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第52話 総合医療センターのメスと、蘇る鼓動
しおりを挟む「オペ室へ急げ! 酸素濃度上げろ!」
「血液型合わせ急げ! 輸血の準備だ!」
バーンズ総合医療センターの搬入口から、ストレッチャーが疾走する。
白衣の看護師たちが、無駄のない動きで患者を囲み、最上階の手術室へと運んでいく。
その光景は、戦場の最前線よりも激しく、そして統率されていた。
「……すごい」
取り残されたエレオノーラとヒルデガルドは、呆然と立ち尽くしていた。
「これが、マイルズの作った『軍隊』か……」
ヒルデガルドが呟く。
剣も槍も持たない。だが、彼女たちは「死」という最強の敵と戦うために訓練された精鋭だった。
◇
第1手術室。
そこは、窓のない密閉された空間だった。
天井には、シャルロットが開発した「無影灯(シャドウレス・ランプ)」――複数の魔石レンズを組み合わせ、手元の影を消す照明――が、真昼のような光を放っている。
「……始めるぞ」
手洗いを終えたゼッドが、両手を挙げて入室した。
看護師が素早くガウンを着せ、ゴム手袋を装着させる。
眼帯をした隻眼の外科医。その瞳は、獲物を狙う猛禽類のように鋭くなっていた。
「患者、ゲオルグ公爵。右冠動脈閉塞による心筋梗塞」
助手を務める内科部長のガレンが、マイルズが列車内で走り書きしたカルテ(とレントゲン写真)を読み上げる。
「バイタルは安定していますが、いつ心停止してもおかしくありません」
「ああ。……詰まった血管は使い物にならん。別の道を繋ぐ」
ゼッドは宣言した。
「冠動脈バイパス術(CABG)」。
足の静脈を採取し、それを心臓の血管に移植して、詰まった箇所の迂回路を作る。
現代地球でも難易度の高い手術を、この世界の技術レベルで挑む。
「メス」
ゼッドの手に、赤錆山特製の極薄メスが握られる。
「開胸する」
皮膚が切られ、電気メス(魔導焼灼器)が止血しながら進む。
胸骨鋸が骨を開く。
そして、露わになった老人の心臓。
それは、弱々しく、不規則に震えていた。
「……壊死が始まっているな。時間との勝負だ」
ゼッドの手が動く。
顕微鏡を覗き込みながら、髪の毛よりも細い血管を縫い合わせていく。
一針、また一針。
その手技に迷いはない。かつて「禁忌の解剖医」と呼ばれ、石を投げられた男は今、神の領域にある「心臓」を、人の手で修復していた。
「血圧低下! 下が80を切りました!」
麻酔科医役の薬師が叫ぶ。
「強心剤投与! 輸血パック交換!」
ガレンが指示を飛ばす。
「慌てるな、持ちこたえる」
ゼッドの声だけが、氷のように冷静だった。
「俺が縫い終わるまで、死神には指一本触れさせん」
◇
数時間後。
VIP用病室のベッドで、マイルズは目を覚ました。
「……ん」
「気がつきましたか、マイルズ様」
シンシアが、濡らしたタオルで額を拭いてくれていた。
「……公爵は? 手術は?」
マイルズは跳ね起きようとしたが、魔力枯渇による目眩でふらついた。
「成功しました」
シンシアの言葉に、マイルズの動きが止まる。
「ゼッド先生が、見事なバイパス手術を行いました。……先ほど、血流の再開を確認。心拍は安定し、顔色も戻っています」
「……そうか」
マイルズは深く息を吐き、枕に頭を沈めた。
「やったか、あのヤブ医者め……」
「マイルズ!」
ドアが開き、エレオノーラとヒルデガルドが入ってきた。
「無事か!? いきなり倒れるから肝が冷えたぞ!」
「本当に……。無茶ばかりして」
二人の令嬢は、マイルズが無事であることに安堵しつつも、興奮冷めやらぬ様子だった。
「マイルズ。貴方の病院……信じられませんわ」
エレオノーラが窓の外、中庭を行き交う白衣の人々を見下ろす。
「あんなに多くの人が、一つの目的のために、あんなに正確に動くなんて。……まるで、巨大な時計仕掛けのようですわ」
「ああ。帝国軍の精鋭部隊でも、あれほどの連携は取れん」
ヒルデガルドも認めた。
「貴様がいなくとも、この城は機能していた。……それが一番の驚きだ」
マイルズは微笑んだ。
それこそが、彼が目指していたものだ。
自分一人の「チート能力」に頼るのではなく、技術を体系化し、組織を作る。
それができて初めて、内政は成功と言える。
「……私の勝ちですね」
マイルズは天井を見上げた。
「これで、バーンズ領の医療は、世界最強のブランドになった」
◇
翌日。
集中治療室(ICU)で、ゲオルグ公爵が意識を取り戻した。
「……ここは、天国かね?」
「いいえ、地獄の三丁目ですよ。……まだ現世です」
回診に来たゼッドが、憎まれ口を叩きながら聴診器を当てる。
「心臓の音は若返っています。……これで当分、お迎えは来ませんよ」
「君が……治してくれたのかね?」
「俺は切っただけだ。……あんたをここまで運んだ小僧と、看護した連中に礼を言いな」
その日の午後、マイルズが面会に訪れた。
「やあ、マイルズ君」
公爵は、酸素マスク越しに弱々しく、しかし確かに笑った。
「君のチョコは……まだお預けかな?」
「ええ。全快するまでは禁止です」
マイルズは苦笑した。
「ですが、退院祝いには、とびきり甘いのを用意しておきますよ」
「……ありがとう」
公爵の目から、涙が伝った。
「生きている。……息ができる。……これ以上の宝はない」
レムリア王国の大使、奇跡の生還。
このニュースは、瞬く間に王都へ、そして各国の代表へと伝わった。
「バーンズ領には、死者を蘇らせる病院がある」
「神の手を持つ医師たちがいる」
平和会議の話題は、通商条約よりも「バーンズ医療」で持ちきりとなった。
マイルズの元には、各国からの視察依頼と、医療提携の申し出が殺到することになる。
2年生の冬。
マイルズは学生にして、「現代医療の父」としての名声を不動のものにした。
箱(病院)は城となり、人は軍隊となった。
そして季節は巡り、3年生。
王立学院での最後の一年が始まる。
そこで待っているのは、国の根幹を揺るがす「王位継承権争い」。
友であるギルバート王子を王にするため、マイルズは最後の、そして最大の政治闘争へと身を投じる。
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