年前に亡くなった『運命の番』の方の部屋なのかしら?
内心の動揺とは裏腹に、エルヴィーラは仁王立ちとなった。
「全ての扉を開けましたが、どこにも生者の姿はありません。どうしてですか?」
「全員城から下がらせました。万が一、城の者とあなたが接触して何かあったら、わたしがその者を灰にしますから」
涼しい顔で笑っているが、この男本気でやる。しかし、エルヴィーラはここで引き下がっている暇はないのだ。気迫を削がれぬうちに、声を張り上げる。
「わたしは、受けなくてもいい辱めを受けて怒っているのです」
ルートヴィッヒはグラスの中でアルコールを泳がせながら、苦笑を浮かべた。
「分かっています。ですが、弁明はしません。あなたの身体を魔界に馴染ませるため、いち早くわたしの魔力を取り込ませる必要があったのです。傷痕の治療と偽っても」
「それは本当ですか?」
「もちろんです」
エルヴィーラはジト目で見る。一度謀られたので、信用できないのだ。ルートヴィッヒが飲んでいた酒杯をサイドテーブルにおいて、静かに自分の隣を空けた。
誘われたエルヴィーラは、何のためらいもなく寝台に腰を下ろす。
「あなたの肉体は脆くか弱い。わたしの魔力を練り込んでも、あなたはこの城内しか行動するのがせいぜいなのです。……いまだ覚醒の条件が整っていないのでしょう。――何が足らないのか……」
ルートヴィッヒは仔猫を構うように、さわさわと金色の頭を撫でた。エルヴィーラには彼の言っていることが分からない。
「わたしは、ずっとここにいてもいいのですか?」
「たとえ何が起ころうと、あなたにはここにいていただかないといけません」
「どうしてですか? わたしの魂が間違ったところに生まれてしまったから? ここを出ると死んでしまうから?」
真紅の切れ長の瞳が、切ない熱を帯びる。
「わたしが、あなたを必要としているからです」
エルヴィーラはルビーの煌めきに魅せられながらも、ついには苛立ちを隠しきれなくなった。
「あなたには『運命の番』がいるでしょう? そのうえわたしを弄んで、どういうつもりですか?」
「どこで、『運命の番』の話を?」
魔王は額に指を突いて、眉間にしわを寄せる。騎獣舎で聞いたなどと話そうものなら、あの二人を文字通り灰にしてしまいかねない雰囲気だった。
「どこで聞いたかは、問題ではないのです。私が聞きたいのは……」
その続きは、言ってはダメだ。答えを聞いたところで自分がみじめになるだけ。だが、エルヴィーラは喉から溢れる感情をそのままにしておくことが出来なかった。
「陛下は、その人をずっと愛しているのでしょう? 三百年前に亡くなっても生まれ変わるのを待って、一途に貞潔を守っているのでしょう?」
ルートヴィッヒの目許が赤く色づいているのを、青白い光の玉が照らす。少年のように照れる魔王を見ていると、エルヴィーラは腹が立つやら、自分の愚かさを恨むやら。
あらゆる質問が自分を傷つけるというのに、彼女はなお訊かずにはいられなかった。
「どんな方なのですか? 陛下の運命の相手は」
「わたしの……言うなれば太陽のような存在です。師であり母であり姉であり、そしてわたしの半身でした。三百年前、彼女は非業な死を迎えましたが、その魂はずっとわたしの傍にあったので、決して独りだったわけではありません。本当に孤独を感じたのは、彼女の魂の行方を見失った二十年前からです」
恋に悩む青年のように口元を覆ってぼそぼそと語られ、エルヴィーラはますます顔を歪ませる。
「陛下にお似合いの素晴らしい方ですね」
心にもない台詞が出た。魔王はそれにはっとなると、慌ててエルヴィーラの顔を覗き込んだ。
「ですが、これは今のあなたが気にする必要のない話です。一旦、わたしの番の話は他所へ置いておきましょう」
――早口で語っておいて、焦って取り消すとはどういうこと? しかも、わたしが気にする必要はないというのは、魔王陛下の心にわたしが入る隙間はないということね。
そう考えると、エルヴィーラの瞳から自然と涙が湧いてきた。ルートヴィッヒの成長を見守り、その心を独占し、死してなお共に居られるその人が猛烈に羨ましかった。その人に比べて、何と自分は不幸なのだろう。奪われるだけの人生。救われたと思ったのに、生きる喜びは指の間から零れていく。
エルヴィーラの自制心は、ついに仕事を放棄した。
「わたしを、抱いてください」
「え……」
どうせ彼が手に入らないなら、ふしだらな娘と思われても構わない。若干引き気味のルートヴィッヒに詰め寄った。
「あなたは瀕死のわたしを救って、この世で一番幸せになれる夢をいたずらに見せたのです。だから、それぐらいの願いは聞き届けるべきです。もう、あなたを探しません。だから、最後に私を抱いてください」
しとどに落ちてくる涙を、両手の甲でぬぐう。エルヴィーラは、相手の反応を確認する余裕はなかった。叶わない恋が悲しい。エルヴィーラは奪われるだけ。誰からも与えられず、誰からも奪うことが出来ない。だから一度でいいから、おこぼれがほしい。好きな人に抱かれたい。
ほのかな花香に目を見開くと、温かい抱擁に包まれる。
「最後ではありません。彼女と同じだけ、あなたを愛しています」
この世には、二人の人間を同時に愛する人がいる。エルヴィーラはそんなに要領よくないから、その人たちの気持ちが分からない。何より、不誠実で不健全だと思う。だが、それが自分の愛する人だったなら、エルヴィーラはそれに従うしかない。己の価値観を曲げてでも、彼の愛が欲しいから。
ルートヴィッヒの顔が降りてきたので、エルヴィーラは目を閉じた。少し湿った柔らかい感触。エルヴィーラにエルヴィーラ以上の価値を与えてくれる禁断の魔法。
「この胸を開いて、わたしの考えていることを全て見せられたらいいのに」
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