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第58話 鉄の咆哮と、王都奪還作戦
しおりを挟む王都ロイヤル・ニースは、黒煙と怒号に包まれていた。
「反逆者ギルバートを捕らえよ! 父王をたぶらかし、国を乗っ取ろうとした逆賊だ!」
第一王子アウグストの号令の下、国軍の半数と貴族の私兵団が蜂起。
王城の城門は閉ざされ、ギルバート王子と国王、そして彼らを守る近衛騎士団は完全に孤立していた。
「……数は敵が五千。こちらは五百。十倍か」
城壁の上で、ギルバートは眼下を埋め尽くす兵士たちを見下ろし、剣を握りしめた。
「グレン。……持ちこたえられるか?」
「死守します。……ですが、救援がなければ三日が限界かと」
グレンもまた、血に濡れた剣を拭いながら答える。
城内には食料の備蓄も少ない。
アウグストは兵糧攻めと、魔法部隊による波状攻撃で、弟をじわじわと追い詰める算段だ。
「……マイルズ。君はどう動く?」
ギルバートは、王都の市街地――バーンズ商会のある方角を見つめた。
◇
その頃。
バーンズ商会本店は、要塞と化していた。
一階のショーウィンドウは分厚い鉄板(シャッター)で覆われ、従業員たちは地下シェルターへと避難している。
三階の対策本部。
そこには、マイルズを中心に、シャルロット、シンシア、エレオノーラが集まっていた。
「通信感度、良好です」
シャルロットが、ヘッドセットのような魔導具を耳に当てて報告する。
「王城内のグレンさん、および市内に潜伏させた情報員とのライン、すべて繋がっています!」
「魔導無線ネットワーク」。
シャルロットが開発した通信機が、封鎖された王都で唯一の情報網として機能していた。
「よし。……反撃を開始する」
マイルズは地図に駒を置いた。
「敵は『数』と『包囲』で勝とうとしている。……だが、彼らは致命的なミスを犯している」
マイルズは、王都の地下水路図を指差した。
「彼らは、この街の『血管』を握っているのが誰か、忘れているようだ」
◇
王城を包囲する第一王子派の陣営。
兵士たちは勝利を確信し、焚き火を囲んでいた。
「楽勝だな。水も食料も止めた。数日で泣いて出てくるさ」
だが、異変は足元から起きた。
ボコッ、ボコッ……。
マンホールから、奇妙な音が響く。
「なんだ? 下水が逆流して……」
ドシュウウウウウッ!!!
マンホールが吹き飛び、強烈な「蒸気」と「熱湯」が噴出した。
「ぎゃあああああ熱いッ!!」
「な、なんだ!? 地面が爆発した!?」
「地下ポンプ室、圧力解放成功」
マイルズの声が無線を通じて響く。
彼は地下水路の管理システムを遠隔操作し、一部の配管を意図的に破裂させ、敵陣の足元を熱湯地獄に変えたのだ。
さらに、混乱する敵陣に追い打ちがかかる。
「……聞こえるか? この音」
兵士の一人が耳を澄ます。
ズズズズズズ……。
地響き。
それは王都の外、街道の方角から近づいてくる。
ポオオオオオオオオオオッ!!!
鼓膜をつんざく汽笛。
「て、鉄の馬だ! バーンズの怪物だ!」
王都の城壁、その貨物搬入口を突き破り、黒鉄の巨体が突入してきた。
蒸気機関車『バーンズ二号』。
だが、その姿は以前とは違う。
先頭車両には鋭利な衝角(ラム)が取り付けられ、側面は厚い鉄板で覆われた「装甲列車」仕様となっていた。
「総員、射撃用意!」
列車の上から、マイルズの声が轟く。
彼が率いるのは、バーンズ領から駆けつけた警備隊と、有志の領民たち。
彼らが構えているのは、弓でも剣でもない。
圧縮空気で鉄弾を連射する「エア・ガトリング砲」だ。
「撃てぇぇぇ!」
バシュシュシュシュシュッ!!!
発砲音のない弾丸の嵐が、包囲軍の側面を食い破る。
「ぐわぁぁっ!?」
「見えない矢だ! 盾を構えろ!」
だが、エアガンの威力は鉄の盾すら凹ませる。殺傷力こそ抑えている(ゴム弾や陶器弾を使用)が、当たれば骨折は免れない。
「ひるむな! たかが列車だ! 魔法で焼き払え!」
アウグスト軍の魔法部隊が杖を構える。
「シャルロット、防御!」
「任せて! 『対魔力障壁(アンチ・マジック・フィールド)』展開!」
列車に搭載された巨大な魔石装置が起動し、青い光のドームが列車を包み込む。
炎や氷の魔法が、障壁に当たって霧散する。
「なっ、魔法が効かないだと!?」
「科学の力だ、時代遅れ共め!」
マイルズは、運転席から身を乗り出した。
「この列車は止まらない! 王城まで直通だ! 轢かれたくなければ道を開けろ!」
ズガガガガガッ!
装甲列車はバリケードを粉砕し、敵兵を蹴散らしながら、王城へと続く大通りを爆走する。
その圧倒的な質量と速度は、戦場の物理法則を書き換えていく。
「ま、魔物だ……!」
「勝てるわけがない……!」
恐怖が伝染し、包囲網の一角が崩れ始めた。
◇
王城のバルコニー。
ギルバートは、市街地を切り裂いて進んでくる黒煙を見て、快哉を叫んだ。
「来たか、マイルズ!」
「殿下! 敵の陣形が崩れました!」
グレンが報告する。
「今です! 打って出ましょう!」
「ああ。……反撃の狼煙(のろし)を上げろ!」
城門が開かれる。
近衛騎士団が、崩れた敵陣に向かって突撃を開始した。
「挟み撃ちだ!」
前からは装甲列車、後ろからは近衛騎士団。
アウグスト軍は完全にパニックに陥った。
列車が王城の前で急停止する。
シューーーッ!
蒸気が噴き出し、扉が開く。
そこから降り立ったのは、白衣(ドクターコート)を翻したマイルズだった。
「お待たせしました、ギルバート殿下」
マイルズは、戦場とは思えない優雅さで一礼した。
「バーンズ商会、お届けに上がりました。……ご注文の『勝利』です」
「……遅いぞ、友よ」
ギルバートが駆け寄り、マイルズの手を握る。
「だが、最高のタイミングだ」
王都は炎に包まれていたが、その炎は破壊のためではなく、古い体制を焼き尽くし、新しい時代を照らすための灯火(ともしび)だった。
「さあ、仕上げといきましょう」
マイルズは、敵の本陣――アウグスト王子がいる指揮所を見据えた。
「王手(チェックメイト)です」
クーデターは鎮圧されようとしている。
だが、追い詰められた第一王子は、最後の悪あがきとして、王都そのものを人質にするような暴挙に出ようとしていた。
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