25 / 30
第1章
第25話:王都の召喚
しおりを挟むアルトマール港は狂騒的な再生の季節を迎えていた。
海燕号の解体という痛みを港の住民は、新たな希望の建設へと昇華させた。
ゲオルグの造船所は王国で最も多忙な場所となった。元海賊たちの労働力と職人たちの情熱。それが二隻の新しい竜骨を驚異的な速さで船の形へと変えていく。
ダリオの養成所では若者たちが、俺の理論と彼の経験を叩き込まれていた。
ボルガの商会はオーベル港との独占契約を基盤に、莫大な利益を生み出し始めていた。その富は惜しみなく港の再投資へと回される。
全てが俺の設計図通りに、いや、それ以上の速度で進んでいた。
その日、俺は造船所でコルベット一号艇の進水準備を監督していた。
海燕号の資材を転用したその小型高速艦は、獲物を狙う猛禽のような鋭利な船体(ハル)を誇っていた。
そこへ、セラフィーナがいつになく険しい表情でやってきた。
彼女の手には王家の紋章が押された、一通の羊皮紙が握られている。
「ミナト」
彼女は俺を騎士として呼び捨てにした。その声には彼女の冷静さを揺るがすほどの、強い警戒が滲んでいる。
「父からの緊急の密書が届いたわ。そして、ほぼ同時に王都から公式の『召喚状』が」
「召喚状、ですか」
「オルデンブルク侯爵が動いた。財務省のキルヒハイムではあなたを動かせないと知って、今度は王家そのものを動かしてきたわ」
彼女が差し出した羊皮紙。それは財務省からではなく、アラストリア王国国王陛下の名で発せられた、丁重な、しかし拒否権のない命令書だった。
『辺境の代官ミナト・アークライトの類稀なる功績と、その革新的な技術を王は深く嘉(よみ)し、王都にて直々にその功績を称えたい。よって、速やかに王都へ出頭し、国王陛下に謁見(えっけん)せよ』
ボルガやダリオがその内容を覗き込み、顔色を失った。
「国王陛下が直々に……」
「若様!これは名誉なことでは!」
ボルガが一瞬、喜色を浮かべる。だが、俺とセラフィーナの表情を見て、その言葉を飲み込んだ。
「名誉、ですって?これは罠よ」
セラフィーナが冷たく言い放った。
「オルデンブルク侯爵は私たちルクスブルク家の『特区』設立案に対抗してきた。あなたを辺境の代官から、王家直属の『御用技術者』として王都に召し上げるつもりだわ」
「……つまり、俺をアルトマールから引き剥し、王都という名の鳥籠に閉じ込める、と」
俺は召喚状をセラフィーナに返した。
彼女は重々しく頷いた。
「王都に行けばあなたは二度とこの港には戻れないかもしれない。あなたの技術、あなたの知識、その全てがオルデンブルク侯爵と彼の息のかかった貴族たちに吸い上げられる。そして、用済みとなれば……」
「……消される、か」
恐るべき政治的な罠だ。国王陛下の御名(ぎょめい)での召喚。これを拒否すればアークライト家は今度こそ、反逆罪で取り潰される。
執務室に戻ると、俺たちは重い沈黙の中でこの難局をどう乗り越えるか、思考を巡らせた。
「……行かない、という選択肢はない」
俺が先に口火を切った。「拒否すればその瞬間、我々は反逆者となる。あなたにもルクスブルク公爵にも、多大な迷惑がかかる」
「ええ。ですが、行けばあなたは虎の口に入るようなもの」
「虎の口に入るしかないのなら」
俺は窓の外、今まさに進水しようとしている漆黒のコルベットを見下ろした。
「こちらからも牙を剥く準備をしていくまでです」
「……どういうことですの?」
「セラフィーナ様。王都への召喚、謹んでお受けいたします。ですが、一つ条件がある」
俺はセラフィーナの紫水晶の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「俺が王都へ向かうための『船』は俺が指定する。これこそ国王陛下の御前に我が技術の粋(すい)をお見せする、最初の機会となるでしょうから」
俺の意図をセラフィーナは即座に理解した。
彼女の唇にいつもの不敵な笑みが戻ってきた。
「……面白い。最高に面白いわ、ミナト。あなたはただ召喚されるだけでは終わらない。王都の連中の度肝を抜く最大の『デモンストレーション』を仕掛けながら、乗り込むというのね」
「その通りです。ゲオルグさん!」
