バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan

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第25話 二つの聖域と、旅立ちの秋

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公開手術の熱狂から数日が過ぎた。
バーンズ領の迎賓館では、視力を取り戻した聖女ノアが、窓の外に広がる景色を――風に揺れる木々や、空を飛ぶ鳥を――飽きることなく眺めていた。
「……美しいです。世界は、こんなにも鮮やかだったのですね」
「気に入っていただけて何よりです」
マイルズが部屋に入ると、ノアは弾かれたように振り返り、満面の笑みで駆け寄ってきた。
「マイルズ様! ……あの、私、決めました!」
彼女は以前の宣言を繰り返そうとした。
「教会には戻りません。ここで、ずっと貴方様のお側に……」
「いいえ、ノア様」
マイルズは優しく、しかし拒絶の意志を込めて首を横に振った。
「あなたは、教会へお戻りください」
「……え?」
ノアの表情が凍りついた。
「どうしてですか? 私はもう、あんな暗い場所には戻りたくありません! ベルナルドのような人たちがいる場所なんて……!」
「だからこそ、戻るのです」
マイルズは彼女の手を取り、真剣な眼差しで見つめた。
「ノア様。あなたがここに残れば、あなたはただの『元聖女』として、教会から異端者の烙印を押され、追われる身になるでしょう」
「それでも構いません! マイルズ様がいれば!」
「私は構います」
マイルズはあえて突き放すように言った。
「私が救いたかったのは、あなたの『目』だけではありません。……あなたの『影響力』で救える、数多の人々の未来です」
マイルズは窓の外、西の方角――聖教国のある空を指差した。
「教会は腐っています。ですが、人々の心には信仰が必要です。……誰かが、中から変えなければならない」
「変える……私が?」
「はい。あなたは『奇跡』を目撃した。医学という名の、人が人を救う確かな力を知った」
マイルズは言葉に力を込めた。
「戻ってください、ノア様。そして、見てきたことを伝えてください。ベルナルドのような狂信ではなく、知識と慈愛こそが神の意志なのだと。……あなたなら、それができるはずだ」
「マイルズ様……」
ノアは唇を噛み締めた。
ここにいたい。この温かい光の側にいたい。
だが、マイルズが求めているのは、ただ守られる少女ではなく、共に戦う「同志」なのだと悟った。
「……厳しい方ですね、私の神様は」
ノアは泣き笑いのような表情を見せた。
「わかりました。……戻ります。戻って、戦います」
彼女の瞳に、強い意志の光が宿った。
「私が教皇聖下にお話しします。バーンズ領で見た真実を。そして、いつか必ず……教会を、マイルズ様の敵にならない、まともな組織に変えてみせます」
「期待しています。……それが、私への『治療費』ですよ」

翌朝。
逃げ帰ったベルナルドに代わり、残された穏健派の司祭たちがノアを迎えに来た。
馬車に乗り込む直前、ノアはマイルズに向き直った。
「マイルズ様。……」
「ええ。お元気で」
「さようならは、言いません」
ノアは首を振った。
「また会えます。……私が、胸を張って貴方様の隣に立てるようになった時、必ず」
彼女は最後に、マイルズの手の甲に、聖女としての祝福のキスを落とした。
「貴方様の行く末に、幸多からんことを」
馬車が動き出す。
ノアは窓から顔を出し、バーンズ領の風景を――彼女が初めて見た光の世界を――目に焼き付けるように見つめ続けていた。
マイルズは、その姿が見えなくなるまで見送った。
「……行ったか」
「よろしかったのですか?」
後ろに控えていたシンシアが尋ねる。
「計算上、彼女を手元に置けば、宗教的な防波堤として利用できましたが」
「いいや。彼女は『種』だ」
マイルズは空を見上げた。
「バーンズ領という畑だけでなく、聖教国という荒れ地にも種を蒔いた。……いつか、大きな花を咲かせるさ」
こうして、宗教対立の危機は去った。
マイルズは、科学の力で奇跡を超え、聖女という最強の「布教者」を敵陣に送り込むことに成功したのだ。

季節は巡り、秋。
バーンズ領の木々が紅く色づく頃。
マイルズの元に、王都から一通の豪奢な封筒が届いた。
「……来たか」
父ロッシュが、寂しげな顔でその封筒を見つめている。
差出人は、ニース王国王立学院。
貴族の子弟が十二歳になると入学を義務付けられる、最高学府からの招待状だ。
「早いものだな。……あの小さかったお前が、もう学院へ行く歳か」
「父上。まだ身長は伸びていますよ」
マイルズは苦笑した。
この一年で、彼の身長はさらに伸び、少年特有の細さは消え、青年の入り口に立つような精悍さを帯びていた。
「学院か……」
マイルズは招待状を手に取った。
そこは、次代の王国を担う貴族たちが集まる場所。
つまり、将来の宰相、将軍、そして派閥の長たちがひしめく「伏魔殿」だ。
「退屈はしなさそうです」
「お前が行けば、台風の目になるのは確定だがな」
ロッシュはため息をついた。
「いいかマイルズ。学院では身分がすべてだ。だが、お前には関係ないだろうな。……派手にやりすぎて、退学にならんように気をつけろ」
「善処します。……ですが、売られた喧嘩は買いますよ」
マイルズはニヤリと笑った。
出発の日。
マイルズは、エリーゼ、シンシア、そして新しく開発した「学園生活用の秘密道具」を詰め込んだ鞄と共に、蒸気機関車に乗り込んだ。
(今回は、王都まで線路が繋がっていないため、途中から馬車に乗り換える予定だ)
「行ってきます、父上、母上、リリア」
「お兄様! 絶対に手紙書いてね! 毎日よ!」
「マイルズ、体に気をつけて……」
「うむ。……バーンズの名に恥じぬよう、学んでこい」
家族に見送られ、マイルズは旅立った。
目指すは王都。
そこには、新たな出会いと、新たな敵。
そして、まだ見ぬ「学園内政」という未開の荒野が待っている。
「さて、シンシア。……学院の『生徒会』と『予算委員会』の資料はあるか?」
「はい。すでに入手済みです。……学院の運営資金、かなり非効率な使われ方をしています」
「ふふ。……まずはそこから『メス』を入れるか」
走る列車の窓から、マイルズは遠くの空を睨んだ。
十二歳の秋。
内政チート領主の、学園無双編が幕を開ける。
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