バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan

文字の大きさ
43 / 58

第43話 黒衣の外科医と、白衣の天使たち

しおりを挟む


王都からバーンズ領へ向かう街道を、数台の馬車が列をなして進んでいた。
乗っているのは、マイルズが王都でかき集めた「医療チーム」の卵たちだ。
「……おい、小僧。まだ着かんのか」
先頭の馬車で、ゼッドが不機嫌そうに安酒を煽る。
「もうすぐですよ、外科部長。……見えてきました」
マイルズが指差した先。
領都の丘の上に、建設中の巨大な白い骨組みが聳え立っていた。
鉄筋コンクリート造、地上五階建て。
周囲の木造建築とは一線を画す、異様な威圧感を放つ要塞。
「……ほう」
ゼッドが酒瓶を口から離し、片目だけでその巨塔を見上げた。
「あれが俺の『職場』か。……悪くねえデカさだ」
後ろの馬車に乗っていた看護師候補の女性たちも、窓から顔を出してどよめいている。
「すごい……お城みたい」
「あそこで私たちが働くの?」
彼女たちの目には、不安よりも期待の色が濃くなっていた。

領都に到着すると、仮設診療所の前で、老医師ガレンと薬師見習いたちが出迎えた。
「お帰りなさいませ、若様! ……おお、これほどの人手を連れてきてくださるとは!」
ガレンは涙ぐみながら、馬車から降りてくる女性たちを見た。
だが、最後に降りてきたゼッドを見て、その表情が凍りついた。
ボサボサの髪、無精髭、眼帯。そして酒の臭い。
どう見ても医師には見えない。山賊か殺し屋だ。
「……若様。この薄汚い男は、荷運び夫か何かで?」
「あぁ? 誰が薄汚いだと、爺さん」
ゼッドが殺気を放つ。
「紹介します。……彼が、新しい『外科部長』のゼッド先生です」
「げ、外科部長ぉぉ!?」
ガレンが卒倒しそうになる。
「馬鹿な! このような礼儀知らずな男に、神聖な医療の指揮を執らせるなど!」
「礼儀で人が治るなら、教会で祈ってな。……俺は腕で治す」
「なんですと……!」
一触即発。
古い権威(ガレン)と、新しい異端(ゼッド)。
水と油の二人が睨み合う中、マイルズはパンと手を叩いた。
「挨拶はそこまで。……実力は、現場で見せてもらいましょう。それよりも今は、彼女たちの『着替え』が先です」

マイルズは、集められた女性たちを講堂に集めた。
そこには、銀翼商会の職人に特急で作らせた、新しい「制服」が積まれていた。
「これに着替えてください」
マイルズが広げて見せたのは、純白のワンピースに、清潔なエプロン、そして髪をまとめるためのナースキャップ。
前世の「クラシカルなナース服」のデザインだ。
「真っ白……ですね」
一人の女性が恐る恐る触れる。
「汚れが目立ちそうです」
「その通り。……汚れが目立つからこそ、常に清潔を保とうとする意識が生まれる」
マイルズは厳しく言った。
「いいですか。医療の現場において、汚れとは『死』です。貴女たちの服が汚れていれば、患者が死ぬと思ってください」
彼女たちは息を呑み、そして真剣な顔で服を受け取った。
数十分後。
講堂から出てきた彼女たちは、見違えるようだった。
薄汚れた平民の娘ではなく、規律と使命感を帯びた「白衣の天使」の集団。
「……壮観だね、マイルズ君」
シャルロットが眼鏡を直しながら感心する。
「形から入るのも大事だね。みんな、顔つきが変わったよ」

