バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan

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第44話 魔導の瞳と、透き通る骨

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「……クソッ。見えん」
バーンズ領、建設中の総合医療センターの一角。
仮設の手術室で、外科部長のゼッドが苛立ちを露わにしていた。
手術台には、落石事故で足を怪我した石工の男が横たわっている。
「骨が折れているのは分かる。だが、どう折れているかまでは切り開いてみないと分からん」
ゼッドはメスを握りながら舌打ちした。
「粉砕しているのか、ヒビだけなのか。……開けてみて『手遅れだから切断だ』じゃあ、藪医者と変わらねえ」
触診と経験だけが頼りの世界。
皮膚の下にある真実は、神のみぞ知る領域だ。
だが、マイルズはそれを否定する。
「なら、見ればいい」
マイルズは手術室のドアを開けた。
後ろには、台車に載せた奇妙な装置を押してくるシャルロットがいる。
「……なんだ、その大掛かりなガラクタは」
ゼッドが胡乱(うろん)な目を向ける。
「『魔導透過撮影機(マギ・レントゲン)』だ」
マイルズは装置をベッドの横に据え付けた。
「皮膚や筋肉を素通りし、骨だけを映し出す『光』を照射する。……ゼッド、切る前に一枚撮らせてくれ」

開発は、困難を極めた。
前世のレントゲンは「X線(放射線)」を使うが、この世界でウランやラジウムを扱うのは危険すぎるし、管理できない。
そこでマイルズとシャルロットは、別のアプローチをとった。
「光魔法の波長を極限まで短くするの!」
シャルロットの研究室は、連日連夜、怪しげな光に包まれていた。
「通常の光は肌で反射するけど、魔力で圧縮した『透過光(ペネトレイト・レイ)』なら、柔らかい組織をすり抜ける。でも、密度の高い『骨』や『金属』にはぶつかって影を落とす……」
理論は完璧だ。問題は出力制御だった。
強すぎれば火傷を負わせ、弱すぎれば何も映らない。
シャルロットは数百回の試作を繰り返し、ついに最適な波長を生み出す「魔石レンズ」を完成させたのだ。
「セット完了!」
シャルロットが、黒い箱(感光板を入れたカセッテ)を患者の足の下に差し込む。
「照射します! ……『光よ、真実を写せ(レイ・グラフィ)』!」
カッ!
装置から、目に見えない波動が一瞬だけ放たれた。
患者は何が起きたのか分からず、きょとんとしている。
「……痛くねえぞ?」
「現像するぞ」
マイルズは感光板を抜き取り、暗室へと走った。
特殊な薬品(銀翼商会から仕入れた薬品を調合したもの)に浸すと、白い板の上に、徐々に黒い影が浮かび上がってくる。
数分後。
マイルズは、まだ湿っている「写真」を手術室に持ち込んだ。
シャーカッセン(照明箱)の代わりに、光る魔石板の上に写真を乗せる。
「……見ろ」
そこに映し出されていたのは、鮮明な「骨」の影だった。
白い背景に、黒く浮かび上がる足の骨。
そして、脛骨(けいこつ)に入った、複雑な亀裂。
「なっ……!?」
ゼッドが絶句した。眼帯をしていない方の目が、限界まで見開かれる。
「こ、これは……骨か!? 肌を剥がずに、中が見えているのか!?」
「ああ。ここを見てくれ」
マイルズは亀裂の一箇所を指差した。
「複雑骨折だが、破片は飛び散っていない。……これなら、切断する必要はない。ボルトで固定すれば治る」
「……マジかよ」
ゼッドは写真に顔を近づけ、食い入るように見つめた。
彼は理解したのだ。この一枚の紙切れが、どれほどの価値を持つかを。
「……切開範囲を最小限にできる。神経を傷つけるリスクも減る。……これがあれば、手術の成功率は倍になるぞ」
「やるか?」
「当たり前だ! ……消毒! メス!」
ゼッドの声が弾んだ。
迷いは消えた。彼は写真で確認した位置に、正確にメスを入れた。
無駄な切開は一切ない。ピンポイントで患部に到達し、手際よく骨を固定していく。
手術は、予定の半分以下の時間で終了した。
患者の足は切断を免れ、数ヶ月後には歩けるようになるだろう。

「……恐れ入った」
術後、ゼッドは手袋を外しながら、珍しく素直に頭を下げた。
「あんた等は化け物だ。……魔法使いってのは、火の玉を投げるだけじゃねえんだな」
「えへへ、すごいでしょ!」
シャルロットが鼻の下を擦って自慢げにする。
「これだけじゃないよ! 心臓の音を波にする『心電図』も、今調整中なんだから!」
「心臓の音だと……? 楽しみにしておいてやる」
ゼッドはニヤリと笑った。
彼の中で、マイルズたちへの評価が「金持ちの道楽」から「最高の武器商人」へと変わった瞬間だった。
マイルズは、窓の外を見た。
完成間近の巨大な病院。
中身(スタッフ)は揃った。武器(機材)も手に入れた。
あとは、実戦あるのみだ。
「……準備は整った」
マイルズは呟いた。
「だが、この武器を使う機会は、予想より早く来るかもしれない」
その予感は的中する。
数日後、王都から早馬が駆け込んでくることになる。
それは、王都の一部で発生した、原因不明の集団食中毒――パンデミックの急報だった。
医師ギルドが匙を投げ、混乱に陥る王都。
マイルズ率いる「バーンズ・メディカル・アーミー」の、最初の出陣の時が迫っていた。
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