バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan

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第54話 若き巨頭と、玉座の暗い影

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冬が終わり、雪解け水が川を潤す季節。
王都ロイヤル・ニースにある王立学院は、期末試験の緊張感に包まれていた。
だが、大講堂の最前列に座るマイルズ・バーンズだけは、優雅にペンを走らせていた。
「……終了」
試験開始からわずか十分。
マイルズはペンを置き、手を挙げた。
「先生。退出してもよろしいですか?」
「は、はいっ! バーンズ君、確認は……あ、全問正解ですね、はい……」
試験官の教師が、震える手で答案を受け取る。
周囲の生徒たちは、もはや嫉妬する気力もなく、ただ呆然と「怪物」の背中を見送るしかなかった。
「空席の首席」。
登校せずともトップの座を譲らないその少年は、いまや学院の伝説となっていた。

その日の午後。
マイルズは学生服から正装に着替え、王城の「謁見の間」にいた。
玉座には国王エドワード。
その傍らには王妃ソフィアと、第二王子ギルバートが控えている。
「面を上げよ、マイルズ・バーンズ」
国王の厳かな声が響く。
「此度のレムリア大使救命の件、見事であった。……そなたの作った『医療センター』と『鉄道』は、我が国の外交的地位を大いに高めた」
「恐悦至極に存じます」
「よって、そなたに『青星勲章(ブルースター・メダル)』を授ける。……これは、国の発展に寄与した者にのみ与えられる最高の栄誉だ」
王妃ソフィアが、マイルズの胸に青く輝く勲章をつけた。
「おめでとう、マイルズ。……貴方の活躍、私も鼻が高いわ」
王妃が小声で囁く。彼女もまた、バーンズ製品(特に下着とチョコ)の愛用者として、マイルズを溺愛していた。
「感謝いたします。……この栄誉は、私一人ではなく、共に働いた領民とスタッフのものです」
マイルズの謙虚な(に見える)挨拶に、貴族たちが感嘆の声を漏らす。
かつて彼を「芋掘り貴族」と嘲笑っていた者たちはもういない。
今、彼を見る目は「金のなる木」、あるいは「触れてはならぬ猛獣」を見るそれだった。
「……フン。茶番だな」
その時。
玉座の反対側から、冷ややかな声が水を差した。
そこに立っていたのは、豪奢な衣装を纏った、神経質そうな細面の青年だった。
年齢は二十歳前後。
国王エドワードの長男、第一王子アウグスト。
「兄上……」
ギルバートが表情を硬くする。
アウグストは、マイルズを蛇のような目で見下ろした。
「たかが商人の真似事と、汚らわしい臓器弄り。……そんな下賤な技に勲章を与えるとは、王家の品位も落ちたものだ」
会場が凍りつく。
第一王子派の貴族たちが、ニヤニヤと嘲笑を浮かべる。
彼らは「伝統」と「血統」を重んじる保守派だ。マイルズのような新興勢力、そして彼と結託するギルバートを、心の底から憎んでいる。
「アウグストよ。マイルズの功績は事実だ」
国王が窘めるが、アウグストは引かない。
「父上は甘いのです。……このような『毒』を王都に蔓延らせては、国の根幹が腐ります。即刻、領地へ追放すべきだ」
マイルズは、アウグストを真っ直ぐに見返した。
(……なるほど。これが次期国王候補筆頭か)
マイルズの『生命』スキルが、無意識に王子をスキャンする。
(顔色が悪い。皮膚が乾燥している。……そして、微かだが甘酸っぱい口臭)
マイルズの脳内で診断が下る。
(糖尿病……いや、内臓疾患の併発か? 見た目以上に体はボロボロだ)
だが、マイルズは口には出さなかった。
今はまだ、診察する時ではない。
「アウグスト殿下」
マイルズは微笑んだ。
「毒か薬かは、使いようによります。……私の技術が毒にならぬよう、精進いたします」
「減らず口を……!」
「やめないか!」
国王の一喝で、場は収まった。
だが、確執は決定的となった。
第一王子アウグスト。彼こそが、これからのマイルズとギルバートの前に立ちはだかる、最大の壁だ。

謁見の後。
マイルズは、ギルバート王子と共に王宮の庭園を歩いていた。
護衛のグレンが、少し離れたところをついてくる。
「……すまない、マイルズ。兄上が無礼なことを」
ギルバートが沈痛な面持ちで謝る。
「気にしていませんよ。……それより、焦っておられるようですね、アウグスト殿下は」
「ああ。……兄上の支持基盤である『貴族派』が、君の経済力と影響力に恐怖しているんだ」
ギルバートは拳を握りしめた。
「バーンズ商会が王都を席巻し、公爵家や帝国とも繋がった。……このままでは、僕(第二王子)に王位を持っていかれると危惧している」
「事実、その通りでしょう?」
マイルズはあっけらかんと言った。
「私は、貴方を王にするつもりです。……アウグスト殿下のような、新しいものを受け入れられない人間に、この国の舵取りは任せられない」
「マイルズ……」
「それに、私の『事業』にとっても邪魔です」
マイルズは笑ったが、その目は真剣だった。
鉄道網の整備、医療の全国展開、産業革命。
これらを成し遂げるには、理解あるトップ(国王)が必要不可欠だ。
「ギルバート殿下。……覚悟を決めてください」
マイルズは立ち止まり、友を見つめた。
「秋から、我々は3年生。……学院での最後の一年です」
王立学院の卒業時、次期国王が指名されるのが慣例となっている。
つまり、この一年が、王位継承戦争の天王山だ。
「……分かっている」
ギルバートは顔を上げた。かつての気弱な少年の顔ではない。
「僕は戦う。……君という最強の剣(パートナー)がいるなら、負ける気はしない」
「ええ。勝ちましょう」
風が吹き抜け、庭園の花びらを舞い上げた。
13歳の冬が終わり、14歳の春が来る。
少年時代との決別。
マイルズ・バーンズ。
若き巨頭となった彼は、ついに国の頂点を決める戦いへと足を踏み入れる。
次回、いよいよ最終学年。
王立学院を舞台にした、内政(政治)バトルが幕を開ける。
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