その時だった。
「急患だ! 道を開けろ!」
衛兵の叫び声と共に、担架が運び込まれてきた。
建設現場で足場が崩れ、落下した作業員だ。
「ひどい……」
足の骨が皮膚を突き破り、大量に出血している。開放骨折だ。
顔色は土気色で、ショック状態に陥りかけている。
「ガレン先生! 指示を!」
見習いたちが慌てふためく。
「う、うむ……まずは止血だ! 薬草を……いや、先に祈祷を……!」
ガレンも動揺している。これほどの大怪我は、彼の経験でも手に余る。
「どけ」
低い声と共に、ゼッドが割り込んだ。
彼はガレンを突き飛ばし、患部を一瞥した。
「大腿動脈損傷。……五分で死ぬぞ」
「な、何をする気だ!」
「繋ぐんだよ。……おい小僧(マイルズ)、麻酔はあるか」
「準備してあります」
マイルズは既に注射器を構えていた。阿吽の呼吸だ。
「お前ら! 突っ立ってんじゃねえ!」
ゼッドが、白衣に着替えたばかりの看護師たちを怒鳴りつけた。
「お湯を沸かせ! 清潔な布を持ってこい! 明かりだ、手元を照らせ!」
彼女たちは一瞬竦(すく)んだが、マイルズの頷きを見て弾かれたように動いた。
「はいっ!」
「お湯、入ります!」
「照明、確保します!」
即席の手術室が出来上がった。
マイルズが麻酔を打ち、ゼッドがメスを握る。
「……始めるぞ」
そこからは、神速の世界だった。
泥と油にまみれていた皮膚を洗浄し、切開。
鮮血が噴き出すが、ゼッドは顔色一つ変えずに血管を鉗子(かんし)で止め、針と糸で縫合していく。
その手つきは、粗暴な言動とは裏腹に、極めて繊細で正確だった。
「……速い」
ガレンが、呆然と見つめる。
自分なら止血だけで三十分はかかる作業を、この男は数分で終わらせた。
しかも、骨の整復まで同時に行っている。
「……よし。閉じるぞ」
最後の縫合を終え、ゼッドが手を止めた。
患者の呼吸は安定している。
「……助かった……のか?」
作業員仲間が恐る恐る尋ねる。
「ああ。……だが、ここからが勝負だ」
ゼッドは、汗だくになった看護師たちを見た。
「術後の感染症が一番怖い。……お前ら、この患者から目を離すな。熱が出たらすぐに報告しろ。シーツは一日に三回変えろ。……いいな!」
「はいっ!!」
彼女たちの返事は、力強かった。
初めて人の命を救う手伝いをした。その実感が、彼女たちを本当の看護師へと変え始めていた。

手術後。
ゼッドは外のベンチで、不味そうに水を飲んでいた(マイルズにより、勤務中の飲酒は厳禁とされたため)。
「……見事な腕前でした」
ガレンが、バツが悪そうに近づいてきた。
「ワシの負けです。……あのような傷、ワシには治せませんでした」
「フン。……爺さん、あんたが今までやってきた薬草治療も、無駄じゃねえよ」
ゼッドはぶっきらぼうに言った。
「患者の体力が残っていたから、俺が切れたんだ。……あんたが日頃から、領民の健康管理をしていたおかげだ」
「……ゼッド殿」
「俺は切ることしかできん。術後の管理や、内科的なことはあんたがやれ。……外科と内科、両輪がなけりゃ病院は回らん」
ガレンは深く頭を下げた。
「……御意。この老骨、及ばずながら貴殿を支えましょう、外科部長」
「……勝手にしろ」
物陰からその様子を見ていたマイルズとシャルロットは、顔を見合わせて笑った。
「うまくいったね、マイルズ君」
「ああ。……雨降って地固まる、だ」
白亜の巨塔に、魂(スタッフ)が入った。
最強の外科医と、献身的な看護師たち。そして彼らをまとめる老練な内科医。
チーム・バーンズの骨格は完成した。
だが、休んでいる暇はない。
「次は『目』だ」
マイルズはシャルロットに向き直った。
「シャルロット。……魔導レントゲンの開発を急ぐぞ。切る前に、中を見る目が必要だ」
「了解! ……徹夜決定だね!」
マイルズの内政は止まらない。
次は、魔法と科学を融合させた「魔導医療機器」の開発だ。
それは、医学の常識をさらに大きく覆すことになる。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。 《作者からのお知らせ!》 ※2025/11月中旬、  辺境領主の3巻が刊行となります。 今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。 【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん! ※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

処理中です...