花の舞散る季節

色音花絵

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季節序 春

母と父

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 その一方、『女の子が産まれた』という事実は、まだ母には伝えられていなかった。父は話したくなかったが、これは成長すればいずれ分かること。父は母に話す決心をした。
 母の寝ている病室の引き戸の前で、一度大きく息を吸う。そして大きく息を吐き、深呼吸をした。
(出来れば、話したくはない…。しかし、話さなければ…)
 父は引き戸に手を添え、音を立てて、勢い良く引き戸を横に引いた。それに驚いた母が、目を丸くして引き戸の方に目を向ける。
「あら、どうしたのですか? ここは病室なんですから、静かに開けてくださいね」
 其処には父の思いとは裏腹に、布団の上でくすくすと肩を震わせて笑う母の姿があった。しかしやはり気が進まないのか、父は病室の入口で俯いて立ち尽くしてしまっていた。
(あそこで何をしていらっしゃるんでしょう? こちらに来ればいいのに…)
「そんな所に突っ立っていないで、こちらへどうぞ」
 母が手招きして父を呼び、顔の傍に置いてある、座布団を指差している。父はふらふらと覚束おぼつかない足取りで、母の勧める座布団に腰を下ろした。
「どうしたんですか? そんなに静かで…あなたらしくないです」
「…話を聞いてくれ」
 母は頷く代わりに、にっこりと笑った。いつも通りの、優しい笑顔。父はこの笑顔が大好きだった。この女性を妻と決めたのも、この笑顔が一番の理由だと言っても過言では無い。
「…産まれた子供のことなんだが…」
 父はそう切り出した。母は最初こそ笑顔で聞いていたものの、話が進むに連れて少しずつ険しい表情へと変わっていった。
「…そう、女の子ですか…」
 話を聞き終え、呟く母の目から涙が零れ落ちた。それに気付いた父が、やはり話さない方が良かったか…、と呟く。しかし、母はその言葉にすぐに首を横に振った。
「いいえ、私は悲しくて涙が出たのではありません」
「では、何故…?」
「私は、今とても嬉しいのです」
「嬉しい…?」
「はい、産まれた子が女の子と言えど、家族が、子供が増えたことに変わりはありません。…そうでしょう?」
 父ははっと顔を上げた。母は大好きなその優しい笑顔で、こちらを見詰めている。そんな風に考えていなかった父は、心が洗われたように感じていた。女の子が産まれても尚嬉しそうな母は、父には輝いて見えた。

 父は病室を出て、一人心の中で呟いた。その目には、一粒の涙が光っている。
(ありがとう…)

 病室で一人になった母は、目を閉じて、小さく口を開いた。その目には、また一粒の涙が光っていた。
「私たちにとっては、ですが。その子にとっては……」
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