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第55話 若き巨頭と、嵐の前の半年
しおりを挟む勲章授与式から数日後。
王都には遅い春が訪れ、王立学院の庭園も色とりどりの花で彩られていた。
だが、季節は巡っても学年は変わらない。
秋入学のこの国では、今はまだ2年生の後期だ。
「……静かね」
放課後の生徒会室。
窓辺で紅茶を飲むエレオノーラが呟いた。彼女は卒業生だが、公爵家当主代理として、またマイルズのパートナーとして、頻繁に学院に出入りしている(もはや誰も文句を言えない)。
「ええ。ですが、嵐の前の静けさですよ」
マイルズは、膨大な書類の山を片付けながら答えた。
机の上に積み上げられているのは、バーンズ商会の決算書、医療センターの運営報告、そして……貴族たちからの「面会依頼書」の山だ。
かつては「田舎の成金」と侮られていたマイルズの元には今、派閥を問わず多くの貴族が日参していた。
「バーンズ会長、我が領にも鉄道を!」
「是非、医療センターの分院を!」
「娘を……いや、姪でもいい、商会の末席に加えてはくれまいか?」
彼らは悟ったのだ。
次の時代を作るのは、剣でも血統でもない。「経済」と「技術」を握るこの少年だと。
マイルズは、学生という枠を超え、王国の経済を動かす「若き巨頭(タイクーン)」として君臨し始めていた。
◇
「……だが、金と名声だけでは勝てない」
マイルズは、書類を置いてシャルロットの研究室へと向かった。
部屋に入ると、インクと油の匂いが充満していた。
「できたよ、マイルズ君! ……『高速輪転印刷機(ハイ・スピード・プリンター)』!」
シャルロットが誇らしげに指差したのは、巨大な鉄のローラーが組み合わさった機械だ。
蒸気機関を動力とし、紙を連続して送り出しながら印刷する。
これまでの「ガリ版」とは比較にならない、圧倒的な印刷速度と枚数を誇る。
「素晴らしい」
マイルズは刷り上がったばかりの新聞紙面を手に取った。
インクの乗りも完璧だ。
「これで、情報の流通速度が変わる。……第一王子派が『噂』を流す間に、我々は『事実』を数万枚ばら撒ける」
「ねえ、これを使って何をするの?」
「『選挙活動』さ」
マイルズはニヤリとした。
「秋になれば、我々は3年生。……そして、次期国王を決める最後の戦いが始まる。その時、最も強い武器になるのは剣じゃない。『世論』だ」
マイルズは、来るべき決戦を見据えていた。
第一王子アウグストは、保守派貴族と軍部を抑えている。武力と権威では向こうが上だ。
だが、民衆の支持と経済力、そして情報戦ならば、こちらに分がある。
◇
季節は巡り、夏。
マイルズは、ギルバート王子と共に、王都の視察を行っていた。
護衛のグレン、そして財務官として同行するシンシアも一緒だ。
「……街が、変わったな」
ギルバートが、賑わう大通りを見て言った。
人々は清潔な服を着て(バーンズ製の安価な綿製品)、手には新聞を持ち、カフェでコーヒーとチョコを楽しんでいる。
「数年前までは、ここはもっと暗くて、臭かった。……君が変えたんだ、マイルズ」
「いいえ。変わろうとする力は、民衆の中にありました。私はきっかけを与えただけです」
マイルズは、王子を見つめた。
「殿下。……この風景を、守ってください。古い権威にしがみつく者たちに、この自由な空気を奪わせてはいけない」
「ああ。……約束する」
ギルバートの目に、王としての覚悟の炎が宿る。
気弱だった第2王子はもういない。ここには、新時代の王たる風格を備えた青年がいた。
◇
そして、秋風が吹き始めた頃。
王城から、一つの布告が出された。
『次期国王の選定に関し、来たる王立学院の卒業式をもって、最終決定とする』
国王エドワードの体調悪化に伴い、譲位の時期が早まったのだ。
タイムリミットは一年後。
マイルズたちが3年生となり、卒業するその日までに、ギルバートの実力を示し、第一王子を退けねばならない。
「……来たか」
バーンズ商会の会長室。
マイルズは、窓の外の紅葉を見つめながら、静かにグラスを傾けた。
背後には、頼もしい仲間たちが集結している。
資金と情報を握るシンシア。
技術の天才シャルロット。
公爵家の権威を持つエレオノーラ。
そして、王の器を持つギルバート。
「総員、配置につけ」
マイルズが号令を発する。
「これより、最終学年のカリキュラムを開始する。……科目は『国盗り』だ」
14歳の秋。
マイルズ・バーンズ、王立学院3年生。
内政チート領主の最大の戦いが幕を開ける。
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