没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan

文字の大きさ
35 / 54

第35話 氷点下の楽園と、鉄の保存食(クリスタル・グリーンハウス)

しおりを挟む


 初雪から数日。
 ベルナ領は、かつてない寒波に見舞われていた。
 気温は氷点下十度。例年なら零度前後で済む地域だが、今年は異常だ。
 私の【構造解析(ブループリント)】が予知した通り、百年ぶりの「大寒波」が到来していた。
「……寒い。息が凍りそうだ」
 私は分厚いコートを着込み、農業区画を視察していた。
 一面の銀世界。
 露地栽培の野菜は全滅し、果樹も雪の重みで枝を垂れている。
「アレン様……申し訳ありません。冬野菜のキャベツも、この寒さじゃ育ちません」
 農業主任のハルトが、枯れた葉を見て肩を落とす。
 東方出身の彼は寒さに弱く、顔を真っ赤にして震えている。
「謝ることはない。……外が寒いのなら、中に『春』を作ればいいだけだ」
 私は彼を連れて、工場の裏手にある広大な更地へと向かった。
 そこには、異様な建造物が聳え立っていた。
 太陽の光を浴びてキラキラと輝く、透明な巨大建築。
 鉄骨のフレームに、何千枚ものガラス板をはめ込んだ『ガラスの温室(グリーンハウス)』だ。
 かつての万国博覧会で見た「水晶宮(クリスタル・パレス)」をモデルに、ベルナのガラス職人とドワーフの技術を結集して作ったものだ。
「……なんですか、あれは? 氷のお城?」
「中に入ってみろ。コートは脱いだ方がいいぞ」
          ◇
 ギィィ……。
 重厚な二重扉を開けて中に入ると、そこは別世界だった。
「……あたたかい!?」
 ハルトが驚きの声を上げる。
 ムッとするほどの湿気と、青々とした草の匂い。
 気温は二十五度。常春(とこはる)の楽園だ。
 足元にはパイプが張り巡らされ、そこから心地よい熱が放射されている。
「工場のボイラーから出る『余りものの蒸気』を、ここまでパイプで引っ張ってきている。床暖房みたいなものだ」
 広大な温室の中には、本来なら夏にしか育たないトマト、きゅうり、そしてハルトが大切にしていた東方の「大豆(枝豆)」が青々と葉を茂らせている。
「す、すごい……! 外は大雪なのに、ここだけ季節が止まっている!」
「これで冬の間も新鮮な野菜が食える。ビタミン不足で壊血病になる心配もない」
 だが、私の準備はこれだけではない。
 野菜だけでは腹は膨れない。
 カロリー源となる「肉」や「魚」を、腐らせずに春まで保存する技術が必要だ。
「次はこっちだ。……ゴーディ、例のものは?」
          ◇
 温室の隣にある加工場では、カンカンカン! という金属音が響いていた。
 工廠長のゴーディが、薄く伸ばした鉄板を円筒形に加工している。
 その鉄板は、錫(すず)でメッキされ、銀色に輝いている。
「ブリキ缶だ。……そして、これが中身だ」
 作業台には、秋に獲れた大量の鮭、果物のシロップ漬け、そして煮込んだ肉が並んでいる。
 これらを缶に詰め、蓋をして、ハンダで密封する。
 そして最後に、缶ごと熱湯で煮沸(ボイル)する。
「『缶詰(カニング)』だ」
 私は出来上がったばかりの缶を一つ手に取った。
 ずっしりと重い。
「空気を抜いて密封し、加熱殺菌する。こうすれば、中身は腐敗菌に侵されない。理論上は数年……いや、数十年でも保存できる」
 塩漬けや干し肉とは違う。
 水分と風味を閉じ込めたまま、時を止める魔法の箱。
「開けてみよう」
 私はノミとハンマーで、試作品の「桃の缶詰」を開封した(缶切りはまだ発明していない)。
 パカリ。
 中から、甘いシロップの香りと共に、瑞々しい桃の果肉が現れた。
 ハルトとゴーディに一切れずつ渡す。
「……うまい! 採れたてみてえだ!」
「甘い……! 冬にこんな果物が食べられるなんて!」
 二人は感動して震えていた。
 外は吹雪。窓ガラスがガタガタと鳴っている。
 その中で、南国の果物を味わう贅沢。
「これで勝てる」
 私は確信した。
 温室栽培の野菜。
 缶詰による長期保存食。
 そして、暖かい蒸気暖房。
 ベルナ領は、冬将軍に対する「完全なる要塞」となったのだ。
          ◇
 その夜。
 温室の中にテーブルを持ち込み、ささやかな「冬の晩餐会」を開いた。
 招いたのは、ソフィア王女とリリアーナだ。
「……信じられませんわ」
 リリアーナが、真っ赤なトマトをフォークで突きながら溜め息をついた。
 彼女の屋敷(王都)ですら、冬の食事といえば塩辛いスープと硬いパン、良くて根菜の煮込みだというのに。
「外は地獄のような寒さなのに、ここでは蝶が飛んでいますのよ? ここは天国ですか?」
「ベルナ領ですよ。……どうです、ソフィア様。お口に合いますか?」
 ソフィアは、鮭のクリーム煮(缶詰の鮭と、温室育ちのほうれん草を使用)を口いっぱいに頬張っていた。
 彼女の顔色は、雪国にいるとは思えないほど血色が良い。
「美味しい! アレン、これ王都に持って行ったら、金貨と同じ価値があるわよ」
「売りませんよ。これは領民と、私たちの大切な備蓄です」
 リリアーナが計算高い目で缶詰の山を見ていた。
「……この缶詰。軍隊に売れば、莫大な利益になりますわね。兵站(へいたん)の革命ですもの」
「ええ。ですが、まずは生き残ることが先決です」
 私はワイングラス(中身はブドウジュース)を傾け、ガラスの天井を見上げた。
 雪が降り積もっているが、内部の熱で溶け、水となって流れ落ちていく。
 平和な夜だ。
 だが、この平穏は長くは続かない。
 私の【構造解析】が、北の空――国境の方角に、不穏な「熱源」の移動を感知していた。
 人間だ。それも、数千、数万の単位で。
 飢えた狼たちが、匂いを嗅ぎつけてやってくる。
 この豊かな「氷点下の楽園」を奪いに。