俺は外に向かって叫んだ。
「コルベット一号艇の進水を今すぐ行う!ダリオ殿!養成所の第一期生から腕利きの者だけを十名選抜しろ!王都までの航海だ!生半可な覚悟の者はいらん!」
「おう!」
「は、はい!」
造船所が再び熱狂的な活気に包まれる。
「セラフィーナ様」
俺は彼女に向き直った。「俺が王都で虎や狐たちと渡り合っている間、このアルトマール港、俺の『城』をあなたにお預けしたい」
「……ふふ。私の騎士が私に、お城番をしろと?」
「あなたはこの港の、もう一人の支配者だ。俺が不在の間、オルデンブルク派がこの港に手を出してくる可能性は高い。この港を、俺たちの未来を守っていただきたいのです、我が主」
俺の言葉にセラフィーナは満足そうに頷いた。
「良いでしょう。このアルトマール、私がこの命に代えても守り抜きますわ。だから、あなたも必ず生きて、ここへ戻ってくること。……これは命令よ、ミナト」
「御意に」
俺たちは互いの戦場へと、覚悟を決めた。
王都の政治という名の巨大な渦。
俺はその渦の中心へと、自ら飛び込んでいく。
完成したばかりの王国最速の戦闘艦(コルベット)を俺の牙として。
この召喚が罠であるならば、その罠ごと噛み砕いてみせる。
アルトマール港の運命を賭けた、俺の王都への「殴り込み」が今、始まろうとしていた。
1
あなたにおすすめの小説
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
魔力0の貴族次男に転生しましたが、気功スキルで補った魔力で強い魔法を使い無双します
burazu
ファンタジー
事故で命を落とした青年はジュン・ラオールという貴族の次男として生まれ変わるが魔力0という鑑定を受け次男であるにもかかわらず継承権最下位へと降格してしまう。事実上継承権を失ったジュンは騎士団長メイルより剣の指導を受け、剣に気を込める気功スキルを学ぶ。
その気功スキルの才能が開花し、自然界より魔力を吸収し強力な魔法のような力を次から次へと使用し父達を驚愕させる。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
倒した魔物が消えるのは、僕だけのスキルらしいです
桐山じゃろ
ファンタジー
日常のなんでもないタイミングで右眼の色だけ変わってしまうという特異体質のディールは、魔物に止めを刺すだけで魔物の死骸を消してしまえる能力を持っていた。世間では魔物を消せるのは聖女の魔滅魔法のみ。聖女に疎まれてパーティを追い出され、今度は魔滅魔法の使えない聖女とパーティを組むことに。瞳の力は魔物を消すだけではないことを知る頃には、ディールは世界の命運に巻き込まれていた。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
元チート大賢者の転生幼女物語
こずえ
ファンタジー
(※不定期更新なので、毎回忘れた頃に更新すると思います。)
とある孤児院で私は暮らしていた。
ある日、いつものように孤児院の畑に水を撒き、孤児院の中で掃除をしていた。
そして、そんないつも通りの日々を過ごすはずだった私は目が覚めると前世の記憶を思い出していた。
「あれ?私って…」
そんな前世で最強だった小さな少女の気ままな冒険のお話である。
無能と追放された俺の【システム解析】スキル、実は神々すら知らない世界のバグを修正できる唯一のチートでした
夏見ナイ
ファンタジー
ブラック企業SEの相馬海斗は、勇者として異世界に召喚された。だが、授かったのは地味な【システム解析】スキル。役立たずと罵られ、無一文でパーティーから追放されてしまう。
死の淵で覚醒したその能力は、世界の法則(システム)の欠陥(バグ)を読み解き、修正(デバッグ)できる唯一無二の神技だった!
呪われたエルフを救い、不遇な獣人剣士の才能を開花させ、心強い仲間と成り上がるカイト。そんな彼の元に、今さら「戻ってこい」と元パーティーが現れるが――。
「もう手遅れだ」
これは、理不尽に追放された男が、神の領域の力で全てを覆す、痛快無双の逆転譚!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる