没落貴族は最果ての港で夢を見る〜政敵の公爵令嬢と手を組み、忘れられた航路を拓いて帝国の海を制覇する〜

namisan

文字の大きさ
13 / 30
第1章

第13話:赤牙の獲物

しおりを挟む
海燕号はアルトマールの港を離れ、外洋に出るとその速度を一気に上げた。白銀の帆が風を孕み、船は昨日と同じく水面を滑るように進む。だが船上の空気は昨日とはまるで違っていた。祝祭の興奮はなく、ただ鋼のような緊張だけが甲板を支配していた。

集められた港の若者たちは、顔を青ざめさせながらも必死にロープを握りしめている。ゲオルグは船大工としての目で、マストや船体の軋みを厳しくチェックしていた。ダリオは舵輪を握り、俺の指示だけを待っている。

そしてセラフィーナ・フォン・ルクスブルク。彼女は護衛騎士アルフレッドを伴い、船尾楼に陣取っていた。彼女は戦場に似つかわしくない乗馬服姿だったが、その瞳は一切の恐怖を見せず、ただ冷静に俺の行動を分析している。

「アークライト殿」
彼女が静かに声をかけてきた。
「あなたの乗組員は、ひどく怯えているように見受けられますが。本当に、この者たちで海賊と戦えると?」
「戦うのは彼らではありません。この船です」
俺は海図から目を離さずに答えた。「彼らに必要なのは勇気ではなく、俺の指示を正確に実行する規律です。恐怖を知っている分、彼らは慎重に動くでしょう。むしろ好都合ですよ」

「……あなたは、どこまでも合理的ですのね」
彼女の言葉には、感心とも呆れともつかない響きが混じっていた。
俺は彼女の分析を無視し、目を閉じて意識を集中させた。風詠みの力が、周囲の海域の情報を俺の脳内に描き出す。風の流れ、潮の向き、そして……奴らの気配。

「来た」

俺の短い一言に、甲板の空気が凍り付いた。
「進路そのまま!帆を少し絞れ!速度を落とす!」
「若様!?速度を落とすだと!奴らに追いつかれちまう!」
ダリオが叫ぶ。
「いいからやれ!獲物が油断する。俺たちはただの逃げる商船だと思い込ませるんだ」

俺の指示で、海燕号の速度が意図的に落とされる。
それから数分後。水平線の向こうから、見張り台の若者が絶叫した。
「敵影!三時方向!三隻です!」

現れた。
“赤牙”の船団。
海燕号より一回りも二回りも大きな、荒々しい戦化粧を施したガレオン船だった。使い古された暗赤色の帆には、牙を剥く獣の紋章が描かれている。その威容は、アルトマールの人々がこれまで目にしたどんな船よりも巨大で暴力的だった。

「ひ……」
乗組員の誰かが息を呑んだ。
「落ち着け!慌てるな!持ち場を離れるな!」
俺は、声を張り上げた。
「ダリオ殿、海図のポイントへ向かう。敵船団を引き離しすぎず、追いつかれすぎず。ギリギリの距離を保て!」
「りょ、了解!」

海燕号は、再びその速度を少し上げた。まるで、獲物が罠に気づき、慌てて逃げ出したかのように。
それを見た海賊船団は、明らかに獲物だと確信した。三隻の船は美しい連携で、俺たちの船を包囲しようと左右に広がり始めた。

「ハハハハ!見ろ!あの銀色の帆!噂通りの船だ!」
一番大きな中央の船、旗艦“レッドハウル”号の甲板で、赤毛の巨漢が吼えているのが遠目にも分かった。奴こそが、“赤牙”の首領ザラードだろう。
「あの船を奪えば、俺たちはこの海の王になれる!野郎ども、囲め!絶対に逃がすな!」

海賊船も追い風を受けて速度を上げる。だが、海燕号の速さには及ばない。
しかし奴らは、こちらの進路を巧みに塞ぐように動いてくる。経験豊富な船乗りたちだ。
セラフィーナの護衛騎士アルフレッドが、緊張した面持ちで剣の柄に手をかけた。
「セラフィーナ様、お下がりください。危険です」
「黙りなさいアルフレッド。あなたの剣は、ここでは何の役にも立ちません」
セラフィーナは騎士を一喝すると、俺と海賊船団を交互に見つめていた。彼女は、俺がこの包囲網をどう突破するのか、その一点に注目していた。

「若様!左舷から一隻が急速に接近!このままでは進路を塞がれます!」
ダリオが叫ぶ。
「問題ない」
俺は、風詠みの力で完璧なタイミングを計っていた。
「今だ!面舵いっぱい!帆を全て張れ!」

俺の号令と共にダリオが舵輪を回し、乗組員がロープを操作する。
海燕号は、信じられない角度で急旋回した。そして、それまで抑えていた本来の速度を解放する。
白銀の帆が横風を孕んで翼と化し、船は海賊船の鼻先を掠めるようにして、包囲網の外側へと一気に突き抜けた。

