42 / 58
第42話 ナイチンゲールの卵たちと、路地裏の解剖医
しおりを挟む王都の下町にある貸しホール。
そこに、異様な熱気が渦巻いていた。
「……すごい数だね、マイルズ君」
舞台袖から会場を覗き込んだシャルロットが、眼鏡を直しながら驚きの声を上げた。
「この人たち、みんな……職を探しているの?」
集まったのは、数百人の女性たち。
職を失ったメイド、夫を亡くした未亡人、あるいは向学心はあるが貧しさゆえに学べなかった平民の娘たち。
入り口に掲げられた看板にはこうある。
『バーンズ領・新規医療スタッフ募集。衣食住完備、高給優遇。ただし、血を見る覚悟のある者のみ求む』
「ああ。彼女たちは、社会からあぶれてしまった層だ」
マイルズはシャルロットに答えた。
「だが、労働意欲と生活への執着は誰よりも強い。……私の求める人材だ」
マイルズはステージへと歩み出た。
ざわめきが止み、数百の視線が彼に集中する。
「ようこそ。バーンズ商会会長、マイルズ・バーンズです」
マイルズはよく通る声で語りかけた。
「単刀直入に言います。私が求めているのは、雑用係でも、ただの世話係でもありません。……人の命を預かる『専門職』です」
会場がどよめく。
この世界において、病人の世話は家族か、教会の下働きがやる「奉仕活動」と見なされている。それを「専門職」と呼ぶのは異例だ。
「貴女方には、私の領地に新たに設立する『看護学校』に入学していただきます。そこで半年間、徹底的に学んでもらいます」
マイルズは言葉を続けた。
「人体の構造、薬の知識、そして衛生管理。……試験に合格した者には、『看護師(ナース)』という称号と、騎士と同等の給与を約束します」
「き、騎士と同等!?」
「本当ですか!?」
「嘘はつきません。その代わり……過酷です」
マイルズは真剣な眼差しで会場を見渡した。
「血や汚物にまみれ、死にゆく人と向き合う仕事です。……ただの金目当てや、生半可な覚悟なら帰ってください」
静寂。
数名が席を立って出ていったが、大半はその場に残った。
彼女たちの目には、貧困から抜け出したいという渇望と、誰かの役に立ちたいという希望が宿っていた。
「……合格だ。残った全員、バーンズ領へ連れて行く」
マイルズはニヤリと笑った。
これで「手足」となる候補生(一期生)の確保はできた。
彼女たちを連れ帰り、既存の「私塾」の空き教室か、あるいは建設中の病院の一角を使って、即席の授業を始めることになるだろう。
次は「頭脳」だ。
◇
王都のスラム街。
腐敗臭と汚水が流れる、医師ギルドの人間なら決して近づかない場所。
その最深部にある、崩れかけた石造りの小屋。
「……うう、臭いよぉ」
シャルロットが鼻をつまんで涙目になっている。
「我慢してくれ。ここに、我々が必要とする『技術屋』がいるんだ」
マイルズは小屋の扉をノックもせずに開けた。
中は、意外にも清潔だった。
薬品の匂い。整頓された器具。
そして、粗末な手術台の上で、一人の男が血まみれの患者――おそらく喧嘩で刺されたチンピラ――の腹を縫っていた。
「……動くな。腸が出るぞ」
男は、ボサボサの黒髪に無精髭、そして片目に眼帯をしていた。
手際が良い。速い。そして何より、迷いがない。
「……誰だ、ガキ共」
処置を終えた男が、血のついた手を洗いながら振り返った。
鋭い眼光。纏う空気は、医師というより殺し屋に近い。
「見事な縫合だ」
マイルズは拍手をした。
「腸管の損傷も見逃さず、二層縫合で確実に塞いだ。……ギルドの『ヤブ医者』たちには真似できない芸当だ」
「……ギルドの回し者か? 生憎だが、俺はとっくに破門された身だ」
男はタオルで手を拭き、安酒をラッパ飲みした。
ゼッド。
かつて王立病院の筆頭外科医だったが、禁忌とされる「人体解剖」を独断で行い、追放された異端児だ。
「知っていますよ、ゼッド先生。……貴方が解剖をしたのは、死因不明の奇病を解明するためだったこともね」
マイルズの言葉に、ゼッドの手が止まった。
「……何が言いたい」
「スカウトに来ました。……私の病院で、思う存分『切って』みませんか?」
マイルズは、建設中の総合医療センターの設計図と、最新鋭の手術器具(サンプル)をテーブルに置いた。
ゼッドは興味なさそうに見ていたが、マイルズが取り出した「あるもの」を見て、目を剥いた。
「……なんだ、その精巧な図は」
「『人体解剖図』です。私が書きました」
マイルズが前世の記憶を頼りに描いた、筋肉、血管、神経の正確な模写。
「……貴様、何人バラした?」
「一人も。……ただ『視える』だけです」
マイルズは『生命』スキルを発動し、ゼッド自身の古傷(左腕の神経損傷)を言い当てた。
ゼッドはしばらくマイルズを睨みつけ……やがて、口元を歪めた。
「……狂ってやがる。だが、面白い」
彼は酒瓶を置いた。
「俺を雇うなら高くつくぞ。……それに、俺は患者を選ばん。罪人だろうが王族だろうが、助かる見込みがあれば切る」
「望むところです。……命に貴賎はありませんから」
マイルズは右手を差し出した。
「契約成立ですね、外科部長」
「フン。……好きに呼べ」
ゼッドの汚れた手が、マイルズの手を握り返した。
こうして、バーンズ医療チームの「司令塔」となる男が加わった。
帰り道。
「ねえマイルズ君。……あの先生、すごく怖かったんだけど、本当に大丈夫?」
シャルロットが身震いする。
「ああ。だが、メスを持たせれば世界一だ。……性格の悪さは、私がカバーするさ」
看護師の卵たちと、異端の天才外科医。
ピースは揃いつつある。
だが、彼らが活躍するためには、ただの「技術」だけでは足りない。
見えない体内を可視化する「魔導医療機器」が必要だ。
「さあ、シャルロット。……帰ったら徹夜だぞ」
「ええーっ!? またぁ!?」
シャルロットが悲鳴を上げるが、その目は新しい研究への期待で輝いていた。
マイルズの内政は、医療革命のフェーズへと突入する。
次に開発するのは、魔力を使ったレントゲン――「魔導透過撮影機」。
それは、医学の歴史を数百年進める発明となる。
394
あなたにおすすめの小説
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
《作者からのお知らせ!》
※2025/11月中旬、 辺境領主の3巻が刊行となります。
今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。
【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん!
※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる