没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan

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第42話 春の嵐と、鉄と硝子の祭典(ワールド・エキスポ)

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 大寒波が嘘のように去り、ルーン川の氷が溶け出す頃。
 私は新当主『ベルナ伯爵』として、活気に満ちた領地へ帰還した。
 舗装された黒いコンクリート道路の脇には、雪解け水が勢いよく流れ、東方貿易で手に入れた桜の苗木が、早くも小さな蕾(つぼみ)をほころばせている。
 港には蒸気船が汽笛を鳴らし、高層アパートの窓からは人々の笑い声が聞こえる。
 わずか一年。
 さびれた港町は、王国一の近代都市へと変貌を遂げていた。
「……お帰りなさいませ、アレン『伯爵』様」
 執務室に入るなり、政務官のエレナが恭しく、しかしどこかトゲのあるお辞儀で迎えてくれた。
 その後ろでは、家令のガルシアが分厚い帳簿を抱えて白目を剥いている。
「特区指定に昇爵、お見事です。……ですが若様、それに伴う王家への上納金と、捕虜三万人の食費と住居費で、金庫が悲鳴を上げております。当家の財政は、文字通り『火の車』ならぬ『蒸気車』状態ですぞ!」
「大丈夫だ、ガルシア。投資のフェーズは終わった。ここからは『回収』のフェーズに入る」
 私は自分のデスク――以前より二回り大きくなった特注のマホガニー製デスク――に腰を下ろした。
「その通りですわ。ここからが私たちの腕の見せ所です」
 執務室のソファには、すでに王都から同行してきたリリアーナが優雅に紅茶を飲んでいた。
 彼女は商人としての鋭い目つきで、テーブルに広げた王国地図を指差した。
「アレン様。ベルナ領の製品――香水、シルク、缶詰、そしてコンクリート。これらは王国中から引く手あまたです。ですが、需要に対して『認知度』がまだ足りませんわ。貴族たちはまだ、貴方を『ぽっと出の成金』だと思っている節があります」
「実物を見せていないからな。王都に運べるのは軽い製品だけだ。巨大な蒸気機関や、コンクリートの摩天楼は、現地に来ないと凄さが分からない」
 リリアーナがニヤリと笑った。
「ならば、呼べばいいのです。王都の貴族だけではありません。他国の王族、大商人、技術者……世界中の富と権力を、このベルナ領に一堂に集めるのです」
「……なるほど。ただの市場(マーケット)じゃ弱い。もっと強烈な、世界を揺るがす『祭典』が必要だな」
 私は立ち上がり、黒板にチョークで大きな文字を書き殴った。
『第一回 ベルナ万国博覧会(ワールド・エキスポ)』
「万国……博覧会?」
 エレナが目を丸くする。
「そうだ。ベルナ領の全技術、全産業を展示する巨大な見本市だ。……会場は、あの『ガラスの温室』をさらに拡張した、鉄と硝子の大宮殿(クリスタル・パレス)にする」
 私の脳内には、前世の歴史で産業革命を象徴したロンドン万博の光景が浮かんでいた。
「そこに、蒸気機関のカットモデルを置き、活版印刷機で記念新聞を刷り、最新の農業トラクターを走らせる。夜は魔石ランプと蒸気を利用したイルミネーションで街を照らし、テルマエで疲れを癒やしてもらう」
「……圧倒的ですわ!」
 リリアーナが立ち上がり、興奮で顔を紅潮させた。
「各国の要人がそれを見れば、自国にもその技術を導入したくなるはず。インフラ輸出、特許のライセンス契約、そして莫大な観光収入……! アレン様、これは歴史が変わりますわよ!」
「ああ。戦争で領土を奪う時代は終わった。これからは『技術(スタンダード)』で世界を支配する時代だ」
          ◇
 万博の開催は三ヶ月後、初夏の季節に決定した。
 早速、活版印刷機がフル稼働し、美しい装飾が施された招待状が世界中へ発送され始めた。
 宛先は多岐にわたる。
 王国の貴族たちはもちろんのこと、東方皇国のトウゴウ提督、海軍のセシリア少佐。
 さらには――
「アレン様。本当に……この国にも招待状を送るのですか?」
 エレナが、一通の封筒を躊躇いながら持っていた。
 宛名は『ガレリア帝国 皇帝陛下』。
 つい先日まで、吹雪の中で殺し合いをしていた敵国のトップだ。
「もちろんだ。彼らの主力三万人は、今うちで元気に道路を作っているからな。『貴国の兵士たちは、我が国の先進的な環境で健康に暮らしています。ぜひ見学にいらしてください』と書き添えておけ」
「……性格が悪いですね。事実上の降伏勧告(パワー・ショー)じゃないですか」
「平和的外交と言ってくれ。剣で脅すより、圧倒的な豊かさを見せつける方が、再戦の意志を完璧に折ることができる」
 敵対国すらも、経済圏に飲み込んでしまう。
 それがベルナ特区の新しい戦い方だ。
          ◇
 夜。
 私は静かになった執務室で、窓の外を眺めていた。
 遠くの工場地帯では、万博のパビリオン建設に向けて、夜通し蒸気クレーンが動いている。煌びやかな光と、響き渡る鉄の音。
「……随分と、遠くまで来たものね」
 ふいに背後から声がした。
 振り返ると、お忍びのローブを羽織ったソフィア王女が、温かい紅茶を二つのカップに入れて持ってきていた。
 彼女はすっかりこの領地に定住し、今や私の有能なアシスタントの一人だ。
「ソフィア様。夜更かしは肌に悪いですよ」
「もう。私の主治医は貴方なんだから、責任取ってよね」
 彼女は悪戯っぽく笑い、私の隣に並んで窓の外を見た。
「一年前は、ただの寂れた港だったのに。……貴方の頭の中には、まだこんな未来が詰まっているの?」
「まだまだ、ほんの入り口ですよ。……万博が終わったら、次は空を飛ばすし、遠くの人と一瞬で話せる機械も作る。世界はもっと狭く、もっと豊かになります」
 私はカップを受け取り、彼女と軽く乾杯した。
 激動の一年目。
 ゼロから始まった領地改革は、インフラ、農業、物流、そして防衛を経て、ついに世界へ向けた「万国博覧会」という巨大な花火を打ち上げようとしている。
 
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