バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan

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第51話 暴走する鉄の棺と、命を繋ぐ雷撃

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「急げ! 担架を上げろ! 揺らすなよ!」
王都の郊外、人目を避けるように設置された貨物用の仮設駅。
そこに、黒鉄の怪物が待機していた。
最新鋭の蒸気機関車『バーンズ二号』。
一号機よりもボイラーを大型化し、速度と出力を強化した改良型だ。
その最後尾に連結された客車――内部を改造し、ベッドと医療機器を固定した「集中治療車」に、意識不明のゲオルグ公爵が運び込まれる。
「ボイラー圧、臨界点突破! いつでも出せるよ!」
運転席から、煤だらけのシャルロットが叫ぶ。彼女は今日、たまたま整備のために来ていたのだ。最高の機関士(エンジニア)がハンドルを握る。
「乗車完了! ……出すぞ!」
マイルズが飛び乗る。
続いて、ガレリア帝国の皇女ヒルデガルドと、ローズベルク公爵令嬢エレオノーラも乗り込んできた。
「おい、貴様ら何をしに……」
「見届け人だ。帝国が保証した手前、死なれては困る」
ヒルデガルドが腕組みをして座る。
「私は看護の助手くらいできますわ。……公爵様は、父の大切な友人ですもの」
エレオノーラが袖をまくる。
「……勝手にしろ。舌を噛んでも知らんぞ」
マイルズは合図を送った。
「出発進行(フル・スロットル)!!」
ポオオオオオオッ!!!
夜気を切り裂く汽笛と共に、鉄の塊が動き出した。
最初は重々しく。そして、急激に加速していく。

車内は、異様な緊張感に包まれていた。
ガタン、ゴトン……。
バーンズ製のサスペンションが優秀とはいえ、高速走行の振動は避けられない。
そのわずかな揺れすら、今のゲオルグ公爵にとっては命取りになりかねない。
「……血圧低下。脈拍、微弱かつ不整」
マイルズは公爵の胸に手を当て、『生命』スキルで心臓の鼓動をモニターし続けていた。
「血管が詰まっているせいで、心筋が悲鳴を上げている。……バーンズ領に着くまでの六時間、私が魔力で心臓を動かし続ける」
それは、綱渡りのような作業だった。
魔力を送りすぎれば心臓が破裂し、少なければ血流が止まる。
マイルズの額に脂汗が滲む。
「……水だ。エレオノーラ、汗を拭いてくれ」
「ええ」
エレオノーラが甲斐甲斐しくマイルズの汗を拭う。
ヒルデガルドは、窓の外を流れる景色を見て絶句していた。
「……速い。以前乗った時よりも……!」
「時速八十キロだ。……線路が耐えられるギリギリの速度だ」
列車は闇を切り裂き、轟音を上げて疾走する。
だが、病魔はその速度をも追い越そうとしていた。
ピ……ピ……ピ、ピーーーーーーーッ。
マイルズが持ち込んだ魔導心拍計(試作品)が、不吉な連続音を鳴らした。
「……ッ! 心停止(アレスト)!」
マイルズが叫んだ。
公爵の胸が動かなくなる。完全に止まった。致死性不整脈、心室細動だ。
「止まった!? 死んだのか!?」
ヒルデガルドが立ち上がる。
「まだだ! ……除細動(ショック)を行う!」
マイルズは公爵の衣服を寛げ、胸を露出させた。
「シャルロット! 電力を回せ! 客室の照明を落としていい! 全魔力をこっちへ!」
伝声管を通じて叫ぶ。
『了解! ……いっけええええ!』
客車の灯りが消え、マイルズの手元にある二つの金属板(パドル)に青白い火花が散る。
赤錆山の発電機技術を応用した、携帯用除細動器だ。
「離れろ!」
マイルズはパドルを公爵の胸に押し当てた。
「クリア(放電)!」
バヂィッ!!!
雷撃のような音が響き、公爵の体がビクンと跳ね上がる。
「……戻れ!」
マイルズはモニターを睨む。
ピーーーーーーー……。
波形は平坦なままだ。
「ダメか……もう一回!」
「マイルズ、魔力が……!」
エレオノーラが悲鳴を上げる。マイルズ自身の魔力も、心臓の補助で枯渇しかけている。
「……私がやる」
ヒルデガルドが、マイルズの背中に手を当てた。
「帝国の皇族は、魔力も一流だ。……私のを使え!」
「私もですわ! ローズベルクの名にかけて!」
エレオノーラも反対側の肩に手を置く。
二人の少女から、膨大な魔力が流れ込んでくる。
「……ありがたい。……チャージ完了!」
マイルズは再びパドルを構えた。
「戻ってこい、爺さん! 孫娘にチョコを食わせるんだろ!」
「クリア!!」
ドォォォォン!!
先ほどよりも強力な電撃が、老人の胸を貫く。
一瞬の静寂。
そして。
ピッ……。
ピッ……ピッ……。
「……動いた」
マイルズが崩れ落ちそうになるのを、ヒルデガルドが支えた。
心拍再開。
だが、予断は許さない。
「……見えた」
運転席からシャルロットの声が響く。
「マイルズ君! 見えたよ! ……白いお城が!」
夜が明け始めていた。
朝霧の向こう、丘の上に聳え立つ白亜の巨塔。
「バーンズ総合医療センター」。
駅には、既に多数のランタンの明かりが見える。
受け入れ態勢は万全だ。
キィィィィィィィン!!
列車がブレーキをかけ、火花を散らしながらホームに滑り込む。
ドアが開いた瞬間、白衣の集団が飛び込んできた。
「患者確保! ストレッチャーへ!」
「ルート確保! 酸素投与!」
きびきびとした動き。
その中心に、隻眼の外科医ゼッドが立っていた。
「……遅えぞ、小僧」
ゼッドは、虫の息の公爵を一瞥し、ニヤリと笑った。
「生きて連れてきやがったな。……上出来だ」
「後は……頼む」
マイルズは、搬送されていく公爵を見送り、その場にへたり込んだ。
魔力欠乏(ガス欠)だ。
「マイルズ!」
エレオノーラとヒルデガルドが駆け寄る。
「大丈夫か!? 貴様、顔色が……」
「……平気です。少し、眠いだけ……」
マイルズの意識が遠のく中、彼は見た。
朝日を浴びて輝く、自分が作り上げた病院へと、患者が吸い込まれていく光景を。
ここからは、チーム・バーンズの戦いだ。
「……頼んだぞ、ゼッド。……俺たちの城の力、見せてやれ」

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