バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan

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第24話 光を取り戻す日

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「メス」
マイルズの短く、冷静な声が天幕の中に響いた。
助手を務める看護師長(彼女もマイルズが徹底的に訓練した)が、震える手を押さえながら器具を渡す。
天幕の外からは、ベルナルドの扇動する声が聞こえてくる。
「神よ! この冒涜をお許しください! 悪魔が聖女様の瞳を切り裂こうとしております!」
「失敗すれば、その場で火あぶりだ! 薪を用意せよ!」
雑音だ。
マイルズは意識を集中し、外部の音を完全に遮断した。
彼にあるのは、目の前の患者――ノアの瞳だけだ。
(……『生命(ヴィータ)』・同調)
マイルズの魔力が、ノアの視神経とリンクする。
彼女の眼球内部の様子が、マイルズの脳裏に鮮明な3D映像として投影される。
白濁した水晶体。それが光を遮る壁だ。
「……始めます」
マイルズの手が動いた。
顕微鏡下でのマイクロサージャリー。
角膜の端を、わずか三ミリ切開する。出血は……ゼロ。
神速でありながら、羽毛が触れるような繊細さ。
(水晶体前嚢切開。……円形に、美しく)
極細の器具を挿入し、水晶体を包む袋(前嚢)を円形に切り取る。
ここが最も難しい工程の一つだが、マイルズの手技に迷いはない。
「吸引管」
次は、マイルズが『創造』で作り、ガントが仕上げた特殊な管だ。
この管の先端から、微細な魔力振動(超音波の代わり)を発生させる。
(水晶体核、破砕)
濁って固くなった水晶体を、魔力の振動で砕き、同時に吸引していく。
ズズズ……と、濁りが吸い出され、視界がクリアになっていく。
本来なら最新鋭の医療機器が必要な工程を、マイルズは自身の魔力コントロールと手先の器用さだけで再現していた。
「……綺麗になった」
水晶体嚢(袋)の中は空っぽになり、透明な水(房水)で満たされた。
「レンズ」
最後の工程。
マイルズが開発した、折りたたみ式の眼内レンズ。
これを細い筒に入れて、切開創から挿入する。
レンズは袋の中でゆっくりと広がり、本来あるべき位置に完璧に収まった。
(固定確認。……ズレなし。乱視軸、調整完了)
「……オペ、終了」
マイルズが器具を置いた。
時計を見る。開始からわずか十五分。
汗一つかいていない。
「……お、終わったのですか?」
看護師長が呆然と尋ねる。彼女の目には、マイルズの手が早すぎて何をしたのか見えていなかった。
「ああ。完璧だ」
マイルズはノアの顔を覗き込んだ。
局所麻酔のため、彼女の意識はある。
「ノア。……終わりましたよ」
「……え? もう……?」
ノアも信じられない様子だ。痛みどころか、触れられた感覚さえほとんどなかったのだから。
「眼帯をします。……外に出ましょう」

