バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan

文字の大きさ
53 / 58

第53話 白衣の誓いと、命の値段

しおりを挟む


ゲオルグ公爵の奇跡の生還から数日後。
バーンズ領は、かつてない喧騒に包まれていた。
「見ろ! あれが死者を蘇らせる城か!」
「素晴らしい……。ガラス窓がふんだんに使われている!」
王都で開催中だった「大陸平和会議」に参加していた各国の代表団が、こぞってバーンズ領への視察を希望し、蒸気機関車で押し寄せてきたのだ。
建設されたばかりの「バーンズ総合医療センター」のロビーは、異国の言葉と、感嘆の声で埋め尽くされていた。
「ようこそ、皆様」
マイルズは、白衣姿で彼らを出迎えた。
「当センターは、全ての人に開かれた医療の聖域です。……どうぞ、ご自身の目で確かめてください」

視察団を案内するのは、かつて王都で「はぐれ者」「ヤブ医者」と蔑まれていた医師たちだ。
だが今の彼らは、清潔な白衣を纏い、背筋を伸ばし、堂々と最新医療を解説している。
「こちらが『集中治療室(ICU)』です。重症患者を二十四時間体制で監視し……」
「この『レントゲン』は、骨の内部を透視する魔導具で……」
彼らの説明を聞く各国の要人たちは、驚きを通り越して畏敬の念を抱いていた。
「信じられん……。我が国の王立病院よりも進んでいる……」
「この医師たちは、どこでこれほどの知識を?」
その様子を、遠巻きに見ていた外科部長のゼッドが、鼻を鳴らした。
「フン。……現金な連中だ。王都にいた頃は、俺たちをゴミを見るような目で見ていたくせにな」
「そう言うな、ゼッド」
内科部長のガレンが、穏やかに笑う。
「彼らは見ているのだよ。ワシらではなく、ワシらが作り上げた『結果』をな。……そして、その環境を与えてくれたあの方を」
二人の視線の先には、各国の代表に囲まれ、堂々と渡り合う少年の姿があった。

「素晴らしい設備だ、バーンズ卿」
ある小国の宰相が、感心しつつも鋭い質問を投げかけた。
「しかし……これだけの施設と人員、維持費は莫大だろう? 貴殿の領地は豊かだとは聞くが、無料で治療をしていては、いずれ破綻するのではないか?」
「ご心配には及びません」
マイルズは、一枚のパネルを示した。
そこには、病院の収支モデルが描かれていた。
「当院は、二つの料金体系を持っています」
マイルズは説明した。
「一つは、領民や貧困層向けの『一般診療』。これは極めて低価格、あるいは無料で提供します」
「それでは赤字だろう?」
「ええ。……その赤字を補填するのが、もう一つの『特別診療(VIPコース)』です」
マイルズは、上層階を指差した。
「個室、専属看護師、豪華な食事、そして最優先の治療。……これらを希望する富裕層や貴族からは、相応の対価をいただきます」
「金持ちから取り、貧しきを救う……義賊のような真似か?」
「いいえ、ビジネスです」
マイルズは微笑んだ。
「富める者は、快適さと安心を金で買う。その金で、最新の設備を整え、医師を雇い、領民の命を守る。……命の価値は平等ですが、受けるサービスの対価は平等ではありません」
マイルズの提示した「医療の再分配システム」。
それは、慈善事業ではなく、持続可能な経営モデルだった。
各国の代表たちは唸った。
「……なるほど。綺麗事だけでは医療は守れん、か」
「我が国でも導入を検討したい。……バーンズ卿、技術提携を頼めるか?」
「喜んで。……ただし」
マイルズは抜け目なく付け加えた。
「医療機器と薬品は、全て『バーンズ商会』から購入していただきますが」

その夜。
視察団が去り、静けさを取り戻した病院のカンファレンスルーム。
マイルズは、全スタッフを集めていた。
医師三十名、看護師百名。
かつては王都で居場所を失い、路頭に迷っていた者たちが、今や世界最高水準の医療チームとなっている。
「……皆、よくやってくれた」
マイルズは深々と頭を下げた。
「今日の成功は、君たちの努力の結果だ。……君たちは、私の誇りだ」
その言葉に、すすり泣く声が漏れた。
特に、王都で冷遇されていた若手医師たちは、感情を抑えきれなかった。
「……マイルズ様。俺たちを……拾ってくれて、ありがとうございました」
「ここで働けることが……医者として、一番の幸せです」
「おい、湿っぽいぞお前ら!」
ゼッドが怒鳴るが、その声も少し湿っていた。
彼はマイルズの前に歩み寄り、ぶっきらぼうに言った。
「……小僧。いや、理事長」
ゼッドは、片目をすがめた。
「俺たちは、もう王都には戻らん。……どんな高給で誘われようがな」
彼は、自分の胸――白衣の胸ポケットにある「バーンズ医療団」の記章を叩いた。
「俺たちのメスは、あんたに捧げる。……あんたが作る『未来』を、俺たちに見せてくれ」
それは、忠誠の誓いだった。
騎士が剣を捧げるように、彼らはメスと技術を、この少年に捧げたのだ。
「……ああ、約束する」
マイルズは力強く頷いた。
「君たちとなら、病のない世界だって夢じゃない。……これからも頼むぞ、チーム・バーンズ」
わっと歓声が上がり、拍手が鳴り止まない。
白い巨塔は、確固たる絆で結ばれた城となった。
「……いいチームですね」
部屋の隅で見ていたシャルロットが、眼鏡を拭いながら微笑む。
「うん。……最高の財産だ」
2年生の冬が終わろうとしていた。
医療改革は成し遂げられた。
マイルズの名声は、国内はおろか、大陸全土に轟く「若き巨頭」となっていた。
そして、季節は巡る。
マイルズは14歳となり、王立学院での最後の1年――3年生を迎える。
だが、その春は、穏やかなものではなかった。
王都からの急報。
「第一王子派が動き出した。……ギルバート殿下の立太子を阻止するため、強硬手段に出る構えだ」
内政から政治へ。
マイルズは、国の未来を決める「王位継承戦争」へと足を踏み入れることになる。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。 《作者からのお知らせ!》 ※2025/11月中旬、  辺境領主の3巻が刊行となります。 今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。 【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん! ※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

処理中です...