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第40話 白亜の城と、空っぽの玉座
しおりを挟む王立学院の2年生となり、特別登校免除を得たマイルズは、久しぶりに故郷バーンズ領へと戻っていた。
季節は晩秋。
冷たい風が吹く領都の丘の上に、巨大な建設現場が広がっていた。
「……壮観だな」
マイルズは、目の前の光景に目を細めた。
赤錆山のスラグを利用したコンクリート。
それを鉄筋で補強し、魔法で乾燥させた、この世界初の「鉄筋コンクリート造」の巨大建築物。
まだ骨組みの段階だが、その威容は王都の城にも匹敵する。
「予定通りだな、マイルズ」
隣に立つ父ロッシュが、感慨深げに頷く。
「これが……お前の言う『総合医療センター』か。まるで要塞だ」
「ええ。病という敵と戦うための、絶対の要塞ですよ」
マイルズは図面を広げた。
「一階は救急外来と薬局。二階は入院病棟。三階は手術室と集中治療室(ICU)。……ベッド数は三百。これなら、領内の急患全てを受け入れられます」
「三百床か。……夢のような話だ」
ロッシュは笑ったが、その笑顔はすぐに曇った。
「だがな、マイルズ。……箱は作れても、中身はどうする?」
「中身?」
「人だ。……誰が、三百人の患者を診るのだ?」
その懸念は、現場を預かる責任者からも上がっていた。
仮設の診療所で、老医師ガレンが悲鳴を上げていたのだ。
「若様! 無理です! これ以上は!」
ガレンは、目の下に濃い隈を作り、痩せこけていた。
かつて疫病騒動でマイルズに弟子入り(?)した彼は、今や領内で唯一、マイルズの医学理論を理解できる医師として、激務に追われていた。
「現在の患者数、一日平均八十名。……それを、ワシと数名の薬師見習いだけで回しております。もう限界ですじゃ……」
ガレンの手が震えている。
「若様の教えを守り、カルテを書き、消毒をし、診察をする……。一人につき十分かけたとしても、一日中休む暇もありません」
「……すまない、ガレン」
マイルズは老医師の労をねぎらい、水魔法で疲労回復を促した。
「私の読みが甘かった。……建物を作るペースに、人の育成が追いついていない」
マイルズは、シンシアが作成した「医療従事者必要数試算表」を見た。
三百床の病院を稼働させるために必要な人員。
医師:最低でも三十名。
看護師:百名以上。
「……現状、医師は私とガレンの二名。看護師はゼロ(見習い数名)。……欠員率九十八%か」
絶望的な数字だ。
建物が完成しても、これではただの廃墟(ゴースト・ホスピタル)になってしまう。
「魔法使いを雇えばいいのでは?」
ロッシュが提案するが、マイルズは首を振った。
「治癒魔法使い(ヒーラー)は高給取りな上に、数が少ない。それに彼らの多くは『祈れば治る』という精神論者だ。……私の医学(科学)とは相性が悪すぎる」
マイルズが必要としているのは、魔法が使える者ではない。
解剖学を理解し、細菌の存在を認め、メスを握る覚悟のある「医師」だ。
そして、患者の身の回りを世話し、容態の変化を監視する「看護師」だ。
「……領内で育てるには、時間がかかりすぎますね」
マイルズは、建設中の白い巨塔を見上げた。
「外から連れてくるしかありません」
「外から? 誰を?」
「王都です」
マイルズは、王都の方角を睨んだ。
「王都には『医師ギルド』がある。腐敗しているとはいえ、基礎知識を持った人間は掃いて捨てるほどいるはずだ」
「引き抜くつもりか? ギルバート殿下や公爵のコネを使って?」
「いえ。……コネで来るような腰掛けはいりません」
マイルズの目に、狩人の色が宿った。
「欲しいのは、はぐれ者だ」
マイルズは言った。
「ギルドの古い慣習に馴染めず、干されている者。……あるいは、腕はあるが身分が低くて芽が出ない者。……そういう『原石』を拾い集めます」
「……なるほど。お前らしい」
ロッシュはニヤリとした。
「だが、それだけでは足りんだろう?」
「ええ。……医師が頭脳なら、手足となる『看護師』が必要です」
マイルズは、広場を行き交う領民の女性たちを見た。
彼女たちは勤勉だが、医学知識はない。文字が読めない者も多い。
「学校を作ります」
マイルズは断言した。
「『バーンズ看護学校』。……給金を払いながら教育を施し、即戦力として育てる。対象は、職のない女性や、向学心のある平民だ」
「金がかかるぞ」
「バーンズ商会が稼ぎ出しています。金なら幾らでもある」
マイルズは拳を握りしめた。
「箱(病院)は春には完成します。……それまでに、最強の医療チーム(軍団)を編成して戻ってきます」
◇
翌日。
マイルズは再び王都へ向かう馬車の中にいた。
同乗しているのは、技術パートナーのシャルロットだ。
「ねえマイルズ君。お医者さんを集めるのはいいけど、道具はどうするの?」
シャルロットが、開発中の図面を広げる。
「聴診器に、注射器に、体温計。……手作りじゃ数が足りないよ?」
「ああ。それも課題だ」
マイルズは頷いた。
「医療機器の量産体制も整えなければならない。……それに、もっと高度な機器も必要だ」
「高度な?」
「体の中を透かして見る機械(レントゲン)。……心臓の音を波形にする機械(心電図)。……これらを、君の『魔導工学』で再現してほしい」
「ええっ!? 中を透かすって……どうやるの!?」
「原理は教える。……君なら作れるさ」
シャルロットの目が輝き出した。
「やる! 絶対やる! ……ああっ、また徹夜の日々が始まる予感!」
マイルズは苦笑しながら、窓の外を見た。
王都の城壁が見えてくる。
そこは、古い権威と新しい富が渦巻く場所。
医師ギルドという巨大な既得権益との戦いが待っている。
だが、マイルズに迷いはない。
「待っていろ、王都の医者たち。……君たちの常識を、私が執刀(オペ)してやる」
13歳の実業家兼学生、そして医師。
マイルズの次なる戦場は、「白い巨塔」――医療界の革新へと移っていく。
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