バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan

文字の大きさ
57 / 58

第57話 凍てつく牙と、見えざる耳

しおりを挟む


経済封鎖によって、王都の第一王子派貴族たちは凍えていた。
燃料が届かない屋敷、新鮮な食材のない食卓。
かつての栄華は見る影もない。
「……おのれ、バーンズ……!」
第一王子アウグストの私室もまた、冷え切っていた。
暖炉には火が入っているが、彼の心にある焦燥感と怒りを温めるには足りない。
そこに、側近のマクシミリアンが、一人の男を連れて入室してきた。
全身を毛皮で覆い、狼のような狂暴な眼光をした大男。
北方の軍事小国、ヴォルグ公国の傭兵隊長、ヴォルフガングだ。
「……殿下。準備は整いました」
マクシミリアンが囁く。
「明後日は『冬至祭』。ギルバート殿下が民衆への挨拶のために大通りをパレードします。……そこを狙います」
「確実にやれるか?」
アウグストが問う。
「へっ。俺たちヴォルグの『狂戦士(ベルセルク)』に殺れねえ獲物はいねえよ」
ヴォルフガングが下卑た笑みを浮かべる。
「報酬は弾んでもらうぜ? 王子様の首だ、安くはねえ」
「金ならいくらでも出す。……弟を殺せ。事故に見せかける必要はない。暴徒に襲われたことにすればいい」
アウグストの瞳には、もはや兄弟の情など欠片もなかった。あるのは権力への妄執のみ。
「契約成立だ」

その会話の一部始終は、数キロ離れたバーンズ商会の地下室で、鮮明に再生されていた。
『……弟を殺せ。事故に見せかける必要はない……』
「……兄上」
スピーカーから流れる兄の冷酷な声を聞き、ギルバート王子は痛ましげに目を閉じた。
「ここまで……堕ちてしまわれたか」
「残念ながら、これが現実です」
マイルズは、机の上に置かれた小さな魔導具を指差した。
蜘蛛の形をした金属の小箱。
シャルロットが開発した「魔導盗聴器(スパイ・スパイダー)」だ。音波を魔力信号に変換し、遠隔地へ飛ばす技術の結晶である。
「アウグスト殿下の屋敷には、以前納品した『高級家具』の中に、これが仕込んであります」
マイルズは淡々と告げた。
「暗殺計画の証拠は押さえました。……このまま憲兵団に突き出しますか?」
「いや」
ギルバートは首を振った。
「兄上は『声が似ているだけだ』としらを切るだろう。決定的な現行犯でなければ、王族を裁くことはできない」
ギルバートは目を開けた。そこには、決意の光が宿っていた。
「マイルズ。……僕はパレードに出る」
「囮(おとり)になりますか?」
「ああ。……逃げていては王になれない。彼らを誘き出し、一網打尽にする」
「……御意」
マイルズはニヤリと笑った。
「では、最高に派手な『冬祭り』にして差し上げましょう」

冬至祭の当日。
王都の大通りは、雪の中、松明の明かりと人々の熱気に包まれていた。
その中を、王家の紋章をつけた馬車が進む。
窓からは、ギルバート王子が手を振り、沿道の歓声に応えている。
「……来たぞ」
人混みに紛れたヴォルフガングが、手下の傭兵たちに合図を送る。
「護衛は少ない。騎士団の連中は祭りの警備で手薄だ。……やるぞ!」
ヒュンッ!
建物の屋根から、数本の毒矢が放たれた。
馬車の御者が射抜かれ、馬がいなないて暴走する。
「今だ! 殺せぇぇぇ!」
ヴォルフガングと数十人の傭兵が、群衆を押しのけて馬車に殺到した。
彼らは巨大な斧や戦鎚を振り回し、馬車のドアを粉砕する。
「死ね! 第二王子!」
ヴォルフガングが車内に飛び込み、斧を振り下ろした。
だが。
ガギンッ!!
手応えがおかしい。
斧が弾かれた。
そこにあったのは、怯える王子ではなく、無人の座席に設置された**「鋼鉄の障壁」**だった。
「あぁ!? 無人だと!?」
「幻影魔法(イリュージョン)だよ、野蛮人」
屋根の上から声がした。
見上げれば、そこにはマイルズと、本物のギルバート王子、そして護衛騎士のグレンが立っていた。
パレードの王子は、シャルロットの技術で作った精巧な立体映像だったのだ。
「はめられたか!」
「逃がすかよ!」
ヴォルフガングが屋根に飛び移ろうとした瞬間。
「『科学の罠』を味わってもらおう」
マイルズが指を鳴らした。
シュゴオオオオッ!!
馬車の周囲のマンホールが一斉に開き、そこから白い泡が大量に噴き出した。
「な、なんだこれは!?」
「ね、粘つく! 動けねえ!」
「速乾性粘着ポリマー」。
化学反応で瞬時に膨張し、硬化する特殊な泡だ。
傭兵たちの足が地面に固定され、武器を持つ手も封じられる。
「くそっ! なんだこの魔法は!」
「魔法じゃない。化学だ」
さらに、追い打ちがかかる。
「グレン、やれ!」
「おう!」
グレン率いる「バーンズ警備隊(私兵)」が、屋根から一斉に何かを投げ込んだ。
パン! パン!
炸裂音と共に、強烈な閃光と轟音が響く。
**「スタングレネード(閃光弾)」**だ。
「ぐあぁぁぁ目がぁぁぁ!」
視界と聴覚を奪われ、身動きの取れない傭兵たち。
そこへ、警備隊が「スタンバトン」を持って突入する。
バチバチバチッ!
「あががががっ!」
一方的な制圧劇だった。
殺しはしない。全員、生け捕りだ。
ヴォルフガングだけが、怪力でポリマーを引きちぎり、マイルズに襲いかかろうとした。
「小僧ぉぉぉ! 貴様だけはぁぁ!」
「無駄だ」
マイルズは動かない。
彼の前に、一人の影が立ちはだかった。
グレンだ。
「俺の主と、その友人に触れるな」
グレンの剣が一閃した。
ヴォルフガングの斧が柄から両断され、次の瞬間、峰打ちが鳩尾(みぞおち)に入った。
「ごふっ……!」
巨漢の傭兵隊長が、白目を剥いて沈む。
「……制圧完了」
グレンが剣を納める。
騒ぎを聞きつけた憲兵団が駆けつけてくる頃には、全てが終わっていた。
マイルズは、縛り上げられたヴォルフガングを見下ろした。
「さて。……たっぷりと吐いてもらおうか。雇い主の名前を」

翌日。
傭兵たちの自白と、盗聴記録という決定的な証拠を突きつけられた第一王子派は、完全に追い詰められた。
だが、アウグスト王子は往生際が悪かった。
「知らぬ! 私は知らぬ! これは弟の自作自演だ!」
彼は関与を否定し、さらに信じられない行動に出た。
「父上(国王)は病で判断力を失っている! ……私が、国を守らねばならん!」
アウグストは、自らの派閥である「国軍の一部」と「貴族の私兵団」を結集し、王城を包囲する構えを見せたのだ。
暗殺失敗からの、強引な**「クーデター」**。
なりふり構わぬ暴挙。
「……来ましたね」
バーンズ商会で報告を受けたマイルズは、静かに立ち上がった。
「最終決戦だ。……ギルバート殿下、王都の民、そして私の『全ての技術』を総動員して、この反乱を鎮圧する」
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。 《作者からのお知らせ!》 ※2025/11月中旬、  辺境領主の3巻が刊行となります。 今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。 【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん! ※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...