 王都からの悲鳴。
 大雪で物流が途絶え、飢餓に苦しむ人々。
 アレンは決断を迫られる。
 要塞に籠るか、それとも雪原を越えて「出前」に行くか。
 雪上輸送作戦の開始である。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ギルドの受付嬢はうごかない ~定時に帰りたいので、一歩も動かず事件を解きます~

ぱすた屋さん
ファンタジー
ギルドの受付嬢アイラは、冒険者たちから「鉄の女」と呼ばれ、畏怖されている。 絶世の美貌を持ちながら、常に無表情。そして何より、彼女は窓口から一歩も動かない。 彼女の前世は、某大手企業のコールセンター勤務。 営業成績トップを走り抜け、最後には「地獄のクレーム処理専門部署」で数多の暴言を鎮めてきた、対話術の怪物。 「次の方、どうぞ。……ご相談ですか?(クローズド・クエスチョン)」 転生した彼女に備わったのは、声の「真偽」が色で見える地味な能力。 だが、彼女の真の武器は能力ではなく、前世で培った「声のトーン操作」と「心理誘導」だった。 ある日、窓口に現れたのは「相棒が死んだ」と弔慰金をせしめようとする嘘つきな冒険者。 周囲が同情し、ギルドマスターさえ騙されかける中、アイラは座ったまま、静かにペンを走らせる。 「……五秒だけ、沈黙を差し上げます。その間に、嘘を塗り直すおつもりですか?」 戦略的沈黙、オウム返し、そして逃げ場を塞ぐイエス・セット。 現代のコールセンター術を叩きつけられた犯人は、自らその罪を吐き散らし、崩れ落ちる。 「あー、疲れた。一五分も残業しちゃった。……マスター、残業代三倍でお願いしますね」 これは、一歩も動きたくない受付嬢が、口先だけで悪を断罪し、定時退勤を目指す物語。

英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国の辺境で、ただ静かに生き延びたいと願う少年、ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、前世の記憶と、母が遺した『物理法則を応用した高圧魔力』という危険な理論だけだ。 敵の大軍が迫る中、ヴァンは剣も振るわず、補給線と心理を切り裂く。 結果、敵軍は撤退。代償も、喝采も、彼には無意味だった。 だが、その「効率的すぎる勝利」は帝国の目に留まり、彼は最高峰の『帝国軍事学院』へと引きずり出される。 「英雄になりたいわけじゃない。生き残りたいだけだ」 謎の仮面メイド『シンカク』、命を取引に差し出した狼耳の少女『アイリ』。 少年は選択する。正義ではなく、最も費用対効果の高い道を。 これは、合理が英雄譚を侵食していく、学園ミリタリーファンタジー。 【※作者は日本語を勉強中の外国人です。翻訳ソフトと辞書を駆使して執筆しています。至らない点もあるかと思いますが、物語を楽しんでいただければ幸いです。】

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。 全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった! ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。 一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。 落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...