「なっ!?なんだあの動きは!?」
海賊たちの驚愕の声が、風に乗って聞こえてくる。
「追え!追うんだ!」
ザラードが激昂して叫ぶ。海賊船団は、慌てて陣形を立て直し、再び俺たちの後を追ってきた。

俺は、彼らを挑発するようにわざと蛇行してみせた。圧倒的な速度差と機動力を見せつけ、奴らの怒りと焦りを煽る。
「ハハハ!見ろよ、あのザマを!」
「海賊船って言ったって、カメみてえだ!」
こちらの乗組員たちから、恐怖が消え、笑い声が上がり始めた。海燕号の性能が彼らに絶対的な自信を与えたのだ。

「……見事な操船ですわ。これなら、確かに捕まることはありませんでしょう。ですが」
セラフィーナが、冷静に指摘する。「これでは、ただ逃げ回っているだけ。あなたの言う『討伐』には程遠いのではなくて?」
「もちろん。ここまではただの余興ですよ」

俺は前方に広がる、不吉な海域を指差した。
海面に、無数の黒い岩の頭が突き出している。潮の流れが複雑にぶつかり合い、白い飛沫を上げている場所。
“迷いの岩礁”地帯だ。

「ここからが本番です」
俺は、船員たちに新しい指示を飛ばした。
「砂袋を両舷に!投擲班、杭と油瓶を準備しろ!」
「若様!本当に、あの中へ突っ込むのですか!?」
ダリオの顔が今度こそ本気で引きつった。あそこは、彼のようなベテランの航海士でも絶対に近づかない死地だった。

「ああ。海賊船のお出迎えには最高の舞台でしょう」
俺は、追ってくるレッドハウル号のザラードに向かって、あえて不敵に笑いかけてみせた。
俺の挑発に気づいたザラードが、怒りに顔を真っ赤にして剣を振り回している。

「全速!あの岩礁地帯に突入する!」
俺の狂気じみた命令に海燕号は、その船首を死地へと向けた。
セラフィーナが、その光景を息を詰めて見つめていた。彼女の論理的な思考が、今まさに俺の狂気に試されようとしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

魔力0の貴族次男に転生しましたが、気功スキルで補った魔力で強い魔法を使い無双します

burazu
ファンタジー
事故で命を落とした青年はジュン・ラオールという貴族の次男として生まれ変わるが魔力0という鑑定を受け次男であるにもかかわらず継承権最下位へと降格してしまう。事実上継承権を失ったジュンは騎士団長メイルより剣の指導を受け、剣に気を込める気功スキルを学ぶ。 その気功スキルの才能が開花し、自然界より魔力を吸収し強力な魔法のような力を次から次へと使用し父達を驚愕させる。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

倒した魔物が消えるのは、僕だけのスキルらしいです

桐山じゃろ
ファンタジー
日常のなんでもないタイミングで右眼の色だけ変わってしまうという特異体質のディールは、魔物に止めを刺すだけで魔物の死骸を消してしまえる能力を持っていた。世間では魔物を消せるのは聖女の魔滅魔法のみ。聖女に疎まれてパーティを追い出され、今度は魔滅魔法の使えない聖女とパーティを組むことに。瞳の力は魔物を消すだけではないことを知る頃には、ディールは世界の命運に巻き込まれていた。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

妖精族を統べる者

暇野無学
ファンタジー
目覚めた時は死の寸前であり、二人の意識が混ざり合う。母親の死後村を捨てて森に入るが、そこで出会ったのが小さな友人達。

元チート大賢者の転生幼女物語

こずえ
ファンタジー
(※不定期更新なので、毎回忘れた頃に更新すると思います。) とある孤児院で私は暮らしていた。 ある日、いつものように孤児院の畑に水を撒き、孤児院の中で掃除をしていた。 そして、そんないつも通りの日々を過ごすはずだった私は目が覚めると前世の記憶を思い出していた。 「あれ?私って…」 そんな前世で最強だった小さな少女の気ままな冒険のお話である。

無能と追放された俺の【システム解析】スキル、実は神々すら知らない世界のバグを修正できる唯一のチートでした

夏見ナイ
ファンタジー
ブラック企業SEの相馬海斗は、勇者として異世界に召喚された。だが、授かったのは地味な【システム解析】スキル。役立たずと罵られ、無一文でパーティーから追放されてしまう。 死の淵で覚醒したその能力は、世界の法則(システム)の欠陥(バグ)を読み解き、修正(デバッグ)できる唯一無二の神技だった! 呪われたエルフを救い、不遇な獣人剣士の才能を開花させ、心強い仲間と成り上がるカイト。そんな彼の元に、今さら「戻ってこい」と元パーティーが現れるが――。 「もう手遅れだ」 これは、理不尽に追放された男が、神の領域の力で全てを覆す、痛快無双の逆転譚!

処理中です...