天幕の幕が開いた。
マイルズが、車椅子に乗せたノアを押して出てくる。
広場を埋め尽くす数千の領民たちが、固唾を飲んで見守る。
ベルナルドが、勝ち誇ったように駆け寄ってきた。
「早すぎる! 貴様、怖気づいて途中で止めたな!?」
「黙って見ていろ」
マイルズは広場の中央、最も陽の当たる場所にノアを連れて行った。
「ノア。……準備はいいですか」
「……はい」
マイルズの手が、眼帯の紐にかかる。
ベルナルドが叫ぶ。
「見えぬ! 見えるはずがない! もし見えていなければ、即刻処刑だ!」
スルリ。
白い眼帯が外され、風に舞った。
ノアは、恐る恐る、固く閉ざしていた瞼(まぶた)を震わせた。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと、その瞳が開かれる。
「……っ!」
最初に飛び込んできたのは、圧倒的な「光」だった。
彼女は眩しさに目を細め、手で遮ろうとした。
だが、マイルズが優しくその手を支えた。
「大丈夫。……ゆっくり、慣らして」
ノアは再び目を開いた。
光の粒が落ち着き、ぼんやりとした色彩が、次第に輪郭を結び始める。
頭上に広がる、抜けるような青。
流れる白い綿菓子のようなもの。
「……あ……」
視線を下ろす。
心配そうに見守る、数千の人々の顔、顔、顔。
色とりどりの服。風に揺れる木々の緑。
世界は、こんなにも色彩に溢れていたのか。
そして、彼女の視線は、目の前に跪(ひざまず)く一人の少年に釘付けになった。
銀色の髪が、太陽を反射して輝いている。
海のように深い青色の瞳が、優しく自分を見つめている。
「……あなたは」
ノアの声が震えた。
彼女は、震える手でマイルズの頬に触れた。
温かい。
声と、匂いと、手触り。それらが「視覚」と統合され、一つの真実となる。
「あなたが……マイルズ様、なのですね」
その言葉が、全てだった。
「み、見えているのか……!?」
ベルナルドが後ずさる。
「嘘だ! 演技だ! 盲人が見えるようになるなど、ありえん!」
ノアはベルナルドの方を向いた。
その瞳は、澄んだ碧色(へきしょく)。焦点はしっかりと合っている。
「……ベルナルド総長様。あなたの法衣は、とても鮮やかな赤色なのですね」
「ひっ……!」
色を言い当てられた。
疑いようのない事実。
「おおお……!」
領民たちの間から、どよめきが広がり、やがてそれは爆発的な歓声に変わった。
「聖女様の目が開いた!」
「マイルズ様が治したぞ!」
「奇跡だ! いや、これが『医学』の力か!」
人々がマイルズを称え、地面にひれ伏す。
ロッシュ伯爵が、ガント親方が、シンシアが、涙を流して抱き合っている。
「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な!」
ベルナルドは頭を抱えて絶叫した。
「これは神の御業ではない! 悪魔の契約だ! 認めん! 私が認めんぞぉぉ!」
彼は狂乱し、懐から短剣を抜いてノアに襲いかかろうとした。
「その目は偽りだ! 抉り出してやる!」
ガキンッ!
鈍い音が響き、短剣が弾き飛ばされた。
立ちはだかったのは、ロッシュ伯爵ではない。
マイルズだ。
彼は、隠し持っていた護身用の警棒(赤錆山製・特殊合金)で、一撃の下に短剣を叩き落としたのだ。
「……見苦しいですよ、総長」
マイルズは冷徹な瞳でベルナルドを見下ろした。
「賭けは私の勝ちだ。……約束通り、消えてもらおう」
「ひ、ひぃっ……!」
ベルナルドは腰を抜かし、這いつくばった。
周囲を見渡せば、数千の領民たちが、今や殺気立った目で彼を睨みつけている。
神の代弁者気取りで、自分たちの領主と聖女を害そうとした男への怒り。
「お、覚えておれ……! 教会が、法王庁が黙ってはいないぞ……!」
ベルナルドは部下に引きずられるようにして、逃げ去っていった。
広場には、再び歓喜の渦が戻った。
マイルズは、ノアに向き直った。
「ようこそ、光の世界へ」
ノアは車椅子から立ち上がり、よろめきながらも自分の足で立った。
そして、マイルズの胸に飛び込んだ。
「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」
彼女の涙が、マイルズの白衣を濡らす。
「私、決めました」
ノアは顔を上げ、濡れた瞳でマイルズを見つめ、誓うように言った。
「私は、教会には戻りません。……神様は、私に光をくれませんでした。光をくれたのは、マイルズ様です」
「……え?」
「私は、この命ある限り、貴方様にお仕えします。……貴方様こそが、私の新しい神様です」
「いや、神様はやめてくれ……」
マイルズは苦笑したが、ノアが彼を離す気配はなかった。
その瞳には、信仰に近い、いや、それ以上に重たい「執着」の炎が宿っていた。
ヒルデガルドの「配偶者予約」に続き、今度は聖女からの「全人生の奉納」。
マイルズの周囲は、内政問題以上に厄介な人間関係で埋め尽くされようとしていた。
だが、ひとまず勝利だ。
科学は信仰に勝ち、バーンズ領の自立は決定的となった。
そして季節は秋へ。
12歳が近づくマイルズに、新たな舞台への招待状が届く。
王都にある貴族の子弟が通う学び舎、「王立学院」。
そこには、身分、派閥、そして新たな出会いが渦巻いている。
内政チート領主の、学園無双編が幕を開ける。
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