バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan

文字の大きさ
41 / 58

第41話 腐敗した巨塔と、拒絶される最新医療

しおりを挟む

王都の一等地に構えられた「バーンズ商会本店」。
その最上階にある会長室で、マイルズは財務官のシンシアから報告を受けていた。
「……資金調達は順調です。ボーンチャイナと石鹸の利益で、医師五十名を三年間、王都の相場の倍額で雇えるだけの予算を確保しました」
シンシアが、分厚い帳簿を閉じて眼鏡の位置を直す。
「金はあります。……あとは、人が来るかどうかです」
「ああ。……そこが一番の難関だ」
マイルズは窓の外、王都の中心部にそびえる古めかしい石造りの建物を睨んだ。
「王都医師ギルド本部」。
この国の医療を独占し、医師免許の発行権を持つ巨大組織だ。
「正面突破といこう。……彼らが『話の通じる相手』であることを祈りながらな」

医師ギルドの本部は、独特の臭気に満ちていた。
薬草を煮出した蒸気と、鉄錆のような血の匂い、そしてカビ臭さ。
待合室では多くの患者が呻いているが、医師たちは奥の部屋で談笑している声が聞こえる。
「……ひどいな」
同行したシャルロットが、鼻をつまんで顔をしかめる。
「換気が全然されてないよ。これじゃ病気が移っちゃう」
「ああ。……ここ自体が病巣(びょうそう)だ」
マイルズは受付を通り、ギルド長室へと通された。
部屋の主は、脂肪に埋もれたような巨体の男、ボーロック・ギルド長。
彼は豪奢な椅子にふんぞり返り、マイルズを一瞥もせずにワインを飲んでいた。
「……バーンズ伯爵家の小僧か。なんの用だ? 商売の話なら帰れ。ここは神聖な医療の場だ」
ボーロックは、マイルズが持参した「最高級ボーンチャイナの茶器セット」の手土産だけは、しっかりと受け取りながら言った。
「単刀直入に申し上げます」
マイルズは笑顔を崩さずに切り出した。
「我が領に建設中の『総合医療センター』への、医師の派遣をお願いしたいのです。……三十名ほど」
「三十名だと!?」
ボーロックがワインを吹き出しそうになる。
「馬鹿を言うな! 医師は貴重なのだ。そんな田舎に送る人員など一人もおらん!」
「条件は悪くありませんよ」
マイルズは契約書を提示した。
「給与は王都の相場の倍。住居完備。最新の研究設備も使い放題です」
ボーロックの目が、金額を見て一瞬輝いた。
だが、すぐに醜く歪んだ。
「……金で医者の頬を叩く気か? 成金が」
彼は契約書を放り投げた。
「それに聞いたぞ。貴様、患者の腹を切り裂いて内臓を弄り回しているそうだな? 『外科手術』とかいう野蛮な儀式を」
「野蛮ではありません。根治治療です」
「黙れ! 医療とは、体液のバランスを整える高尚な学問だ! 瀉血(しゃけつ)と祈祷こそが王道! 刃物を使うなど、床屋か屠殺人の仕事だ!」
この世界の医学は、古い「体液病理説」が支配している。
悪い血を抜けば治る、星の巡りが悪いから病気になる……そんな迷信が「最新医療」としてまかり通っているのだ。
「……では、貴殿は盲腸(虫垂炎)の患者に、ヒルを貼り付けて祈るだけですか?」
マイルズの声が冷たくなる。
「それで死んだら?」
「神の御心だ。寿命だったのだ」
「……くだらない」
マイルズは吐き捨てた。
「神のせいにするな。それは『殺人』だ」
「き、貴様……! ギルド長である私に向かって!」
ボーロックが顔を真っ赤にして立ち上がる。
「いいだろう! 交渉決裂だ! 貴様の領地には、医者一人たりとも送らん! もし行く者がいれば、そいつの医師免許を剥奪し、ギルドから追放してやる!」
破門宣言。
これで、まともなキャリアを持つ医師は、怖くてバーンズ領には来られなくなった。
「……結構です」
マイルズは立ち上がり、冷徹な瞳でボーロックを見下ろした。
「あなたの言う『高尚な医者』など、最初からいりません。……私が欲しいのは、患者を救う覚悟のある人間だけだ」
マイルズは部屋を出た。
背後で、ボーロックが「二度と来るな!」と喚いているのが聞こえる。

ギルドを出たマイルズは、深く息を吐き出し、新鮮な空気を吸った。
「……ふぅ。予想通りとはいえ、疲れる連中だ」
「大丈夫? マイルズ君」
シャルロットが心配そうに顔を覗き込む。
「交渉、失敗しちゃったね……。どうするの? お医者さんがいないと、病院が開けないよ?」
「いや、想定内だ」
マイルズは歩き出した。その足取りに迷いはない。
「正面玄関が閉ざされているなら、裏口を叩くだけだ。……それに、腐ったリンゴを籠に入れる必要はない」
マイルズは、王都の地図を広げた。
指差したのは、華やかな大通りではなく、下町やスラムに近いエリア。
「シャルロット。……『はぐれ者』を探すぞ」
「はぐれ者?」
「ああ。ギルドの古いやり方に馴染めず、弾き出された変わり者たちだ。……腕はいいが、性格に難がある連中とかな」
そしてもう一つ。
マイルズは、街を行き交う女性たち――職がなく、路頭に迷う者や、向学心はあるが機会を与えられない平民の娘たちを見た。
「医師が足りないなら、医師を支える『手』を増やせばいい」
マイルズの脳裏に、近代医療の礎となった「白衣の天使」の姿が浮かぶ。
「学校を作るぞ、シャルロット」
「え? ?」
「『看護学校』だ。……医学知識を持つ専門職を、ゼロから育てる」
既得権益との決裂は、マイルズに新たな道を選ばせた。
権威に頼らない、実力主義の医療チームの結成。
それは、後に「バーンズ・メディカル・アーミー(医療軍団)」と呼ばれる最強集団の始まりだった。
「さあ、忙しくなるぞ。……まずは、王都一の『ヤブ医者』と噂される男に会いに行こうか」
マイルズは、路地裏の薄汚れた診療所の看板を目指して歩き出した。
腐敗した巨塔への、痛烈なカウンターが始まろうとしていた。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。 《作者からのお知らせ!》 ※2025/11月中旬、  辺境領主の3巻が刊行となります。 今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。 【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん! ※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

処理中です...